僕と君とでBorder Line ~救世主様はヒトでなし~
西上 大
第1話 災い転じて福と……なったよ(こっちは)。
もはや丹念に聖典を紐解く事でしか辿れぬ遠い昔。
この世界に大いなる災いが降りかかっていた。
その災いは自然にして不自然。
物質にして非物質。
獣にして獣にあらず。
その恐るべき存在から放たれた魔の使徒は空を覆い、海を荒らし、大地を穢し、緑を蝕み、それらを食むように数をましてゆく。
必死に抗っていた民も数という暴力に押され、次第に追い詰められついには大陸の端々に追いやられていった。
最早、全ての民は破滅の時を迎えるを待つしかないと思われていた。
しかしある時、善神ガガラーンは民の為に戦士達を遣わした。
初戦こそ手古摺りはしたが、神に選ばれたその力は本物。じわりじわりと穢れを散らし、魔のものたちを大地から追い払ってゆく。
苦闘に苦闘を重ねつつも戦士達は懸命に戦い続け、やがて大陸中央にまで魔の軍勢を追い詰め、遂に最終決戦に挑む。
戦士達は叫ぶ。
平和を返せ、空を返せ、
大地を返せ、海を返せ、
大切な民を返せ、
我らを返せ、と。
天が割れ、地が震え、大地が沈み、海がせり上がる。
世界の終りの様な恐るべき戦いは、戦士達の尊い犠牲とともに勝利を迎えた。
災いは去ったのだ。
終焉は払いのけられたのだ。
民は、大魔の終わりに感動し、戦士達の死に涙を流した。
しかし、決して忘る事なかれ――
『最後の災いは去った。
空も海も大地も緑も取り戻した。
だが、
大教国ゼフィーの神託書に、初代教皇カ・ヅーの印と共に深く深く、刻み込まれていた。
筈だった――
ぱかんっと視界が弾けるように広がった。
抜けるような青空…という言葉はよく聞くが、ここまで空が蒼く高いものだったかと訝しむ。
眺めているだけで眼の奥が痛むような澄んだ空。
途方もなく高いところを移動する雲。
視界を落とせば、大地には青々とした草葉が茂っている。
余り草の背が高くないからか鬱蒼とはものはなく、風に鳴らさられる葉の音は心地よい。
広い。途轍もなく広い、緑の大地だ。
自分の知る限り……いや、お世辞にも活動範囲が広いとは言えず、テレビやネットでしか世界の光景を知らないのでどうこう言えたものではないのであるが、それでも全く見知らぬ土地である事だけは間違いない。
呆けたまま視線を前に向けると、そこには二つの影があった。
一人は男性……だろうと思われる。
思われる、というのは青みがかった長い銀髪をしていてとっさに性別が判断できなかったから。
もう一人は女性。というよりは少女。
自分とそう年齢の差がなさそうな中性的な少女だ。
……何故かこちらは見た瞬間に女の子だと確信した。
体型もそう起伏がある訳でも、解り易い衣装を着ている訳でもなく。
本当に理由は不明であるが、目にした瞬間に何故か確信した。
「あ、目が覚めたんだね。」
視線を感じたか、その少女は自分が目覚めた事に気付いて嬉し気に駆け寄ってくる。
すらりとしてしなやかな肢体なのだが、何故だろう豆柴の子犬が駆け寄ってくるような錯覚を感じた。
「身体に痛いとことか、不自由さはないかい?」
そう言われ初めて自分が草地に座り込む状態であった事に気が付く。
毛布ではないが、厚めの布が身に掛けられていた事も改めて気付いた。
「え、えと、特に……。」
手足を動かしても別段痛みも不自由もなく、妙な痺れも感じていなかったのでそう答えた。
しかし確認して気付いたのだが、何時の間にか違う服を纏っているではないか。
少なくともこんな丈の長い……所謂チュニックのような服は持っていなかったし、買った覚えもない。
その丈の長いシャツを腰のあたりで簡素なベルトで留める形の服なのだ。持っていれば流石に忘れないだろう。
肌触りは木綿のようだが、何だか妙に真新しい気がする。
ズボンの生地も硬めの木綿のようだ。カーキ色をしているのは染め方が違うのだろうか。
そして足は靴下を履いておらず素足にサンダルだ。
ズボンもサンダルも、シャツと同様に妙に真新しい。
兎も角、何かしら不具合があるという訳ではないのでそれを伝えると、
「良かった。」
すると少女は物凄く喜んだ見せた。
その笑顔を目にし、着慣れない衣服を身に着けている事も手伝って何となく納まりが悪かった。
何しろその笑みに当てられ、自分でも分かってしまうくらい顔が熱かったのだ。
彼女はそんな様子を目にし、更に笑みを深めた。
ずずいと彼の前に近寄っている元気そうな少女。
肩程までに流した黒髪で、前髪だけ真紅のメッシュが一房混じっている。
目を隠す程度に長い前髪は表情が解り辛くしているが、どうやらやや目尻が垂れているらしい。
