第4話

「ふふふ……私の目に狂いはなかったわ」


 試作品を着て街を歩くという宣伝の効果は十分にあったようで、ディーナさんのお店は未だかつてない程繁盛しているらしい。

 今では月に1回の頻度で宣伝をお手伝いするようになった。テオバルドに遭遇してしまう可能性はあるものの、今着ている洋服を戴けるうえに「美味しいもの食べてきな」とお小遣いまで貰ってしまったら、なかなか辞めたいとは言えなかった。


「エマは何味にする?」

「ミルクかイチゴ……どっちにしよう……」

「じゃあ私がミルクにするから半分こしよう」


 今日はクローディとお揃いの服を着て外出している。ディーナさんから貰ったお小遣いは相談してアイスクリームに使うことにした。

 落ち着きがあってサバサバしたクローディとはすぐに仲良くなれた。こうなったら、このまま男であることは明かされずに女友達路線でいきたいと思っている。

 

「あの……」


 露店で買ったアイスクリームを持ってベンチを探していると、見知らぬ女の人に声をかけられた。


「いきなりごめんなさいね。そのお洋服はどちらで買ってもらったのかしら?」


 その背後には私達と同じくらいの女の子が二人、もじもじとこちらを見ていた。おそらく姉妹だろう。

 今回も宣伝の効果は抜群のようだ。私はクローディと顔を見合わせて答えた。


「「ブティック・ルフトクスです!」」


 

 ***



 それから3ヶ月程経った頃、中心街では姉妹や仲の良い友達でお揃いの服を着ることが流行した。前世で言う「双子コーデ」ってやつだ。


「ルフトクスの美人姉妹だ!」

「今日も素敵だわ」


 ディーナさんのお店はますます繁盛し、私とクローディはルフトクスの看板娘として街の女の子達に知られるようになった。お店へ向かうまでの道中、視線をひしひしと感じる。

 こうやって「美人姉妹」と呼んでもらえるのはきっとクローディのおかげだ。私はオマケにすぎない。モデルはクローディだけで十分なのでは……と最近よく思う。


「あれ……」


 今日は休みじゃないはずなのに、お店の入口にはCLOSEの札が掛けられていた。月末の都合の良い時に来てと言われて毎月来ていたけど、こんなことは初めてだ。

 中にクローディの姿が見えたから、ノックして入れてもらった。

 

「エマいらっしゃい」

「ディーナさんは?」

「今ちょっと……商談中なんだ。お茶飲む?」


 ディーナさんは奥の部屋で商談中らしい。お店が繁盛するのはいいことだけど、働きすぎて体調を崩さないか心配だ。

 クローディもなんだか今日は元気がない。


「クローディ、顔色が悪いよ。風邪なんじゃ……」

「けっこうです!!」


 クローディの額に手を当てようとした時、ディーナさんの大きな声が店内に響いた。そしてバタバタと、苛立ちをはらんだ足音がこちらに向かってくる。


「事業のことは我々に任せて女らしく生きればいいものを」


 奥から出てきたのはお金持ちそうな銀髪のおじさんと若い青年だった。ディーナさんに向けて吐き捨てたセリフはかなり棘のあるように聞こえた。

 ズンズンと歩いてくるおじさんにクローディが頭を下げたから、つられて私も頭を下げる。


「……ふん。男のくせにみっともない」


 私達の前を通り過ぎる際に降ってきたのは酷い暴言だった。隣のクローディは頭を下げたまま唇を噛み締めている。

 むかつく。とはいえ、平民の私が楯突いていいような相手でないことはわかる。店を出ようとするおじさんの背中をこっそり睨んでいたら、後ろについていた青年が振り返ってがっつり目が合ってしまった。


「お騒がせしました」


 険しい顔をしていた私に対して、青年はにっこりと笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。おじさんよりかは丁寧な対応のように見えるけど、腹の内はわからない。彼の笑顔は張り付けただけの無機質なものに見えた。


「あーもう腹立つ……あらエマ来てたの。ごめんなさいね、騒がしくて」

「いえ……今の方達はいったい……」

「キーファー家の当主とその長男よ」


 キーファー家といえば三大名家のひとつで、風属性の一族だ。なんかキーパーソンっぽい感じだったけど、キーファー家に主要キャラは作らなかったと思う。

 それにしても、この世界でこんなピリピリした空気に触れる機会があるとは思わなかった。なんてったって中2の私が書いた、惚れた腫れたでワイワイするだけの平和な世界のはずだから。実際に生きていればまあいろいろあるってことだろうか。


「女が事業を成功させるのが気に入らないんだってさ」


 ディーナさんは数年前に旦那さんを亡くして、一から服飾業を立ち上げた。

 プフラオメ家はキーファー家の親戚にあたるらしく、事業を始めたばかりの頃はどうせうまくいきっこないと嘲笑していたくせに、いざお店が繁盛すると買収しようとしてきたらしい。なんて図々しいんだ。

 中世ヨーロッパを意識して書いたからか、この世界では男尊女卑の風潮が根強いみたいだ。


「あ、それよりクローディが……あれ?」


 クローディの体調が悪いかもしれないと伝えようとしたところで、いつの間にかクローディがいなくなっていることに気が付いた。


「……部屋に行ったわ」

「クローディ顔色が悪かったんです。もしかしたら風邪かも……」

「……エマ、悪いけど様子を見に行ってくれる?」

「もちろんです!」

「……ありがとう」


 何も言わずに部屋に行ってしまうなんて、よっぽど調子が悪かったのかもしれない。それに加えてあんな胸糞悪いおじさんを目の当たりにしたら気分は最悪に違いない。


「クローディ、大丈夫?」

「……」


 扉をノックして声をかけてみるも返事はない。


「やっぱり風邪? 熱があるなら薬を飲んだ方がいいよ」

「……」


 言葉を続けてもやっぱり応答はなかった。声も出せない程苦しんでいるのか……もしかして倒れているのでは……!?


「クローディ入るよ!」

 

 最悪の事態が脳裏に浮かんで、私は許可を得ずに部屋の扉を開けた。

 クローディはベッドの上に座っていて、私と目が合うとすぐに逸らした。返事をしなかったことに気まずさを感じているんだろうか。とりあえず倒れてるわけじゃなくてよかった。


「私……女の子じゃないんだ」


 熱があるか確認しようと近寄ると、重々しい雰囲気でクローディが口を開いた。

 ……そういえばそうだった。さっきおじさんが「男のくせに」と吐き捨てたことで、私に男であることがバレたと思ったのか。

 クローディが男だということは最初から知っていたから、特に反応せずスルーしてしまった。


「そ、そうなんだ」

「……あまり驚かないんだね」

「え! いや、びっくりしたよ! うん!」


 今更反応しようにも上手く演技することができなかった。こんな美少女が男の子だなんて聞いたら、目ん玉飛び出るくらいのリアクションをする方が普通だろう。


「騙しててごめん……」

「別に騙されてないよ」


 怪しまれていないかビクビクしたけど、クローディはそれよりも私を騙していたことに罪悪感を感じているようだった。

 直接「私は女だ」と言われたわけじゃないし、別に騙されたわけじゃない。気にしなくていいとはっきり伝えても、クローディの瞳から不安の色は消えなかった。

 

「……エマも、男らしい服を着た方がいいと思う?」


 恐る恐る投げかけられた質問。これにどう答えるか……ここが重要な分岐点な気がする。

 クローディとはフラグを立てずにこのまま女友達のような関係でいたい。となると、ここで頷くのはよくないと思う。


「私は……好きな服とか似合う服を着ればいいと思う」


 クローディが好きで着てるんだったら、周りの目を気にして矯正する必要はない。

 もちろんフラグを立てたくないという都合もあるけれど、私が生きた日本はジェンダーレスの時代だった。女だってバリバリ働くし、男だってネイルや化粧をする。昔は男らしく女らしくという偏見があったみたいだけど、そういう考え方は古いと非難される風潮だった。


「今の格好、クローディにすごく似合ってると思うよ」

「!」


 だからこれは紛れもない私の本心。綺麗な人が綺麗に着飾って何が悪いと言うんだ。


「最初はお母さんの役に立ちたくて女の子の服を着てた」

「うん」

「でも……可愛いって褒めてもらううちに、女の子の格好をしてる自分が好きになれたんだ」

「うん」

「淡い色とか、レースとか、リボンとか……そういうのを身に付けてると自分に自信が持てるっていうか……」

「わかる。気分上がるよね」

「!」


 前世は入院生活ばかりでおしゃれとは無縁だったけれど、検査がない期間にはお姉ちゃんがネイルをしてくれた。可愛く彩られた自分の爪が視界に入るたびにテンションが上がって、小説を書く筆が進んだものだった。

 好きなものに心が躍るのは男だろうが女だろうが同じだ。そして、その好きなものは性別によって分断すべきではない。


「エマ……これからも私と仲良くしてくれる?」

「もちろん!」


 クローディとは何度も一緒に出掛けていて、「ルフトクスの美人姉妹」という異名の通り本当の姉妹のような関係になれたと思っている。

 そんなクローディが私との関係を維持したいと望んでくれているのなら、断る理由はない。

 私は力強く頷いて、震えていたクローディの手をギュッと握った。



***



 そんなことがあって、今日は宣伝活動をせずに帰ることになった。今月の服はもう出来上がっていたけど、最近の流行を考慮して少し手直しをしたいそうだ。

 中心街では今、私とクローディが発端となった「双子コーデ」ともう一つ流行っているものがあるらしい。それは「蝶々」。蝶々モチーフの髪飾りや小物を着けるのが若い子を中心に流行っていて、特に青い蝶々が人気だとディーナさんから教えてもらった。

 街の流行には関心がないけど、蝶々が流行った理由というのが私にとっては大問題だった。この蝶々ブームは、第一王子のテオバルドが王宮に蝶々庭園を造ったことがきっかけだった。

 幼い頃に「ちょうちょハカセになる」と豪語していた彼が、家に蝶々のお庭を作ってしまうなんて。庭園を造ること自体に問題はない。ただ、そのテーマが「蝶々」であるということは、私と出会ったあの時の思い出が影響してるんじゃないかと考えてしまう。

 何度か中心街に来てもテオバルドに遭遇する気配は全くなかったから油断していた。私のことは忘れて元気に過ごしてくれればいいんだけど、テオバルドとのフラグはしっかりと立ったままかもしれない。

 テオバルドがプロポーズしてくるまであと6年くらい。そろそろきちんと対策を練らなくちゃ。


「!!」

 

 どうしたものかと悩みながら歩いていたら、私を見つめる熱烈な視線に気が付いた。目が合ってもなおガン見してくるその少女は、くりくりの瞳を輝かせて駆け寄ってきた。


「あのッ……!」

「!」


 そしてこけた。


「大丈夫ですか?」


 ドジっ子幼女を微笑ましく思いながら手を差し伸べると、女の子は私の手を両手でギュッと掴んだ。


「しゅ、好きです!!」

「へっ」


 初対面の幼女に告白されたのは人生初だ。6歳前後だろうか。噛んだのが可愛かったし悪い気はしない。


「ルフトクスの美人姉妹もちょうちょのアクセサリーをつけてるなんて……私とってもうれしいわ!」


 女の子が言った蝶々のアクセサリーは、さっきディーナさんに貰ったネックレスのことだ。ディーナさんが結婚する前に友人に贈るために買ったけど、渡しそびれてずっとクローゼットに眠っていたらしい。

 クローディと仲良くしてくれるお礼だと、泣きそうな顔で渡されたら断ることができなかった。


「ねえ! モニカのおうちに来ない?」

「おうちに?」

「モニカのおうちにはね、ちょうちょのお庭があるのよ!」

「へー、すごいです……ね……」


 身なりからしてお金持ちのお嬢様だとは思っていたけど、蝶々のお庭があるおうちなんてこの国で一つしか存在しない。


「王女様!!」


 ほらね!!

 護衛騎士らしき人物が駆け寄ってきたうえに「王女様」って言ったもん……王女様じゃん。

 つまりはテオバルドの妹ということになる。妹がいるという設定にした覚えはあるけど詳細は決めていなかった。またしても作者(中2の私)のガバガバ設定にしてやられてしまった。

 

「急に走られては危ないです」

「だってね、ルフトクスの美人姉妹がいたのよ! そこに……あれ?」


 王女の招待に応じるわけにはいかない。私は王女と護衛騎士が話しているうちにそそくさと逃げた。

 まさかテオバルドからプロポーズをされる前にその妹から告白されるなんて。「ルフトクスの美人姉妹」が私であるとテオバルドにバレたら大変なことになりそうだ。ディーナさんには申し訳ないけど、宣伝活動はもうやめた方がいいかもしれない。

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TRUE LOVE 〜中2の私が書いた逆ハーレム小説(黒歴史)の世界〜 itoma @itoma0308

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