10いっしょじゃなくていちがん
「お疲れ様。」
あくまくんが、万札の5枚入った封筒を、先友生でずっとあくまくんとてんしちゃんを側近のように特に近くで見守ってきた一卵性双生児の兄弟と、中途生で男子でのあくまくんの取り巻きの悪友1人に、それぞれ渡す。
「あくまくん、いいんですよ私たちは。」「そうですよ、先友生の忠誠でやったことです。」双子が規律正しく言う。
「忠誠ねえ、はいっと、オレはありがたくもらいますよーっと。それでー?おもしろい見世物はこれで終わりじゃねーんだろ。繰島(くるしま)。」悪友が双子に皮肉を言いつつにやっと意地悪そうに笑う。
双子があくまくんの悪友に軽蔑の視線を投げた。
あくまくんがくすりと笑う。
「そうだね。僕らみたいな関係性が先友生と中途生の、これからのあり方だと思うんだ。まあ、見世物だなんて品のないこと言わないで。生徒会総選挙演説という舞台演目で、あとは、みさやさんの代わりに、僕の考えを全校みんなにうったえようと思うよ。ずいぶん両者、息がしやすくなるんじゃないかな。楽しみにしてて。」
「さすが、あくまくんです。」「ええ、またなにか障害が生じたら言ってください。」
「オレもオレも!またおもしろい話しあったら声かけてよな。あーあ、女子がいろんな方面でキャーキャー言って騒いでんの、うるさいやらおもしろかったー。」
「ああ、あの時のてんしちゃんたら。」
あくまくんは金魚を気遣うてんしちゃんを思い出して、ゆがんだ愛しさで胸が締め付けられた。
あくまくんは快感で身震いした。
そして、その憎愛にひたるように、目を閉じて、口元に手を組んで深呼吸をした。
あくまくんは、双子には学校生徒のアカウントパスワードを与えて学内チャットであたかも多人数が会話しているようなやらせ書き込みをするよう依頼し、授業をさぼりがちでどの授業にいたとかいないとかみんな気に留めない悪友にはてんしちゃんのロッカーのカバンに金魚鉢をぶちこむことを依頼していたのだった。
そしてあくまくんの言う舞台、生徒会総選挙の日だ。
生徒会長最有力候補のみさやが空席となったことで、内申点を上げたい他のクラスの学級委員長だった子も、入り込む隙ありと3人程生徒会長に立候補していた。あとひとりはあくまくんだった。成績はみさやとトップ同士だったが、副委員長としてあまり目立つことなく補佐役をずっとしていたし、みさやのような華やかなリ-ダーシップを見てきたみんなは、あくまくんをリーダー格としてまでは見ていない。演説もおまけとばかりにあくまくんは最後だった。
ひとり、またひとりと、立候補生が演説を行っていくものの「よりよい学校生活を送るため~」など、どれも似たり寄ったりの、優等生な演説であった。
最後、あくまくんである。
全校生徒、秋冬、ヒーターの入った生ぬるい体育館は、誰が生徒会長でも大差ないから早く終わらないかなーといった、完全にあきらかした、ぼーっとした空気になっていた。
「第4立候補生、繰島あくま君。」
「はい。」
あくまくんが演説用紙も持たずにステージ上に歩いてきて壇につく。
そして、壇上のマイクを入れ、第一声こう言った。
「先日、既存生と編入生による対立によって、きずついたひとたちがいました。まずは、つまびらかにしておきましょう。既存生のことを先友生または幼稚生、そして編入生のことを中途生。学年クラス問わず、私たちの間で、差別的に使われている呼び方ですね。」
ざわっ。
全校生徒はざわついた。まどろんだ体育館の空気が一変、冷水でも浴びせられたかのように目覚めた空気になった。
「私が生徒会長に立候補するにあたって、この間柄に決着案をまずは提案したい。そしてそれをもって、平静とした学校にしていきたい主旨を伝えようと、考えました。」
全校のざわつきは収まらない。
「話してもよろしいでしょうか?」
さー。波立ちがなだらかになるように、全校が静かになっていった。興味と好奇の目たち。
「ありがとうございます。」
あくまくんはほほえんだ。
そして続けた。
「私は、逆に、言ってしまえば、いい顔して和解しあうことはしなくていいと思います。一線があってもいい。」
これには、全校はおおいにざわついた。公に、先友生、中途生、分けていいなどと言い切ってなどいいのか?どうなってるんだ?と。
あくまくんは無言になる。
全校は続きが聞きたくて、また静かになった。あくまくんのかけひきのような話しの間合いの取り方、みんなをぐっと引き込む。
「違うタイプの人間がいるように、違うタイプの生徒グループがいる。そう認識すればいいのです。」
「私たちはこれから先、高等部、大学部を経て、社会に出ます。社会で、違うタイプの人間同士はどうやって協力しているでしょうか。‘仕事だから’という割り切りです。」
「‘ビジネス’です。」
「これを既存生、編入生に応用してみましょう。私的な時間は仲の良いもの同士で完結していていいでしょう。しかし行事などの時は他との協力が必要。そこでは仕事の間の人間関係と割り切って、別にけんかする必要はありません、淡々と仕事をしあえばいいのです。」
「感情論で子供をやっているのはみっともないことだと思いませんか?この学生の期間だって、集団社会の学習期なのです。今からだって、大人になりましょう。」
あくまくんは手を広げた。
この、あくまくんの理知的なプレゼンテーション式演説は、静かな頭脳派生徒会長像をみんなのなかに一気にイメージさせた。
「これが、私の提案する決着案、‘既存生、編入生、ビジネス関係構想’です。これをもって、私が生徒会長になったあかつきには、全校生徒の内面的成長による、平静とした学校を、目指したいと、」
「私は考えています。以上です。」
あくまくんがマイクを切って短く礼をした。
瞬間、わっっっ。全校生徒が沸いた。
先友生、中途生、区別賛成!
ビジネス関係で結構!
繰島会長!
繰島会長!
元気にあいさつ、明るく朗らかに、みんな仲良く。いう校標に、実際は違うと、悶々苦に過ごしてきた生徒たちの抑圧の開放につながる、1つの回答をあくまくんの演説が提示した。
抑圧はよほど重たかったのだろう、体育館が、ヒーターよりも生徒の熱気で満ちるほど、爆発的に沸きに沸き立った。
みんななかよくと言ってきた先生たちは、おろおろ、あくまくんの主張が間違っているのか、合っているのか、判断がつかず、教師としてはどうしていいやら、その熱狂を前にしているしかなかった。
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