第132話 イナバ
イナバとの話し合いから二日が経った。その間に財閥や企業がレイに連絡を取ることは無く、イナバは無事に約束を果たしてくれたようだった。そして稼働する工場についてだが、テイカーフロント監視下の元、秘密裏に包囲網が引かれ今は立ち入りが実質的に出来ない状況だ。
確か同業者狩りのテイカーがいるとか何とかの偽情報が出回っているのを聞いた気がする。スカーフェイスがいつ到着するのだとかの情報は知る由もないので、今は自由気ままに遺跡探索を進めるしかない。
すでに日没が近い。今日もレイは遺跡探索を終えて帰って来た。
しかしいつもと違う場所の探索をしていたせいでモンスターに不意を突かれた。それによりバックパックが破損、中に入っていた遺物が消えた。今日の稼ぎは無しだ。テイカーフロントに遺物の売却をするため行く必要が無くなったので、今、レイは家にいる。
確か、何の変哲もないただの道路。ビル街であった。モンスターの痕跡、音、それらの情報は無く突然に表れた。
巨大な機械型モンスターだ。遺跡に立ち並ぶビルの背を越えていた。レイが良く相手する警備ロボットや巡回ロボットと桁が違う。さしずめ、都市の防衛システムに組み込まれたロボットなのだろう。
決められた経路を巡回する、また一つの施設を警備する、そんなロボットとは違い都市を防衛するロボット。あくまでも推測だ。しかしレイではどうあがいても勝てない相手であることには変わりなかった。
どの程度の装備があれば倒れるのか分からない。ただ少なくとも今の装備では確実に無理だ。ただあの防衛ロボットも遺跡の中心部に行けば夥しいほどにいる。テイカーでも上澄みの者しか相手にできないだろう。遺跡から出て来ていないだけで、もし都市に近づくようならば懸賞金が掛けられるだろう。懸賞金は億を優に超える。
今回の接敵でレイが逃げ切れたのはほぼ奇跡だ。ビルの中に逃げ、防衛システムというプログラムが組み込まれている以上、むやみやたらと建物を破壊して言い訳で無い。
そうして無事に逃げ…………。
「…………」
誰かからの電話だ。通信端末を取り出して名前を確認する。
フロント、と表示されていた。一見誰だか分からないが、レイは知っている。前にも一度この名前で掛けてきた人物を知っているからだ。これはテイカーフロントからの電話だ。
そして十中八九、工場の件だろう。テイカーフロントがそれ以外のことについて連絡するわけがない。色々と頭の中で良い用件と悪い用件を思い浮かべながらレイが通話に出た。
『イナバです。レイさんで合っていますか?」
「はい」
『今回は少しお話があって電話させていただきました。お時間はありますか?』
今は家だ。この後に特に予定は無い。
『大丈夫です』
『分かりました。手短に済ませましょう』
イナバが一息置いてから話し始める。
『今、あなたのテイカーランクが14だったはずですが。間違いは無いですか」
『はい』
レイは遺跡探索を繰り返して、僅か二か月ほどでテイカーランク『15』にまで達しようとしていた。これは異例の速さだ。このことについて訊くのだからテイカーランクに関係している用件なのだろうと思って、イナバの話を聞く。
『それは良かったです。工場の件について、もうすでに終わったことですが私としては何か出来ることが無いのではないかと思い動いていました。すでにスタテルを送金しましたが本来払われるべき報酬には足りません。レイさん。前に、金銭の代わりにテイカーランクを上昇に充てたいと、そう話ましたよね?」
『え……ああ。そういえば』
稼働する工場に関して話し合う時に、本来払われるべきのスタテルの分をテイカーランクの上昇に充てると言っていた。だがそれには問題があったはずだ。
『だけど確か、テイカーランク上昇には実績が必要で、工場発見を実績には出来ないからテイカーランクは上げられないって話じゃなかったですか?』
『はい。その認識で合っています。こちらも節度上、不正にテイカーランクを上げることは許されないので、相応の実績が必要になります。しかし財閥に勘づかれる可能性もあるので『稼働する工場』を実績には出来ない、という話ですね。しかしながら抜け道と言いますか、不正に実績を積むことは出来ます』
『…………』
『こちらからあなたに指名依頼を出します。その依頼達成を実績としてテイカーランク上昇の理由にする。つまりは、君が指名依頼を受けてくれたら、こちらはテイカーランクを最大で『10』上げることが出来ます。どうしますか』
指名依頼と言うとテイカーフロントから個人への依頼というかなり特殊な形だ。たかがレイのような一端のテイカーに指名依頼をすると怪しまれるのではないか、その可能性を指摘したがイナバは否定する。
『いえ。案外、指名依頼というのは多くされています。当然、高ランクテイカーが多いですが、レイさんのようなテイカーにも依頼されています。ですので特に怪しまれる心配はありません』
レイでも考えつくようなリスクをテイカーフロントの上役についているイナバが想定していないわけが無かった。そしてイナバの提案は魅力的だ。テイカーランク『10』をあげるとなれば上手く行っても二か月から三か月ほどの時間が必要だ。それを指名依頼の一つで上げることが出来る。その部分だけを見るのならば最高の依頼だ。
ただ懸念点は幾つかある。
「分かりました。ただ指名依頼の内容を確認させてもらいたいんですけど、内容によっては厳しいこともあるので』
テイカーランクを『10』も上げるような指名依頼だ。相当の実績を稼がせるために難しい依頼をされるかもしれない。ただそのことについてイナバは笑って否定する。
『簡単な依頼ですよ。建設途中の中継都市の防衛。それが主な内容です。詳しくは書類を送っています。今、確認していただいても構いません。ただ私はそう長く通話できないので、二日以内に連絡いただけたら対応します。その日数を過ぎると指名依頼が出しづらくなるので』
『…………分かりました。一旦考えてからまた連絡します』
『はい。ではよろしくお願いしますね』
通話が切れる。
イナバはレイに圧をかけないよう丁寧に話しているが、それでもレイとイナバとでは力の大きな差がある。権力差のある相手との対話は疲れるというものだ。通話を終えたレイは通信端末をベットの上に置いて天井を見上げながら息を吐いた。
そしてしばらくの間休憩すると通信端末を手に取り、テイカーフロントから送られてきたファイルに目を通す。
内容はイナバが言っていたものとほぼ変わらない。
クルガオカ都市と周辺の都市とをつなぐ中継都市の建設を手助けするというものだ。基本的にはモンスターの対処が主で、中継都市にいるテイカーフロントの職員から細かい指示が送られる。
中継都市の建設は騒音や地面の揺れを引き起こす。当然、モンスターを多く引き寄せることになるため普通の巡回依頼や警備依頼とは難易度が違う。また強力な個体が襲来する可能性もあるため死亡率は高いだろう。
しかし遺跡探索に比べれば難易度は幾らか下がる。四方八方をモンスターに囲まれ、救助は無し、予想外の事態しか起こらない。そんな環境下と比べれば中継都市の環境は大分マシだ。
そしてこの指名依頼は、使った分の弾丸をテイカーフロントが補填し、中継都市に行くための車両やバイクなどの交通手段を無償で提供すると書かれている。移動手段が欲しかったレイにはこれ以上ない条件だ。依頼は思いのほか難しくなく、補填も手厚い。それでいてテイカーランクが『10』も上昇する。何か裏があるのかとも勘ぐったが、それらしい記述は見当たらず、思い至らない。
受けるしかない案件だ。きちんと危険性や不備まで考えた上での決断。目先の報酬に釣られたわけではない。
「……よし」
次にすることが決まったと、通信端末を放り投げたレイがベットに背を預けた。
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