身に纏っているのは少年と全く同じもので、木綿の様な生地のチュニックとズボン。そして、とりあえず履いてます感のするサンダルという気楽な姿。やはりこちらも真新しい。
ぱっと見が中性的なので解り辛いが、先に述べた様にれっきとした少女である。それも頭に美という形容が付くほどに。
何か言わねば、何か聞かねばならない気がするが、少年の精神はそれどころではなかった。
何しろ彼は、置かれた状況がさっぱり理解できないのだから。
周囲はステップ…と言うには青々としているが、樹木らしいものがあまり見られない広がる平原。
ただ、今更気付くのはアレであるが対峙している少女の背後には森が広がっている。
その一部は開けているのも真正面なのですぐ気付いた。
しかしそれ以外は、鬱蒼と言うのに相応しいほどの濃い緑が立ち塞がっている。
そして先ほどからこちらの様子を見てくれている男性の方を改めて見てみると、長い銀髪を薄紅色の羽が一枚付けられている細かい刺繍の入った
その姿は如何にも魔法使いなイメージだ。でなければ
更に加えるのなら耳の端がやや長く尖っている。
地球の知識からするとエルフ? と思わざるを得ない。
その衣装をもるとややネイティブ寄りな人種にも見えるが、顔つきはあっさりとした醤油顔で親しみやすい。
ライトなファンタジーに出てくるびんびんに長い耳ではなく、やや尖った程度なのだが、周囲は明らかに地球では見られないほどの大自然が広がっているし、何より男性が放っている気配というか存在感というか、それが尋常ではない。
嫌が応にも自分なんかより、いや自分の知る誰よりもずっとずっと歳を重ねた存在であろう事を思い知らされる。
尤も、未だ現実感が追いついて来ていないのであるが。
改めて自分を見下ろせば、やはり少女と同じ衣服にサンダル
アレおかしいぞと今更ながら気が付く。
自分の記憶の最期は学校。それもHRが終わろうかというところ。
少なくとも直前直後までこんな仮装をした覚えはない。
おまけに周囲環境から鑑みて、完全に校区外…どころか下手をしなくとも海外だ。
瞬間転移でもしたからされたか、或いは誘拐か?
落ち着けば落ち着く程、直前との相違に混乱するというドツボにはまった。
そう慌て始めた時、
「いや落ち着いてくれ。大丈夫だ。
最悪最低の事態となってもキミは絶対に大丈夫だよ。」
ぎゅっと彼女が抱きついてきた。
彼を落ち着かせる為に行動だろうが逆効果だ。
その所為(お陰)で今度は頭に血が上っている。
「何、大した事じゃない。
良くある話なんだ。
クソな理由の召喚モノのテンプレートと言えば理解できるだろう?」
ンな馬鹿な。という言の葉は形にならなかった。
いや実際、周囲の環境やら空やら見たら嫌が応にも分からせられる。
秋に見上げる空よりも天を高く感じる。
空気が高原並みに澄み過ぎている。
そして何より陽の光がこんなにも強いのに優しい。
もしこれが
「あ、夢じゃないよ。」
「っイデッ!」
そう言って、確認だよと言わんばかりに耳を甘噛みされた。
「 わ、わかったからヤメテ!」
「え~……。」
「エ~じゃないっ! つか、そろそろ離してっ!」
わざとらしく拗ねた顔を見せつつで耳は解放してくれた少女であるが、何というか……あざとい。
いや別に悪いというか腹黒さというかそういった邪なものではなく、狙った悪戯? 的なものを感じてしまう。
何しろ今もニマニマと笑みを隠せていないのだから。
「……そろそろ良いかな?」
と、そんな時に静かな声がかけられた。
二人が声の主に顔を向けると、そこにいるのは先ほどから空気を読んで見守っていたエルフっぽい男性の姿。
ある程度の落ち着きを見せた事で声を掛けてくれたのだろう。
彼はゆっくりと、それでいて警戒させない程度の距離を置いて歩み寄ると、手指を合わせるように組んでから、掌の内側を見せるという所作を行った。
何かの儀式なのかと首を傾げる少年であったが、直ぐに少女のが耳元で「あれは自分には敵意害意が無いっていう声明みたいなものさ。」と教えてくれた。
地球的に言えば手を上げるとか、そういった意味合いなのだろう。
しかし説明してくれるのは真にありがたかったが、耳元で言うのは止めて早めていただきたい。
「私は近くの集落で侍祭を務めている者でデュウムという。
最果て地よりの客人よ。此度の件は申し訳ない。そしてよくぞ参られた。」
そう言って頭を下げる彼を見、少年は「どこの世界でも謝罪は頭を下げるモンなのかぁ……。」等と見当はずれな事に感心していた。
しかし、言葉の意味がしっかり身体に沁みこんでゆくと流石に頭も冷える。
「へっ?!」
と、トンチキな言葉が漏れてしまうのもまぁ仕方のない事。
会話に謝罪の言葉が混ざっていたのだから。
「じ、じゃあ、まさかあなたが……。」
自分をこの世界に召喚したというのか?
