第25話 任務!

【ルート視点】

「おい、誰かドアを叩いてるぞ」

「来客かな」


 昼を少し過ぎた頃。


 槍先を煮干しに変えた罪で正座をしているフィオを尻目に、僕とバーディは連携訓練の内容をどうするか議論を交わしていた。


 彼にしては珍しく真面目に取り組んでいるので、議論には熱が乗っていた。普段からこうであれば、バーディともっと気持ち良く付き合えるのだが。


 そんな折、僕らのアジトの戸を叩く可愛い来客があった。


「クリハでございます。国王からの依頼を持ってまいりました」

「お、クリハさんか」


 クリハは僕たち勇者パーティ付きのメイドだ。国王から依頼がある場合、彼女が伝言役となる事が多い。


 今回も例にもれず、国王から遠征依頼のようだった。


「また魔族でも出てきた?」

「最近多いよなー」

「いえ、今回は討伐依頼ではありません」


 クリハはすっと、国王からの依頼書を机に置いた。


 そこには巫女服を着た、キレイな女性の姿が描かれていた。


「この絵の女性を捜索していただく依頼となります。それも、出来るだけ早期に」

「捜索? この人、行方不明になったのかい」

「その通りでございます。精霊使いであるルート様に、うってつけの依頼かと」

「そっか、なら僕が受けるのがよさそうだね」


 その依頼書に描かれた人物の捜索、それが今回の依頼だった。


 僕は精霊と話が出来るので、物探しや人探しが得意だった。


 だから、僕に依頼が来たのだろう。


「今回はルート様だけでなく、バーディ様とフィオ様にもこの依頼に参加してほしいそうです」

「え、オレ達も?」


 今回の依頼のメンバーは、ここに居る三人の様だ。フィオ以外の四人娘はアルトと離れたがらないから、もともとこの組み合わせで遠征することが多かった。


 しかし捜索依頼に、三人も勇者を投入するとは珍しい。失踪した人物というのは、何者なのだろうか。


 よほど高貴な身分の人でないと、こんな対応はされないのだが。


「フィオも参加すんのか? 俺はルートの護衛役として、フィオの役割は何だ?

「はい、バーディ様。では今回の依頼内容をご説明します」


 クリハさんはバーディを見て、にっこりほほ笑んだ。


「フィオ様には、案内役をお願いして頂きたいのです。何せ、今回の捜索対象は『流星の巫女』様ですので」


 流星の巫女。


 その名を聞いてバーディは首をかしげていたが、僕には心当たりがあった。


「それって確か、フィオの故郷の……」

「はい、ミクアルの里に住まれているお方です」


 流星の巫女は、フィオの故郷『ミクアルの里』に住んでいる伝説の魔法使いだ。


 100年前、魔王軍は「星落としメテオ」という凶悪な魔法を開発し、色々な街を滅ぼしていったそうだ。


 しかし流星の巫女は星落としメテオに対抗すべく「星を操る秘術」を編み出し、流星魔法を使った魔族をコテンパンに叩きのめしたという。


 その初代巫女はもう亡くなっているが、星を操る秘術は今も継承されている。


 ────その秘術の継承者が、『流星の巫女』と呼ばれるのだ。


「……それは、かなり不味くないですか」

「はい、非常に」


 『流星の巫女』がいるだけで、魔王軍の星落としメテオは封じられる。


 裏を返せば『流星の巫女』が失踪した今、人類は流星魔法に対抗する手段がないのだ。


「彼女は、人族の守護を生業としてきた武装集団『ミクアルの里』に保護されていたのですが……。先日、失踪してしまったと連絡がありまして」

「なるほど、それは一大事だ」


 今回の依頼に、フィオが同行する理由が分かった。


 ミクアルの里は『隠れ里』であり、地元民の案内がないとたどり着くことすらできないらしい。


 であれば、ミクアルの里出身のフィオの案内は不可欠だ。


「ルートは物知りだな。俺は聞いたことないから、流星の巫女について教えてくれよ」

「僕に聞くよりフィオに聞いた方が早いよバーディ。彼女の里の伝説なんだから」

「そっか。フィオ、教えてくれ」


 僕が知っているのは王宮の書庫に記されてあった知識だけ。ミクアルの里の住人だったフィオの方がずっと詳しいだろう。


 ……そしてフィオは、先ほどから真剣な顔をして黙り込み。必死で考え続けている様子だ。


 流星の巫女について詳しいからこそ、いろいろ考えているに違いない。


「フィオ、考えるのは後にして、まずは僕達に流星の巫女伝説について詳しく教えてくれないか?」


 だが、僕たちだって情報が欲しい。


 僕がそう頼むと、フィオは真剣な面持ちでゆっくりと顔を上げ。


 やがて、重苦しく口を開いた。






「……流星の巫女ってなんだったっけか?」






 バーディが、フィオをビンタした。


「クリハさん、今ある巫女についての情報を教えてくれ」

「は、はぁ。申し訳ありませんが、私も先ほどのルート様のご説明した話くらいしか存じません」

「それで良いです。バーディに向けて、そので伝承の全容を語って頂ければ」

「では……」


 そしてクリハさんは、この世界に伝わるおとぎ話を語った。



 魔王軍の幹部が生み出した、流星を降り注がせる魔法「星落としメテオ」は、大量の魔力を消費するかわりに絶大な威力を誇った。星を落とすその魔法は、たった一撃で国を亡ぼせる程の破壊力だった。


 この魔法により、人間側はいくつもの国を滅ぼされた。だが遂に、ある里の大魔導士が星の進路を操る呪文を創り出す。


 いつもの様に「星落としメテオ」を使ったその魔族は、いつもと違い自分たちに流星が降り注いてしまった。魔族側は「メテオメテオ」の使用で既に魔力を消費しており、防ぐことができずあっさり壊滅した。


 そして人類を救ったその大魔導士は「流星の巫女」と呼ばれ今日もその秘術を継承し続けている。


「ほほう」

「僕が知っているのもそんな話かな」

「あー。聞かされたわ、そんなおとぎ話」


 クリハの語った情報は僕の知識と一致した。その「流星の巫女」とやらが失踪したとなれば確かに一大事だ。「星落としメテオ」を使う魔族がまだ生きているかは分からないが、流星の巫女がいない今その魔法を使われてしまってはひとたまりもない。


「最悪の事態に備え、星を操る秘術の次世代への継承をミクアルの里に依頼しております。ですが、出来れば今代の巫女を見つけ出して頂きたく」

「成る程、話は分かりました。では、流星の巫女が失踪した時の情報を教えて頂けませんか?」

「はい。時期は、およそ二週間前程と伺っております。詳しい情報はまだ王都に届いていないので、現地で聞いて頂けるとありがたいです」


 失踪したのは二週間も前なのか。これは、急がないと。


「ああ、そうでした。皆様のサポートとして、微力ながら私も同行させていただきます」

「おお、クリハさん一緒に来てくれるの? やった、旅が楽しくなるぜ」

「あー良かったなフィオ。俺はもっとボインなメイドちゃんが……」

「……お前さ、女性と話すときに胸を凝視するの止めろよホント。凄い失礼だからなそれ」


 クリハが同行してくれるのか。これはありがたい、勇者パーティは性格に一癖も二癖もある連中ばかりだ。特に、今僕の目の前にいる二人。


 彼女のような良識的な人がついてきてくれるのは本当に助かる。


「今回の依頼は急いだほうがいいね、朝一番で出発にしよう。旅の準備をして、二人とも」

「では、私は明日の夜明け前に馬車を用意しておきます」

「サンキュークリハさん。じゃ、一時解散だ」


 こうして僕達は、ミクアルの里へ向かうことになった。事態は重篤で、不謹慎なのはわかっているが、僕はどこかでワクワクとしていた。


 また、会えるかもしれない。幼いころ、僕と僕の家族を救ってくれたヒーローに。


 僕の幼き日の目標であり、今の僕を形作った原点に。今一度、会いに行く事が出来たら、それはきっと素敵な事だと思うから。 













【???視点】


「明日は早いので、手を放して頂けるとありがたいのですが」


 メイド服を着た少女は、困惑したように呟いた。


 勇者一行へ王よりの依頼を告げ、王宮へと帰還するその道すがら。不幸にも彼女は屈強な男に絡まれ、力尽くに路地裏へ連れ込まれてしまった。



「私が、何か貴方の不興を買うような事をいたしましたか?」


 体格差は歴然。腕力では決して敵わない相手であるが、メイドは一歩も引かず淡々と対応する。それは、彼女が生まれ持つ強気な性格に起因する態度だったのだろうか。


 だが、そんな彼女の態度は悪手に他ならなかった。その言葉を聞いた男の目つきが変わる。メイド服の少女クリハは、男に路地裏で乱暴に肩を掴み上げられ、壁へと叩きつけられた。


「……気付いていないと、思っていたか?」

「何を、でしょうか?」


 ギラリ。非力で無抵抗な彼女を射殺すように睨みつけるのは、人類最強と呼ばれる男。


「俺は鈍感だとよく揶揄されるが、あいにくと第六勘だけは鋭くてな」

「ですから、何を仰っているのか理解できません。勇者アルト」


 メイドは困惑していた。いきなりこの男アルトに激怒される理由が思いつかなかったのだ。彼の次の言葉を聞くまでは。


「フィオに手を出すな。クリハ、意味は分かるな?」


 メイドの顔色が、変わった。





「……申し訳ありません、意味がよく分かりま────」

「気付いていた。そう言っているメイド」

「何を、でしょうか。私は彼女に危害を加えるつもり等は────」

「俺が、激高してお前の首をねじ切る前にその口を閉じろ。気付いていた、と。そう言っているだろう?」


 勇者アルトは、静かにメイドの肩を握る力を強めた。彼の全身からは、その輪郭がゆがむ程に強い殺気が滲み出ている。


 完全に、看破されている。これ以上白を切るのは逆効果だと、即座にメイドは判断した。


「……はぁ。で、私をどうするつもりです。殺しますか?」

「そのつもりだったが。昨日のフィオとの逢瀬で手を出してこなくて予定が狂った。まだ貴様を殺す大義名分がない」

「あらら、罠だったんですか昨日のアレ。方針を転換して正解だったという事でしょうか」


 メイドは一息吐く。だが、彼女の頭の中では、生き延びる道が無いかと模索していた。最悪、バーディの妹であるという自分の出自を明かせば、仲間思いである勇者アルトが私を殺すことはないとは考えている。


 だが、出来るならこの事実は胸の内にしまっておきたい。兄自身に気付いてもらって、より劇的な再会を演出したいのだ。こんな形でバラされてしまっては、兄に嫌われてしまうかもしれない。


「ご安心ください。今は彼女を殺すつもりはありませんよ、勇者アルト」

「で? 俺はその言葉をどう信用すればいい? あんな暗殺者染みた真似をしでかしておいて、今さら信用を得られるとでも?」

「それも気付かれていましたか。ですが現に、昨日私は手を出していませんわ。あんなに隙だらけだったというのに」

「単に、俺が警戒しているのに気付いただけではないのか?」

「気付いてませんよ、バレてたなんて。これっぽっちも想定しておりませんでした」


 とはいえ、公にされたら処刑されてもおかしくはない。仮にも勇者の一人の暗殺を企てたのだ。メイドは、ここが正念場だと気合を入れる。


「勇者アルト、宣言しておきましょう。貴方が彼女を手放さない限り、私は彼女に決して手は出しません」

「……何を企んでいる」

「分かりませんか? 私はただ、貴方がフィオ嬢と婚約するなら味方となる存在、それだけです」


 そういって、クリハは不敵に口元を歪めた。少しアルトが腕に力を籠めたら、頸を捩じ切られるこの状況で。


「勇者、アルト。フィオ嬢をせいぜい大事にしておきなさい」

「貴様に言われるまでもない」

「そうですか。では、早くフィオ嬢の元へ向かっては?」

「……、貴様まさか! 他にも刺客を送っているのか!」

「違います、言っているでしょう。今は彼女を殺す方針ではないと」


 そう言って悩まし気に、首を振るメイド。微塵も、最強の男アルトを前に委縮する気配もない。


「頬にまだ、紅葉の跡がうっすら残っていますよ。昨日のアレは、流石に彼女が怒るのも無理は無いかと」

「うぐっ……、油断を見せて貴様を釣り出すためだったのだが」

「だからと言って、あれはないですよ勇者アルト。早く謝っておきなさい」


 ……アルトは、昨夜恋人フィオからのビンタで四つん這いになり落ち込んでいた。


 メイドは、そこに付け込んだ。


「今回の、私の旅への同行は決して、フィオ嬢を害する目的ではありません。ですから、ご安心ください」

「……嘘ではないな?」

「貴方の勘は、どう言っているのです?」

「……。それは嘘ではない、とは思う。だが、貴様に企みが全くない訳ではないだろう?」

「無論です。ええ、私にも別の目的があって同行するだけでございます」

「分かった。だが万一、旅の最中にフィオが何か危険に晒されたら貴様の思惑だと断定して貴様を殺す。精々、フィオを守れ」

「横暴ですね。……っと、分かったので殺気を向けないでください。心臓に悪いんですよ、それ」

「フィオには殺気を向けた癖に、何を今更。いけ、準備を万全に整えろ」

「仰せの通りに」


 肩を掴む勇者の手を払い、メイドは銀髪を揺らしくるりと身を翻す。


「ではごきげんよう、勇者アルト様」


 そう言って微笑み、彼女はアルトからゆっくりと歩いて逃げ出した。


 こうして内心では冷や汗を滝の様に流していたクリハは、無事に自宅へ着くことが出来た。


 彼女は私室のベッドに帰り着いた時、ヘタリとその場で座り込んだと言う。


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