翡翠の居場所

諏訪彼方

プロローグ

 待ち合わせ場所の駅前の喫茶店に着いたのは、指定された時間よりかなり前だった。軽く30分はある。席に座り、紅茶を注文する。暖かい紅茶を少しずつ飲みながら待っていようかな。そうすれば、緩くなっていく過程を楽しめるかな?なんて考えていたのに、私が紅茶を一口飲み終えるのと時を移さず、目の前にあなたがやってきた。

「お待たせ。って、まさかこんなに早く来てるとは思わなかったよ」

「早く来て待ってたかったから……」

あなたは微笑みを浮かべた。その微笑みがいつもより洗練されたものに感じるのはなぜだろうか。

「ごめんね。あなたが遅いわけじゃないから……」

「うん。ありがと」

 そう言ってあなたは、私と同じ紅茶を注文し、ゆっくりゆっくり飲んでいった。私はそれを、多分水族館の魚を見る時みたいな目をして見ていたと思う。


※ ※ ※

 喫茶店を出てお互い無言で歩いていたら、いつのまにか私の家の前まで来ていた。すると、呟くようにあなたは言った。

「華の部屋に行きたいな」

「部屋?私の部屋に来たいの?」

「うん」

「いいけど……」戸惑ったけど、承諾した。

あなたを部屋に呼んだことはなかったし、来たいって言われたこともなかったから。


 あなたが私に何を告げようとしているか。分かった気がした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る