第43話 やなやつ

 大陸の中部、その中でも南寄りの場所にある都市。そこにある訓練施設で戦闘訓練を行う者達がいた。

 全体的に白く塗られた壁が四方八方を取り囲む正方形のかなり広い部屋。そこにはホログラムによって障害物や建物などが映し出されており。至近距離から見てみてもその質感は本物と遜色がない。また、隊員が着ている強化服はホログラムに当たると自動でその際の衝撃を計算し、出力する。そのため隊員はホログラムを通り抜けることは出来ない。そしてそれは持っている拳銃、突撃銃も同様であり射線にホログラムで作られた壁があるのならばそれは、実際の壁のように弾丸がめり込んだり貫通したりといった挙動をする。

 訓練内容は3対3のチーム戦で、始まりの合図と共にこの、ホログラムが表示された室内で戦闘が始まる。攻めと守りに分けれ、相手チームを全滅させるか、室内に設置されたフラッグを手に入れて自陣に突き立てることで勝利となる。


「作戦は」


 すでにヒンシャの部隊に合流していたが仲間に確認する。三人は攻めであり、フラッグを奪取するか敵を全員殺すかが勝利条件だ。


「予定通りに行きましょう」


 この訓練のために用意された強化服に内蔵されたマイクから女性の声で返答がある。


「分かったよ、リリサ」


 トリスが返答を返すと、部隊三人目の男が割って入る。


「おい、勝手に名前で呼んでんじゃねえ。俺はまだお前を仲間だとは認めてない」

「そんなことは知ってる。だから、この訓練で僕のことを認めさせてみせるよ、ダロト」

「……ッチ。好かねえな」


 男――ダロトは悪態を吐きながら、突撃銃を握り締めた。そしてそれからすぐに始まりの合図が鳴る。

 

 三人は一斉に一つの場所を目掛けて走り出した。すでに作戦は決めてあり、すでに意識の共有は済ませている。全力で走っているが足音は聞こえず、気配も感じることが出来ない。

 これでもトリスを除いた三人はヒンシャで訓練を積んできている、このぐらい当たり前だ。しかしこれと遜色がないほどの技術を持つトリスは異常だった。元はテレバラフに所属していたためそれなりの実力はあったのだが、ヒンシャの部隊員ほどではない――と思われていた。

 だが事実。トリスは周りの隊員と遜色のない動きを披露し、意思疎通も隔たりがない。

 三人が目指しているのは一つの廃工場だ。天井が広く、すでに廃れ切った場所。訓練室は広いと言っても全力で移動すれば端から端まですぐに着く距離であるため、トリス達はすぐに目的の廃工場へと着く。

 地面にはホログラムによって投影された砂利や機械の破片が散らばっており、一つでも踏んだらそれ相応の音がなる。廃工場は静かであるため、もしここに敵部隊がいるのならばそれは命取りになる。


「………」


 廃工場に入る前に三人は互いに顔を見合わせる。今までも、そしてここからはさらに迅速な行動と、正確な連携が求められる。

 トリス達は一瞬、そうして互いに確認し合うと廃工場の中に足を踏み入れた。

 暗闇の中をあと一つ立てず移動し、フラッグまでの最短距離を行く。廃工場は一階建てであるため上の心配はいらない、ただ目の前のことに集中すればいい。

 廃工場に入ってすぐ、管制室と思われる場所に一本の旗が見えた。取りに行くのはダロトだ。地面を蹴って飛び出――そうとしがたダロトは足を止めた。そしてその直後、何発かの弾丸がダロトの前を通過する。

 三人は連携の取れた動きで廃工場内の柱に身を隠すと、飛んできた弾丸の軌道から大体の敵の場所を割り出す。そしてトリスは廃工場の地面に散らばっている破片に映った敵の姿を確認すると柱から拳銃だけを出して、正確に狙いをつけて射撃する。

 弾丸は鏡に映った敵の脇腹の辺りに着弾する。しかし致命傷には至らない。かすり傷程度だ。


「行くぞ」


 ダロトが命令を出した直後、発煙手榴弾が投げ込まれる。周りが煙幕によって遮られ一時的に視界が白く染まる。だがダロトはその煙幕の中にあって強化服の暗視装置をいち早く起動し、突撃銃で敵の頭を撃ち抜く。しかし一発では倒れず、ダロトは続けて二発三発と射撃を繰り返し、敵は沈黙する。

 と同時に、ダロトは走り出し、管制室の中に飛び込んだ。そしてすぐにフラッグを回収し、また煙幕の中へと姿を隠す。


「あ、ぐ」


 だが、敵の強化服にも暗視装置は取り付けられている。煙幕の中を走るダロトの頭部に一発の弾丸が命中すると、ダロトは沈黙する。しかし最後の仕事としてダロトはリリサにフラッグを投げて渡していた。

 元々、こういう作戦だった。

 誰か一人はどこかでやられる。フラッグは敵も狙っていて、それを奪取するのは至難の業。その過程の中で犠牲者は出さない方がいいのだが、それも難しい。汚れ役は部隊のリーダーであるダロトが、その後のトリスの様子を安全な場所から見るために買って出た。

 そして作戦通り、ダロトは頭部を撃ち抜かれて退場し、フラッグはリリサの手へと渡った。

 

「………」


 リリサは左手にフラッグを持つと、自陣に向けて走り出す。

 だがそれを敵が許すわけもなく、すでに至近距離まで接近していた敵の一人が柱から半身を出してリリサを銃撃する。

 リリサは腕と腹部に弾丸を食らう。その瞬間から着弾した部分の強化服の機能が停止し、リリサは片手を奪われる。そして当然、たった数発だけでリリサへの発砲が止まるわけもなく続けて――放たれるのはトリスが制止する。

 柱に隠れた敵に対して近距離から突撃銃をぶっ放し、強化服の頭部部分を損傷させる。

 しかしそれだけだ。


(硬いな)

 

 この訓練では両チームで与えられている装備に差がある。

 トリスの方は強化服、突撃銃共に性能が低く。逆に相手チームは高い。これは装備の格差ある状況を想定した訓練であり、同時にを想定した訓練である。


(やっぱりいたか――!)


 頭部損傷した敵チームの一人がトリスに向かって拳銃を向けようとしたところで、闇夜の中から音もなく、ホログラムで作られたハウンドドックが飛び掛かる。敵の一人はその体格差によって押し倒され、また頭部の損傷していた部分をハウンドドックに食いちぎられる。あくまでもこれはホログラムだが、中にいる人間にそういう映像を見せている。

 そしてそれによって敵の一人は完全に停止し、残るはモンスターと相対するトリスだけとなる。

 攻防は一瞬だった。

 飛び掛かってくるハウンドドックの咥内に突撃銃をぶっこみ、腕が食いちぎられるよりも早く射撃する。

 ハウンドドックの体内から奥の壁に向けて弾倉一つ分の弾薬が突き抜けた。代償としてトリスの右腕は損傷し、動きづらくなったがハウンドドックはそれによって死亡する。

 

 そしてトリスが目の前の危機を乗り越えて振り向いた瞬間、先を急ぐリリサの頭部に一発の弾丸が着弾した。

 手から離れたフラッグは力なく床に倒れ、その上からリリサが覆いかぶさる。


(どこだ)


 トリスが周りを見渡す。工場内に敵は見えない。もうすでに二人は倒してる、だとしたら残った一人ということがやったということになるが……。


(見えないな)


 トリスが管制室に目をやった瞬間、頭上から弾丸が降って来た。それをトリスは神がかり的な直感と反射神経で避けると、柱の裏に隠れる。


(上?……工場の屋根に登ってたのか)


 トリスが視線を上げ、所々に穴の開いた工場を見た――瞬間にトリスの背後から発砲音が鳴り響き、背中を撃ち抜かれる。


「なん――」


 もう天井から降りてきたのか――と振り向きながらにトリスが思考する。そして半身をひるがえしたところで三発の弾丸が、両足と首に向けて放たれ、着弾する。

 その場にトリスは倒れ込み、天井を見上げる。すると屋根の上から見下ろすもう一人の敵がいた。


(は、もう一人)


 すでに二人殺しているはず――とトリスは考えた、がとある事態に気が付く。ダロトが殺したであろう一人、そいつは暗視装置を使って煙幕越しに撃ったに過ぎない。恐らくそれがデコイだったのだろう、相手チームの方がよりよい装備が与えられている。

 嵌められた。

 と心の底からトリスは思う。

 そして最後の一発が放たれ、トリスの強化服は完全に停止した。


 ◆


 訓練部屋全体を見渡せる場所に設置されたモニタールームで、ミーシャが椅子に座りながらその様子を眺めていた。主に見ていたのは当然トリスだ。まだ部隊に加入してから日が浅く、仲間との連携もつたない。

 だが、今の訓練を見る限りでは射撃技術や格闘術などは一定のレベルに達しているようだ。ハウンドドックとの戦闘で見せた意地には素晴らしいものがあった。しかし一つ重大なミスをトリスは犯した。


「やっぱり。この作戦には無理があったな。相手の方が装備は優れている、なのに相手が守っているであろうフラッグを取りに行く。馬鹿のすることだ。トリス、君はまず、ダロトがこの提案をしたときに断るか第改案を出すのが正解だった」


 この作戦自体、つまり根本から間違っていたとミーシャは呟く。

 相手はフラッグを取りに来るが分かっているから当然、何らかの防衛措置を仕掛けておくだろう。同タイミングに始められるとは言え、攻めと守りでは状況が違う。

 だから、攻めはフラッグなど狙わず奇襲によって敵を全滅させるか、またそれを第一目標に置いた上でフラッグの確保も念頭に置きながら作戦を遂行すればよかった。


「まあ………これからだな」


 彼が「殺す」と豪語するあの少年は意地汚く、そして頭が回る。追い詰められれば死ぬ気で足掻き、たった一つの可能性すら見逃さない。そんな奴を今のトリスが殺せるわけがない。

 これから成長していくしかない、そう思ってミーシャはモニターを見た。 

 そしてその僅か後にミーシャの視界内に一件のメールが表示される。

 見てみると相手はPUPDの本部からであり、ミーシャ達への作戦命令についてのことだった。


「あの少年、そんなところまで行ってたのか」


 内容は数時間前にある都市で騒ぎを起こした犯人についてであり、二人が映っていた。一人は少年、もう一人はロベリアという危険人物だった。


「経歴を見た限りなにも無かったはずだが、なぜ一緒にいる。君はもともとの人間だったのか?」


 額に皴を寄せて悩むミーシャ。

 そしてメールの最後には、少年が発見された地域から近い場所で滞在していたミーシャに少年の確保、殺害を命令する旨が書かれていた。

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