第134話 早速の仕事

 レイが中継都市に着いた。道中、何回かモンスターと戦闘になり、それは中継都市に近づくほどに多くなった。クルガオカ都市の周辺は巡回依頼によって定期的に清掃されているためモンスターと出会うことは少ないが、中継都市はそうでない。明らかに人が足りず、巡回依頼が出来ない。

 故に周りにはモンスターが多く、レイのような人手が必要だ。

 そして中継都市にはクルガオカ都市と幾つか違っている部分がある。まずクルガオカ都市と違って、中継都市を取り囲む壁が建設されている。その様相は中部の都市と似通っている。レイが住んでいたマザーシティも確か、というより中部にある都市はすべてモンスターの侵入を避けるために壁があった。そういう意味では、中部は西部よりも人を大事にしていたかもしれない――とは当然思えない。結局のところ壁を建設してしまうと都市を拡張することが出来ず、大規模スラムのように壁の外に人が溢れる。

 一長一短だ。ただこの中継都市は壁を建設するようだ。中継都市に近づくと桧山ひやま製物せいぶつと書かれた建設用重機が稼働しているのが見える。中継都市にまで着いたレイは手続きを済ませて中に入る。

 そして指名依頼に書かれていたように、まずはテイカーフロントを目指す。指名依頼を受けている以上、そしてまずはテイカーフロントから指示を仰ぐのが普通だろう。

 予定ではテイカーフロントが宿を取っているはずだ。そして今日はもう空が赤くなっているため動くことは出来ないだろう。依頼開始日は今日からだが、これには移動日も含まれている。宿や依頼についての説明をして貰ったのちに明日の指示を受けた方が良い。

 今日は中継都市に来るまで数回の戦闘を行った。車を運転しながら、荷台の上でモンスターと戦う。想像以上に疲弊した。今日は早く宿に帰り、休みたいところだ。そして予想以上に弾丸を消費した。どこかで弾丸の補充をしなければいけないだろう。また、それだけの弾丸を使ったということは、それだけ戦ったということ。レイは詳しい回数を覚えている訳ではないが、二桁は越えている。中継都市の周りはそれだけモンスターがいる。 

 きっと明日は大変になる。討伐するモンスターの数は優に100を上回るだろう。明日、それらのモンスターに対して完璧な対処ができるよう、全力で望めるよう宿で休む。

 レイがそう決めて、テイカーフロントへと足を進めた。


 ◆


「――――え」


 テイカーフロントに着いたレイが説明を受けている際に、思わず呟いた。


「はい。ですから今日は一旦宿に荷物を置いてもらって、そこから夜間のモンスター討伐に出向いてもらいます。人員と車両はこちらから出しますのでよろしくお願いします」


 今日は宿に帰り、休む予定だった。ただあくまでもこれレイ自身が考えた予定だ。指名依頼ではその日の動きはテイカーフロントから指示されると書いてあった。少しの無理はさせられると思っていた。だがここまで大変なことをやらされるとは思ってもおらず、レイは驚きのあまり硬直する。

 そして依頼開始日は今日であるため反論は出来るはずがない。レイは相応の報酬を貰っているし、弾代の補填などの補助も受けている。今回の依頼は『稼働する工場』の情報提供に際して、本来支払われるべきだった報酬を払うための実績づくりであった。そのため心のどこかでお客様気分、手加減をしてくれるだろうといったような甘い気持ちがあった。そんなぬるい考えは一瞬で瓦解したのだが。

 ただ中継都市に人手が足りないことは分かっているし、しょうがないのかもしれない。

 レイは職員から十分な説明を受けた後、指示された宿に向かった。建設途中ながら飲食店や武器屋、その他娯楽設備が完備された街中を歩き続け宿に着く。そしてレイが宿を見た時、その光景に驚いて硬直する。


(……い、いいのか? こんなの)


 レイの目の前には一棟の高層ビルが立っていた。正面扉から僅かに見えるロビーの様子は荘厳だ。天井からは見たこともないような電球がぶら下がっているし、床は綺麗に磨かれた石板だ。幾つかの装飾品も備え付けてあり、そのどれもが手の届かない値段をしていそうだ。ロビーに置いてあるソファやテーブルに関しても、すべて高価な物のように見える。

 職員に言われた宿の名前、そして場所を再度確認する。しかしこのホテルが言われた通りの宿で合っている。情報屋と話し合ったレストランの一件を思い出しながら、半場疑問を持ちながら受付にいた従業員に尋ね、そしてテイカーフロントから渡された紹介状を差し出す。すると従業員が微笑んで答えた。


「テイカーフロントからの招待状ですね。テイカー名がレイ様。……はい。すでに話は伺っております。お部屋は2階の4号室になります。お荷物などお届けいたしますか?」

「いや。大丈夫です」


 車両の荷台に積んでいた弾丸や装備は、そのまま車庫に入っている。冷房や防犯システムなどが内臓された高級な車庫であるため、盗まれる心配はない。そして思い返して見ると、車庫やテイカーフロントでの扱いを鑑みてかなりの待遇だ。それは、レイの事情を鑑みているのか、それとも酷使するからせめてでも、ということなのだろうか。どちらともありそうだ。

 宿に管理してもらう荷物は無く。部屋に置く荷物はレイが持っている。手伝ってもらう必要はないと、部屋の鍵だけを貰う。その際に従業員から告げられる。


「当ホテルはロビー以外での銃器の所有を禁じているので、預からせていただきます」

「分かりました」


 GATO-1と拳銃をカウンターの上に置く。


「簡易型強化服も脱いだ方がいいですか」

「いえ。本来ならば装着は不可ですが、テイカーフロント様からの紹介ということで、事情もあるでしょう。お好きにしていただいて構いません」


 テイカーフロントの職員の話口からすると、夜間に突然に呼び出されてモンスター討伐を任せられるかもしれない。簡易型強化服、特にH-44を装着するのは大変だ。今はもう慣れたものだがたまに手間取る。ロビーのでの手続きを無しに再度装着できるのは時間が節約できる。


「フロントは24時間、常時従業員がおりますので銃器を使う際は一言告げていただけたら幸いです」

「分かりました」


 高級ホテルということもあり今まで泊ったどの宿にも無かったような対応だ。恐らく、この宿を取るように手配したのはイナバだろう。もしここにイナバがいたら感謝を述べてしまうぐらいには、今までの人生で体験したことがない体験だった。 

 鍵を受け取ったレイが部屋を目指して歩く。床に引いてあるカーペット、壁に飾られた絵。すべてにおいてレイの常識から逸脱している。部屋に泊る前からいつもの宿には戻りたくないと思わせるような心地よい雰囲気だ。

 部屋の前に着くとカードキーをかざし、扉を開く。中は広い。ただやはりというべきか。これは宿、というホテルのようだ。綺麗に整えられたベットやその物品。家の物よりも遥かに広い、足を広げることが出来る風呂。

 内装を見た時にレイはこんなにも贅沢して良いのかなと、そう思ってしまった。深い理由はない。当たり前の感情だ。レイがしばらくそうして立ちつくしているとテイカーフロントから宿について準備が終わったかと、まるで催促するようなメールが来た。

 きっとこのホテルの方からテイカーフロントの方に連絡が行ったのだろう。

 夢のような時間はこれで終わりだ。現実を見なければならない。これだけの贅沢。苦しまなければ満足に享受できない。レイが準備を済ませると、依頼内容を遂行するためにテイカーフロントへと向かった。

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