第40話 決断
村長の生前弔い合戦、そしてオレの指揮による初の大規模戦闘。
正直に言えば、オレに緊張がなかった訳ではない。むしろ大口をたたいた手前、内心ではビビりまくっていた。
オレの失策で、
他の誰かの指揮で戦っているときは、ここで死んでも本望だと割り切れていた。ゴブリンに殺されかけた時だって、アルトを恨んだりはしなかっただろう。
戦いの中で、死んでも構わないという覚悟。ああ、なんと身勝手な覚悟だろうか。
誰かを指揮して闘うのが、こんなにも怖いとは知らなかった。今、率いている全員の命が、オレの両肩に乗っているのだ。
アルトや
……とまぁ、内心でビビり散らかしていたオレだったが。結果から言うと、これ以上ない大戦果を挙げることができた。
それも奇策や搦手を用いない、正々堂々の正面突破で、である。
普段はハメ手を好むオレだったが、今回の目的は勝つことだけじゃなく、ハゲ爺に安心してもらうための闘いだ。真っ向勝負で十全に戦えると伝わられなければ意味がない。
とは言えミクアルの戦士達は数十人の小勢だ。無策で突撃したら、それなりの被害が出てしまうだろう。
だからオレ達は、最強の陣形を組み立てた。
ミクアルの戦士は全員が千人将以上の実力を持っていて、かつ身内同士で互いの動きを知り尽くしている。
言ってみればコンビネーション抜群の超少数精鋭部隊。それがミクアルの戦士たちだ。
軍を構成する兵士全てが阿吽の呼吸で動ける軍隊だからこそ、オレの馬鹿みたいな戦法がまかり通った。
「フィオだけは何としてでも守り抜けぇぇぇぇ!!」
────見敵必殺。
森と平原の風土とした西の自治区近域に到着したオレ達は、牛のような魔族の群れを発見するや否や、即座に突撃を仕掛けた。
「フィオの糞ったれ!! なんて馬鹿な戦略考えやがるんだっつの!」
おびただしい魔族とその死体が溢れかえり、戦場は大混乱である。味方はみんなオレを庇い、罵声を飛ばす。
無理もないだろう、千を数える大軍を相手にたった数十人で切り込んでいるのだ。やけくそにもなるってもんだ。
「死んだ!! また死んだ! あーもうヤだ!」
血飛沫が上がった方向に、生命力が抜け落ちる家族の気配。右後方で、誰かの命が尽きんとしている。
────だが残念、そう簡単にあの世へ逃がしはしない。もう少し、この現世で地獄に付き合ってもらう。
首を飛ばされたラントの肉体が地面に倒れ落ちるまでに、ハイ・ヒールで体を纏めて蘇生する。
一瞬死んでいたラントは、踏ん張って転倒することなく戦線に復帰した。よし。
「やめろー!! 死にたくなーい!!」
「だったら戦え! 死んでも戦えェ!!!」
オレの作戦はシンプルだ。即ち、「オレを中心とした円陣を組み、回復魔法を常時発動しながら突っ込む」という防御特化の超攻撃的戦術だった。
オレの馬鹿げた魔力にモノを言わせ、ミクアルの戦士達を半永久的に回復させ続け敵に突っ込む。
敵の群れに潜り込むことで、飛び道具で削られることもなく、勢いをつけて突進されることもない。既に囲まれているので、伏兵の心配もない。
ミクアルの戦士の練度が異常なのと、オレが回復チート持ちだからこそ成り立つ戦法であり、普通の軍隊でやったら全滅間違いなしのアホ作戦だ。
だがこれが思ったより有効で、ミクアルの戦士たちは何度も死んでいくうちに敵の攻撃パターンを覚えたようで。
後半からは殆どケガをすることもなく、ただ無慈悲に魔族を屠り続けることが出来た。敵の魔族はなすすべもなく、やがて逃げ出すようになり。
戦闘開始から半日も立つ頃には、千匹はいた魔族の群れの大半を追い払うことに成功していた。ミクアルの戦士の死者はおらず、負傷者は全員治したので、被害はゼロ。
オレの初陣は、これ以上ない戦果で意気揚々の凱旋となるのだった。
なる、筈だった。
戦闘を、実戦を、オレは舐めていた。そのツケが来たのだろうか。
牛の魔族共を蹴散らし、意気揚々とミクアルに戻ろうとしたオレ達は、またしても敵に遭遇した。土煙を上げて自治区の方向に進軍している魔王軍が、遠目に見えたのだ。
ただ先程の魔王軍と比べ、数は多くない。アレは、後詰めの別働隊なのだろうか。何にせよ、放っておく訳には行かない。
連戦だがオレ達の士気はむしろ高く、嬉々としてその魔王軍に突進した。オレ自身、先の勝利に気をよくし、楽勝だろうと甘く考えていた。
その敵は、牛の魔族ではなかった。遠目から見るにゴブリン達のようだ。つまり、雑魚の代表格である。
先程と同じように、オレ達は勢いを付けて敵に斬り込もうとした。ゴブリン如き、オレ達の敵ではない。軽く蹴散らして、爺が死ぬ前に聞かせる土産話にしてやろう。そう、考えていた。
「……ん? デカいやつがいないか?」
「オークだ、オークも混じってる」
ゴブリンたちはオレ達の襲撃に気付くと、すぐ迎撃態勢を整えた。
意外なことに、その動きは理路整然としていた。オークの指揮でかなり高度な連携をとってきたせいで、ミクアルの戦士たちは陣地の内部に切り込むことが出来ず、正面衝突する形になってしまった。
堅い、堅すぎる。ただのゴブリンがココまで強いなんて、そんなまさか。
予想外の強さに内焦っていると、突然に
────ああそうだ、オレはコイツらに見覚えがある。ゴブリンなんて、そこら中に沸いてくるからいちいち気に留めていなかったけれど。
コイツら、半月前に勇者パーティに奇襲を仕掛けて来た、知恵の回る魔王軍だ。
ゴブリンを束ねるオーク共のうち、一際大きなその1匹が、あの時オレを掴みぶん投げた奴と同じ個体だ。
オレがヤツを見紛う訳が無い。今でも、あの時の光景は夢で見るのだから。
────と、言うことは。
地響きがなり、獰猛な唸り声が聞こえてくる。相手にするのも馬鹿らしい、ひたすらに巨大な魔族の長。この軍を率いる、敵の総大将。
あの時、あのアルトと互角に斬り結んでいた超巨大なオークが、岩陰からその姿を現した。
「撤退だっ!! 退け、逃げろ!」
オレが絶叫した直後、ミクアルの戦士たちはオレを抱えて後退した。オークは鈍重な種族だ、普通は逃げ切れるはずだ。
────逃げ切れるはず、なのに。俺たちが後退した先には、もうボスオークが回り込んでいた。
コイツは、あのアルトが撒くのに苦労した俊敏なオークである。いくら精強といえど、ミクアルの戦士では逃げ切れない。
「フィオ、どうする!?」
「良いから突っ込め! このボスオーク以外は追い付いてない、死んでも何とかしてやるからあのオークを躱して逃げるぞ!」
オレの指示は、直進。ボスオーク1匹を強行突破する方が、後ろの大軍を突破するより容易いと考えた。
直後、ラントがグシャリと、ボスオークの投げた棍棒に叩き潰された。
「くそ、ハイ・ヒール!」
「フィオ! もう前に、オークが……!」
ラントを蘇生してやるのと同時に、ボスオークは眼前へ迫ってきていた。
ヤツは勢い良くミクアルの戦士を踏み潰すと、オレを睨んで大きく飛び跳ねる。
ラントに背負われてオークの棍棒を躱しつつ、踏みつぶされた仲間を蘇生していたら。オークはミクアルの戦士を一人叩き潰し、棍棒を拾って上段に振りかぶっていた。
……攻撃が激しすぎる! このままでは回復が追い付かない。
しかもボスオークは、
マズイ。オレが死んだら、ミクアルの戦士達は終わりなのだ。
ソレを理解しているから、皆が死に物狂いにオレを庇い、潰され、血飛沫を上げ吹き飛んだ。ダメだ、本当に回復魔法の供給がギリギリだ。あと少し遅れていたら死んでいた、そんな奴が何人もいる。
戦場で潰れ死にかけた人間は、その瞬間に蘇生しないと間に合わない。肉片が地面にばらまかれ血肉と混じりきってしまうと、蘇生の対象が地面に居る虫だの植物等と混ざり合い回復魔法がエラーを起こすのだ。
そもそも、回復魔術は死後数秒間で使用できなくなる。死人は蘇らないモノらしい。
そう、次々致命傷を負っていく周りの仲間の蘇生でオレは手一杯であり、辺りを見渡して攻撃を躱す余裕なんぞなかった。動けないオレを庇い、仲間が次々と肉片になっていく。
そして遂に。オレの周りの闘える人間が全て倒れ、庇ってくれる戦士がいなくなったその瞬間。
ボスオークは、オレを目がけ棍棒を大きく振りかぶり、そのまま亜音速で回避不能の一撃をオレに叩きつけたのだった。
「仕留めたと、思ったか?」
直後、ボスオークが叩きつけた“蜃気楼に映るオレの幻影”が大爆発を起こした。
回復魔法を唱えながら、左手でワチャワチャ必死に描き上げていた魔法陣────
これぞ初見殺しの極地、オレの数少ない戦闘用の切り札。「蜃気楼へ自らの幻影を映し、水蒸気爆発を引き起こす罠を仕掛ける」オリジナルの水魔法。
流石に面食らったのだろう。ボスオークの右腕は吹っ飛び、呆然と立ち尽くしている。握り締めていた奴の棍棒は、遠くへ転がっていった。
この隙を逃さすオレたちは森に紛れ、何とか隠れることに成功したのだった。
「死人は、いるか?」
「ん、多分いない」
本当に、危ないところだった。あと少し
ゴブリンとか、オークとかは大した敵じゃない筈だが。あの巨大オーク率いるオーク軍は、格が違うっぽいな。
アレ、魔王軍の中でも精鋭部隊なのだろうか。少なくとも普通の敵ではない。
「……あー、死ぬかと思った」
「やべー、やばすぎるだろあのオーク」
今回は命からがら、運よく逃げ延びることができた。しかし、虎の子として隠しておきたかった『
あの切り札を、撤退目的に使う羽目になるとは。この初見殺し魔法は風で散らされたらおしまいなので、魔族間で情報を共有されたら使えなくなるだろう。
くそぉ……。他に切り札開発しなきゃな。
「……で。あのオーク、どう倒しますかフィオ殿」
厳かな修道服を纏った司祭が、オレに次なる作戦を聞いてきた。他の戦士達を見渡すと、皆が諦めた目をした奴いなかった。ここから逆転の方法はあると、そう信じ込んでいた。
正面突破に拘らなければ、勝てる策は幾つかある。ただヤツ等は非常に頭も回るようだし、もし奇策を読まれたら全滅する危険もある。
安全な撤退か。危険な勝利か。
「そう、だな」
……そんなモノ、悩む必要はない。オレの心はとっくに決まっている。
「せっかく奴らから逃げ出せたんだ。このまま里まで退くぞ」
────当然撤退、それしかないだろう。
「は? フィオ、何を言ってるんだ? まだ戦えるぞオレ達は」
「おいおい、魔力切れでも起こしたか? こんな無様な戦果で帰れるかよ」
「この結果、村長に何て言うつもりだ。フィオ、お前本気なのか?」
不平爆発、避難轟々。兄妹達から文句が山のように浴びせられ、少し辟易とした。
「流石に分が悪い勝負だよ、この雑魚共。村長に『全滅しました』って伝えるのと『負けました』って伝えるの、どっちがマシだよ」
「まだ負けてねぇよ!」
「……アイツと戦うのに、バーディに伸される程度の腕ではキツい。勇者パーティ最強の男と、正面から戦えるヤツだぞ? あのボスオーク強すぎるんだよ、絶対魔王クラスだろアレ」
残念なことにオレが思いつく奇策の殆どは、あのボスオークにアッサリと潰される予感しかしない。落とし穴だの水攻めだの窒息だの毒殺だので、あのボスオークを殺せるとは思えない。
「……なら見捨てるのか? 自治区の連中を」
だが、ここでの撤退はすなわち。襲われている『自治区の民』を見捨てるのと同義である。
「ああ、見捨てる」
「ふざけんな糞ロリ!! 何の為にミクアルの里があると思って……っ!!」
そう、見捨てることになる。オレの判断で、多くの人間が命を奪われるだろう。
きっと村長なら助けられたかもしれない。オレに力がないから、助けられない。
「……すまん、フィオ。悪かった、言い過ぎた」
それが、悔しくて、辛くて、とても背負いきれなくて。何時からだろうか、オレは目頭を押さえ歯を食い縛りながら泣いていた。
勝てるかもしれない、だが分が悪すぎる。そんな理由で挑戦すらせず、オレは守るべきモノを見捨てるのだ。
オレは、最低の人間だ。
「泣かないでください、フィオ様。それで、正解でございます」
「……司祭。どういう意味だよソレ」
「村長は仰っておりました。フィオ様は頭が切れるお方。そして引き際を誤らず、無謀と勇気をはき違えていないお方だと。村長は貴方の回復術の腕だけを買って、フィオ様を次期村長に指名した訳ではありません」
「……つまり?」
「万一我らが窮地に陥り、そしてフィオ様が引き際を誤りそうなら、私が代わりに指揮を執って撤退させろと。私は村長から、そう言い使っておりました」
「……」
「そしてフィオ様は期待通り、引き際を誤ることなく撤退を選択されたのです。だから、ご安心ください。貴女は間違っておりませんよ」
「くそったれ、要は俺達の実力不足かよ。了解した、撤退する。良いな皆」
「フィオと司祭がそう言うなら仕方ない。フィオは充分過ぎる働いてるし、それに応えられなかったのは俺達だもんな」
オレと司祭の話を聞いて皆も、撤退する事に納得してくれたようだ。
「負けても命ある限り、何度でもやり直せる。今日は負けを認めて、次に生かそうぜ。死んじまう自治区の連中には気の毒だが、諦めて貰おう。どうしようもない理不尽な死なんて、この世界に溢れてるんだから」
そういってオレは涙を拭いた。そして奴らの動向を追い、安全な撤退路を探す。
暫くするとオークやゴブリン達は再度集まり、西の自治区へと進軍を再開した。このままいけば間もなく、自治区では虐殺や略奪が行われることになるだろう。
だが、オーク共が自治区に攻め込んでくれるなら、オレ達は安全に撤退できる。
あそこの民は、危機を察知して既に逃げているだろうか?
ああ。オレのせいで彼らの故郷は更地にされるだろう。だけど、これは仕方がない事で────
「────それが、
……だって、仕方がないじゃないか。勝てない相手に歯向かって、殺されたら馬鹿だろ。
「────勝てないと決めつけるのは、何故だ?」
それは、戦力差が大きすぎるから。特にあのふざけたボスオークを何とかしないと勝ち目がない。
「────つまり。あのデカいオークの首を取れば何とかなるんだな?」
そりゃ、敵のトップを落とせればどうにでも出来るけど。問題はどうやってあのオークを倒すか、って話で。
「なら、俺に任せて貰おうか」
……いつから、コイツは此処に居たのだろうか。
「え、誰コイツ?」
「ひっ!? いつの間に現れやがった、気配なかったぞオイ」
「コイツ何で、森に紛れ隠れてる俺らに気付いたんだ?」
おかしいだろう。だってこいつは確かコボルト討伐に行ってたはずで、あそこから王都に戻ってここまで来るとなると相当時間がかかるはずで。
なら、コイツは偽物か? いや、そんな訳はない。オレがコイツを見紛うはずがない────
「ああ。自己紹介をしようか、フィオの里の戦士達よ。聞いてくれ」
そう不敵に笑い、いつの間にやら俺の隣に来て、そのまま流れるようにオレの肩を抱きすくめる、その男の名前は。
「俺の名はアルト。姓はない。ただ勇者アルトと、そう呼んでくれ」
一見すると完璧超人に見え、付き合ってみるとただの色情魔。はた迷惑なオレの恋人、即ち勇者アルトその人だった。
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