そう言い掛けた少年であったが、その言葉を遮るように彼の方が口を挟んだ。
「いや、不遜な召喚術を行ったのは我らではない。
このカルカロス平原の北にある何れかの大国だろう。」
「え? じゃあ、何で僕は……。」
ここにいるのか?
何かしらのトラブルでも起きたのだろうか?
その前に召喚される意味とはなんだ? その召喚者の意図とは?
説明も無しにいきなり言われても困る。
実際少年は今混乱の只中だ。
そもそも異世界に召喚って何ぞ。
こちとら
確かに日常は苦痛以外の何ものでも無かったが、別の世界から勧誘された覚えも応じた覚えもない。召喚とやらが問答無用な者なら話は別だろうが。
いや? よく考えてみたら、目の前の不確定名『エルフ』さんが不遜な召喚という酷い言い方をしていたではないか。
となると自分の置かれている状況は――
「まさか……巻き込まれ?」
「ピンポン! 当たりだ。流石だね!」
そんな安直なの当たってほしくなかったーっと頭を抱える少年。
ネットで見かける読み物の中で偶に見かける《巻き込まれ系召喚》。
確かにそういった類のモノは読んだ覚えもあるし、そういった事もあるのかと思ったものだが、飽く迄それは物語の中の事柄であって、現実にそんな事態に巻き込まれるなんて真っ平御免である。
そりゃ確かに、あのままの生活が続いていたらストレスに塗れつつ隠れてコツコツ貯金して、高校卒業と同時に家から遁走してどこか新天地に旅立つか、途中で心が潰れて高所から I Can Flyしてるかもしれないが、どちらにせよその時までずっとあのまま我慢して生活して……。
――アレ? 考えてみるとけっこうありがたい話では?
「えと、僕の立場は召喚に巻き込まれた一般学生Aでおk?」
「おk。」
「それじゃあ、妙な使命とか無くてフリー?」
「
軽いノリで隣が返してくれるのは有難い。
尤も、気が付いたらまた密着率上げてるし。止めてほしいんですけど?
「え~……。」
言われてしぶしぶ密着度を下げる少女。離してはくれないらしい。
それにしても離してと言っただけで、拗ねてる。
この異様に好意的なのは何なの? と疑問が浮かぶ。
が、しかし良い情報はあった。
どーも使命らしい使命もなく、自由っぽいのだ。
自由! 何という素晴らしき事なのか!!
常に段差の上から責め急き立てられる事もなく、わざわざ下に下りて来てまで引き摺り上げようとするヤツもいない。
そう、ヤツがいないのだ!!
ああ、素晴らしき大自然!!
ありがとう異世界!!
転移だか転生だか知らんが、そんな事より開放してくれてありがとう!!
