EP1ー6 最悪な童貞卒業
一瞬、思考が停止した。
だが本能が瞬時に理解し、サムライ・ソードが身を捩らせる。
次の瞬間、銃口が火を吹き弾丸が胸部装甲を掠めた。
ローラー逆回転させ、距離を取る。
そこでようやく俺は、今起きたことを理解した。
「おい! 火器の使用はルール違反だろうが!」
《うるせぇ、テメェみたいなガキに負けたとなったら、スポンサーが付かなくなっちまうだろうがぁ!》
続け様に放たれる機関銃を、反射と感で回避する。
一発でも当たったら、死に繋がりかねない。
一方の観客達は、突如始まったリアルファイトに興奮していて、誰も止めようとしない。
襲いかかってくる弾幕から逃げていると、アリーナが変形を始め、初乗りの時に使った廃墟へと姿を変える。
「これは……?」
《おい! 大丈夫か、坊主!》
「イワンコフ!?」
《今すぐハンガーに戻れ! 大丈夫。ここは迷路になっている上に、そんじゃそこらの火器じゃ壊せない! いいから早く逃げろ!》
そうだ、とにかく逃げないと。
このままだと
───殺される? 誰に? 誰が?
思考が乱れる。
恐らく恐慌状態による、脳がパニックを引き起こしているのだろう。
おい待て、パニックになっているならこの思考はなんだ?
気持ち悪い。二つの思考が混ざってぐちゃぐちゃになる。
────俺は、ここで終わるのか?
うるさい、静かにしろ。だから逃げるんだよ。
怖いから、死にたくないから、逃げるんだよ。
生き残れば、生きてさえいれば、まだやり直せるチャンスはある。
────だったお前はなんのために力を手に入れたの?
そんなの生きるために決まってるだろ、俺が生き残るためにこの方法しかなかったからだ。
────本当にそうか?
なんだと?
────お前は、いや君はもう後悔をしたくないから闘うことを選んだじゃないのか?
まるで俺のことを全部知っているかのような口調じゃないか。
────当然だろ。だって君は僕なんだから。
はッ、幻聴の言うことを聞くなんて正気の沙汰じゃないな。
でもそうだな。俺はあの時、リリネのことを救えなかったことを死ぬほど後悔した。
それなのに、俺はあろうことか逃げようとした。
鋼鉄の装甲に覆われ、人間の何倍もの力を誇る力を持ち、戦車よりも速い足を持つレイダーを手に入れたのにだ。
相手は銃を隠して担がないと、俺に勝てないような奴だぞ。
負ける要素は多分にあるが、勝てない要素は何もない。
頭を動かせ、それ以上に手を動かせ。
常に冷静に、冷酷に、残酷なまでに、敵を正しく見定めろ。
そして一切の驕りを消し去り、ただ目の前にいる敵を容赦なく叩き潰せ。
操縦桿を握りしめ覚悟を決めると、フットペダルを強く踏む。
サムライ・ソードが咆哮のような軋みを上げると、フルスピードで突っ走る。
《おい! そっちはガルムがいるところだぞ!?》
へえー、ガルメって言うのかアイツ。
ま、どうでも良いが。
「悪いな。俺、悪魔の囁きに乗っかることにことにしたから」
《は? おい、何をするつもりだ。ぼ───》
イワンコフが言い終えるよりも先に、通信を切る。
ここまで清々しい気持ちは初めてだ。
ハイになってるだけと言われればそれまで、遂に狂ったとも思われても仕方ない。
でも、これだけは確信を持って言える。
ここが俺の戦場なのだと。
◇
ブロークン・アップルのパイロット、ガルムは苛立っていた。
なぜなら今先ほど、新人にそれも自分より一回りも二回りも幼い子供に負けのだから。
彼はここ最近順風満帆だった。
少し散歩をすると小銭が手に入り、買った薬がやけに効き目が良かったり、レイダーバトルも連勝が続いていた。
スポンサーの話も舞い込んできて、間違いなく幸せの絶頂を迎えようとしていた。
今日も軽く捻ってやるつもりだったのに、新人のガキに弱いと一蹴された挙句に逆に瞬殺される始末。
だがまだ挽回はできる。
アイツさえ殺せば、負けを無かったことにさえすれば。
あまりにも足りない脳みそで、余りにも荒唐無稽な空想を浮かべる。
そうと決まれば、早く見つけ出して殺さねばならない。
なに、問題ない。いくら迷路のように入り組んでいる廃墟ステージといえど、そう簡単に逃げ出せるはずがない。
それに彼は地形を全て感覚的だが覚えている。
「ぶっ殺してやる……!」
彼の頭はそれしかない。
きっと妄想上の彼は、逃げる鹿を追いかける獰猛な狼のつもりだろう。
しかし所詮妄想は妄想。
現実はより残酷だ。
ガルムは廃墟ビルの隙間から、赤い光が見えた。
間違いない、あのイケスカねぇクソガキが乗る左腕にブレードを装備しているフェイタル……サムライ・ソードだ。
「見つけぞ、くそがキィぃぃぃ!」
怨嗟の籠った声を上げ、ブロークン・アップルの機銃を一斉に掃射する。
しかしビルに阻まれ、黒灰色のボディに届くことはない。
サムライ・ソードは尋常ではないスピードで駆け、ブロークン・アップルの横を通り過ぎる。
「逃すかぁ!」
激情にかられながら、弾幕張りながら追跡する。
サムライ・ソードは振り返ることなく、放たれる弾丸の雨を躱す。
いや、狙いが追いつかないのだ。
急旋回、跳躍、壁蹴り、サムライ・ソードのアクロバティックな動きに機体のFCSが対応できない。
「クソッ、クソッ、クソッ! なんで当たらねえ!?」
焦る。
相手に魔法がかかったかのように、弾丸がまるで当たらない。
追い詰めているはずなのに、この背中をへばりつくような悪寒は一体なんだと言うのか。
その時だ。
《あは、あははは!》
通信機から笑い声が聞こえた。
純粋で、無垢で、あまりにも戦場には似合わない子供の笑い声。
その笑い声が耳に入った瞬間、サムライ・ソード地面に突き刺さった鉄骨を伝って天高く舞う。
真紅の瞳が妖しく輝き、戦いのことなんてどうでも良くなるくらい悪寒が恐怖に変わり、ガルムを支配する。
「うわあああああ!?」
ようやく狙いが定まったロックオンマーカーが赤く点滅し、トリガーを力強く押し込んだ。
だが今の今まで打ちまくっていたせいで、銃身が焼き切れ撃てない。
サムライ・ソードは左腕のブレードを突き出し、今にもブロークン・アップル目掛けて突き進む。
このままでは、ミンチより酷いことになるのは目に見える。
逃げなければ、それは分かっているはずなのに身体が、ブロークン・アップルが動いてくれない。
その時、麻薬ですり減らした彼の頭の中である言葉が唐突に思い浮かんだ。
いや、思い出したといってもいい。
────心を無にしろ。
レイダー乗りが最初に聞く教訓だ。
レイダーはパイロットの思考で動く。
つまりパイロットが精神に負荷が掛かれば、レイダーの動きに決して無視できない遅延を生む。
どれだけ良い機体に乗ろうが、パイロットの心持ち次第で勝敗は百八十度変わる。
そんな基礎の基礎を今更、思い出した。
まんまと釣られた、そうとしか言えなかった。
完敗だ。きっとこのまま俺は死ぬのだろう。
だけど、いやだからこそ。
「認めねえ……」
それが彼の最後の言霊だった。
ぐしゃ、と何かが曲がり潰れる音が聞こえ、ガルムの意識はブラックアウトした。
【作者一言コメント】バトル描写ムズイ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます