いちにちの、やすらかなりしをこころから
はぬろ〜
第1話 邪教霊が原因の難病
いつもだ。
いつも、扉を開けると、決まって黒い煙で前が見えなくなる。
開けたとたんに、黒い煙がブワッと溢れ出て、そのまま押し出されそうになるのだ。
酷いときには、オオカミに似た化け物が煙の中から飛びかかってくることもある。
耐え難い異臭に襲われることもたびたびあった。
この時も、黒い煙に包まれて、思わず一歩後退した。
だが、そのまま逃げ出す訳にはいかない。
私の役割は、屋敷から、この煙の正体を叩き出すことなのだから。
案内されるままに、室内に入る。
右の部屋。
そこに煙の原因があると、なんとなくそう思う。
陽当たりのよい室内だが、異様に暗い。
患者様は、70代女性。
若い頃、バセドウをわずらい、原因不明の肺病で右の肺を少し取っている。
その後遺症か、右肩が痛いというのが主訴で私が呼ばれた。
ほかには、怒りやすい性格からか血圧が高く、ストレス食いからか血糖値も高かった。
しかし、それらは表向きの理由に過ぎない。
本当の原因は、施術のために用意された右側の仏間にあった。
締め切られた小さな仏壇からは、モクモクと黒い煙が漏れている。
お馴染みの邪教の仏壇だ。
この仏壇の信者さんには、原因不明の難病で苦しんでる人が山ほどいる。
おそらく、統計を取れば明らかだろう。
一時間ほど四診に時間を費やし、漢方学的弁証をする。
膀胱炎が治らないのも悩みだという。
証だては、肝火、肝血虚、腎陰虚とでた。
人に霊が憑いて病気を起こす霊障は、その霊と同じ何かを本人が持っている。
問診から、それは怒りであるだろうと予測できた。
彼女は、問診の間、ずっと何かに怒りを抱いていたからだ。
これほどの黒煙を出す強烈な霊を、私は祓えたことはなかったが、証にそった施術をして、ほうほうのていで屋敷をあとにした。
憂鬱な気分で初日を終え、いく日も眠れない夜を過ごすことになる。
こうした患者さんは、最初に決まって私をほめる。
「先生、ありがとうございます。本当に楽になりました!」
「いい先生に出会えてよかった!何かのご縁ですね!」
と。
その横で、例のオオカミが「出ていけ!二度とくるな!おまえなんか必要じゃない!」と喚いている。
しかし、何度か施術を繰り返し、症状に劇的な改善がない場合、患者さんも豹変する。
「もう何回も来ていただいたが一向によくならない!」
もしくは「この金額では続けることができない!」など、なんらかの言いがかりをつけてくる。
私は、いつもそこで負ける。
室内は息もできないほど煙で真っ黒で、何かに押されるような圧力がある。
そして例の化け物が、「かえれ!かえれ!」と叫んでいるのだ。
今回は怯まなかった。
何日も眠れない夜を過ごした私は、覚悟を決めた。
その間、バチカンのエクソシストものの映画やドラマを見た。
「いや、◯◯さん、ここで諦めてはいけません。原因ははっきりしています。負けないで、一緒に頑張りましょう!」
なかば、怒鳴るようにそう言って、渾身の鍼をする。
例の化け物と患者が繋がっているツボに、魂を込めて瀉法の鍼を行った。
悪霊を倒すには、何があっても怯まない決意が必要だ。
この日を境に、この屋敷の黒い煙はなくなり、化け物をみることもなく、患者さんは、肩の痛みどころか、血圧も血糖値も下がったと周りから驚かれている。
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