彼は思わず手を合わせて歓喜に咽ぐのであった。
しかし、そう泣きっ面を曝していた時、ハっとこの男性に名乗らせたままである事に遅ればせながら気が付いた。
「スミマセン。名乗り忘れてました。
僕は
「リク、か。よろしく。」
穏やかに挨拶を返してくれるディウム。
正直、偉ぶる教師とか学歴重視か偏向教育教師にしか出会った事が無い少年――陸からすれば、この侍祭の纏っている空気に圧倒されている。
何しろ身近な大人達は一人を除いてダメの見本市だったのだ。
ディウムの知的で落ち着きのある暖かな眼差しには、一種の感動すら覚えてしまうほど。
「どうかしたのかね?」
「あ、いえ何でもないっス。」
自然、涙が零れていたらしい。
慌てて手で拭ってる間に、少女が口を開いた。
「彼の身近には碌な大人がいなくてね。
それに彼は感受性が強いから、涙を流しやすいんだ。」
「そうか……。」
少女の言葉を聞き、言い掛けた言葉を飲み込むディウム。
そんな対応を見せてくれる事も陸にはありがたいものであった。
ありがたいものなのだが、
「さっきもそうだけど、なして君分かるワケ?」
という疑問が湧く。
はっきり言って少女は美少女の範疇だ。
やや野暮ったい髪をしてはいるが、当人の快活さからかそれすら魅力の材料になっているし、会話のパスも自分的に的確だ。
こんな少女がいれば嫌が応にも記憶に残る。
しかし、記憶に棚にはそれらしきものが見当たらない。
超低確率で親戚という線も考えられるが、父方にせよ母方にせよ親戚一同ロクデナシだったし。
少なくとも自分に対してこれだけ好意的な異性など記憶の隅にも無いのだ。
となると?
そう疑問の壁に付き合った時、少女ににんまりと意味ありげな笑みを浮かべながら、
「まぁ、それは置いといて。」
「ヲい。」
話を逸らした。
「いや、実際。この世界の事やこれからの事を考えないといけないだろう?
幾ら周辺に気配はなくとも害獣とかもいると思うんだ。
落ち着いたとこで話さないと建設的な予定も立てられないよ。」
言われてみれば確かに。
どーにも逸かされた感満載だが、未だ異世界に来たという状況すら不明な事もあるし、何より落ち着いた会話もしていない。
空気を読んで黙って見守ってくれていたディウムも、話の区切りに合わせて森の中へと
「森の中に行くんですか?」
慌てて背を追った陸がそう問うと、彼は「あぁ。」と頷く。
「正確には、森の中にある集落だけどね。
我々『
「へぇ…。」
と、感心しつつ、会話に奇妙なノイズが入った事を訝しむ陸。
『樹と共に生きるもの』という意味と、奇妙な言語。そしてそれにエルフという単語が混ざってノイズとなったのだ。
気の所為なのか? と思ったが。
「多分、翻訳チートが働いた所為じゃないかな?
ボクらが知ってる単語とこの世界での固有名詞がダブったんだと思う。
だから樹と共に生きるもの=エルフって認識返還の初期不良だよ。」
「そっかー………ん゛ん゛??
チートってマジ? そんな
「あるんだなぁ……コレが。」
一々反応が早い。
というか、明らかに地球…それも日本のサブカルネタの返し方をしてくる。
「何か色々とあり過ぎて何が何だが……。
翻訳チートとかどゆコト?!
キミも僕と同じように召喚されたの?! 何で色々知ってんの?!」
「あ☆と☆で。」
何とももにょる少女の言いぐさに悶えつつ、ディウムの後を追う二人。
だが、想像していたよりその場所はずっと近くだった。感覚的には50mも歩いていないだろう。
そんな所でいきなり場所が明るく開けた。
いや文字通り、いきなりだ。
何か、
すぱっと切り取られたように鬱蒼とした木々が消え、背の高い丸太のを突き立てたしっかりと固めている塀に守られた大きな門。
振り返れば緞帳の様に暗い森。
そして前を向けば、明るい陽の射す大きな集落の入り口。
影と光の落差に眩暈がしそうだ。
何かしら魔法的なものが働いたとしか思えなかった。
「ここが我々が住まう集落。
ティンダルだ。」
集落の囲いからして高さが10mはある丸太が連なっている代物であるというのに、その門の向こうにはその丸太と同等以上の木々が見えているではないか。
ここに至り、ようやく『ホントに異世界なんだなぁ…。』強く実感する陸であった。
「こちらへ。
集落を案内しよう。」
中へは大きなはね橋を渡って入るようになっており、その橋の下の塀には水が流れていて水深もかなり深そうだ。
こうまで厳重な護りであると、一体何に対しての備えであるのか不安になってくるのだが、
「さ、行こうか。」
と、少女に促され陸は集落へと入って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます