TRUE LOVE 〜中2の私が書いた逆ハーレム小説(黒歴史)の世界〜

itoma

第1話

 【転生葬】とは――

 2050年頃のアニメ大国日本で話題になった新しい葬儀の形式である。

 漫画やアニメを観て育った世代が死後に夢見たのは、極楽浄土ではなく"推し"のいる世界。棺の中に好きな作品の漫画や小説、キャラクターのぬいぐるみなどを入れて一緒に火葬してもらうことで、死後その世界に転生できると信じられたのだった。



 12歳で難病を患い、25歳で1年の余命宣告を受けた私も転生葬を選択した。

 棺に入れてもらうのは私の短い人生を捧げて書き上げた小説「プリマベーラ」。魔法学校に通う男女の甘酸っぱいラブストーリーである。小説サイトに投稿したところ、ありがたいことにそこそこ反響があって書籍化まですることができた。

 病気のせいで苦しい思いもたくさんしたけれど、この世にひとつの作品を残すことができて本当に嬉しい。家族にも愛されて友人にも恵まれて、思い残すことはもうない。


「お母さん、お姉ちゃん……ありがとう。私、幸せだった……よ」


 ベッド脇で涙を流す母と姉の幸せを願って、精一杯の笑顔を作ったのを最後に私の意識は薄れていった。



***



 次に意識を取り戻した時、私は見知らぬ男の子3人に見下ろされていた。


「あ、起きた!」

「かわいいなぁ〜」

「ふにゃふにゃだぁ」


 ここはどこ?あなた達は誰?

 そう聞いたつもりだったのに、私の口からは「あうあう」という音しか出なかった。身体も思うように動かせなくて、起き上がろうとしても手足はバタバタと空を暴れるばかり。


「にいにって呼んでごらん?」

「アホ、言えるわけないだろ……赤ちゃんだぞ」


 視界に映った自分の小さな手と男の子の言葉で、本当に転生することができたのだと悟った。



 この世界で私は農家の末っ子として産まれ、前世と同じくエマと名付けられた。「プリマベーラ」のヒロインの名前はサクラだから、どうやら脇役に転生できたみたいだ。よかった。

 とはいえここは異世界。ピンクブラウンの髪の毛に金色の瞳……鏡に映る自分の姿が新鮮でじっくり見ていたら、「エマは本当に鏡が好きなのね」とお母さんに笑われた。

 両親と祖父母、そして歳の離れた兄3人は私のことをとても可愛がってくれた。でも、おそらく血は繋がっていないんだと思う。だってお母さんは茶髪に紫色の瞳、お父さんは深緑の髪に青色の瞳……遺伝したと思われる特徴がひとつもないのだから。

 まあ孤児が引き取られるなんて異世界ファンタジーではよくある設定だし、十分な愛情は注いでもらっているから特に気にならない。

 そんなことは置いといて、とにかく私は健康な身体が嬉しくてたまらなかった。前世の私は徐々に筋肉が衰えていく病気で、10代後半からは車椅子でしか移動できなくなり、最後の3年はベッドにほぼ寝たきりの状態だった。

 自由に動きまわりたい一心で、私は異例のスピードで寝返り、おすわり、ハイハイ、二足歩行をマスターしていった。


「うむむ……」

「エマ何してんの?」


 そして5歳の冬。家族に天才だともてはやされてすくすくと育った私だけれど、魔法だけは一向に発現しなかった。


「魔法出ない……」

「あー……」


 ここはエリトヴィア帝国の端に位置するネア・テルミ。険しい山と川によって隔離されたこの地には昔から魔力を持つ人々が住んでいた。

 魔力には4つの属性がある。火、水、土、風。ちなみに過去には光属性も存在したけど今は絶滅していて、突然変異でヒロインのサクラのみが扱えるという設定だ。

 魔力を持つ親から産まれた子どもにはその属性のどちらか、もしくは二つが遺伝する。我が家で言えば祖父母と父と一番上の兄は土属性、母は風属性、双子の兄二人は土と風両方の属性を持っている。

 この世界での魔法はそこまで大きな力を持っているわけではない。各属性が混ざり合うごとに魔法の力は弱まっていき、今では土の状態を良くしたりちょっとしたものを風で浮かせられるくらいで、私たちの生活に身近なものとして溶け込んでいる。


「……」


 私みたいに魔力を持たない子どもも稀に産まれてくるらしいけど……もしかしたら私は魔力を持たない地域の出身なのかもしれない。魔法学校に入学して主人公二人の恋を遠くから見守るっていう計画だったのに、魔法が使えないんじゃ話にならない。


「焦らなくていいよ」


 気を落とす私の頭を、クレマン兄さんが大きな手で撫でてくれた。

 一番上の兄、クレマン兄さんは今年で21歳。春になったらお嫁さんがやってくる。うちの野菜を卸している酒場の娘さんで、私も何度か会ったことがある。貴族と違って平民は恋愛結婚をすることが多いのだ。

 前世では縁がなかったけれど、この世界でいつか私も誰かを好きになって……家族になる日が来るんだろうか。小説のような恋愛とまではいかなくても、一緒にいてドキドキしたり安心したりすることのできる相手ができたらいいなと思う。

 他にも今回の人生でやりたいことはたくさんある。めいっぱい体を動かしたいし、いろんな食べ物を食べたいし、大人になったらお酒だって飲んでみたい。お買い物やおしゃれ、旅行も楽しみたい。普通の女の子が、普通に経験することを一つずつ噛み締めるんだ。

 今世では健康に、平凡に、天寿をまっとうしてみせる。そしていつか一目だけでもいいから、この世界で幸せに生きるサクラを見られたらいいな。



 ――しかし、そんな私の第二の人生計画は"彼"との出会いによって根底から覆されることになるのだった。



***



 春になり、クレマン兄さんのお嫁さんがうちに来た。


「よ、よろしくお願いします」

「可愛い妹ができて嬉しいわ。よろしくね」


 初めてできる義姉という存在。緊張する私に対して、ベティは目線を合わせてにっこりと笑ってくれた。茶色のボブがよく似合う、気さくで明るい女性だ。優柔不断なところがあるクレマン兄さんをうまく引っ張ってくれそうで、お似合いだと思う。

 今日からクレマン兄さんとベティは、根菜を育てている南エリアに建てた家に二人で住むことになる。うちの農場はなかなかに広大で、家族内で担当エリアを分けているのだ。

 同じ敷地内とはいえ、ずっと一緒に暮らして来た兄と離れ離れになるのは少し寂しかった。



 私は双子の片割れ、ロベルト兄さんと鶏のお世話を任されている。この鶏はお隣の牧場からいただいたらしく、今では全部で5羽いる。卵は出荷するわけではなく家庭用だから6歳の私が任命されているのである。


「エマ、そろそろ休憩しよう」

「うん」

「ばあちゃんにエッグタルト作ってもらおうか。俺頼んでくるから家に戻ってな」

「わかった!」


 双子の兄達は18歳になってだいぶ落ち着いてきたものの、少し前まではやんちゃないたずらっ子で、よくお母さんに叱られていた。

 ロベルト兄さんはホルスト兄さんよりも器用というかちゃっかりしていて、のらりくらりとお説教を回避するのがうまかった。

 今も休憩しようと言ったのは半分は自分のためだろうし、エッグタルトも自分が食べたいから提案したんだろう。「エマが食べたがってる」と言えば断られることはないから。


「コケーーーッ!!」

「ご、ごめんー!!」


 鶏小屋から出ようと扉を開けた時、近くにいた鶏の尻尾を踏んづけてしまったようで、驚いた一羽の鶏が隙間から外へ出てしまった。

 内心焦りながらもまずは二次被害を防ぐためしっかり施錠をする。その間に鶏が裏の森の中へ走っていくのが見えた。


「待ってー!」


 鶏一羽と言えど小さい頃から一緒に育った大事な家族だ。私は迷うことなく追いかけた。森の中は野犬もいるから早く連れ戻さなきゃ。


「いた!」


 幸い逃げ出した鶏は森を少し進んだところでミミズを突いていて、すぐに捕まえることができた。


ガサガサ

「!」


 鶏を抱きかかえて戻ろうとした時、茂みが不自然に揺れた。森の中にはいろんな動物がいる。小動物なら問題ないけど、蛇や野犬だったらどうしよう。

 なるべく音を立てないように茂みの方を確認すると、そこにいたのは私と同じくらいの男の子だった。

 見たところ近くに大人はいない。迷子だろうか。だとしたら森の中を闇雲に動くのは危険だ。しかも小走りで向かっている先には谷があって足場も悪い。


「あの!」

「!」


 私が大きめに声をかけると、男の子はピタッと止まってこちらを向いた。

 赤い髪と深紅の瞳は森の中では際立って鮮明に見える。いくらここが異世界であっても、彼の放つ色はなんだか特別のように思えた。身なりからしておそらく貴族の子だろう。


「そっちは谷になってるから危ないです」

「ちょうちょがいたんだ!」

「えっ」

「でかくて青くてキレイだった!」


 どうやら彼は蝶々を追いかけてここまで来たらしい。質の良さそうな洋服がすっかり汚れてしまっている。更に顔や膝に擦り傷がたくさんあるのを見る限り、やんちゃな男の子なんだと想像できた。


「それは多分……ヘレナモルフォだと思います」

「ヘレナモルフォ……? 聞いたことない」

「珍しい蝶々です。見られるなんてラッキーですね」


 この時期に見られる青くて大きくてキレイな蝶々は多分ヘレナモルフォ。珍しくてなかなかお目にかかれない蝶々だ。

 蝶々に夢中になってしまう気持ちはよくわかる。私も4歳の時、蝶々を追いかけて森に入って迷子になったことがある。普段おっとりしているお母さんにすごい剣幕で叱られて、私は心の底から反省した。


「ちょうちょ好きなのか?」

「はい、好きです」

「!」


 今世では自由に外を動き回れることが嬉しくて探検ばかりしていたら、自然と知識は身についた。蝶々は綺麗で可愛いから私も好きだ。


「じゃあ俺がつかまえてやる!」

「だめです危ないです」


 ヘレナモルフォはもう見失ってるし、これ以上長居したら日も暮れてきて危険な動物に遭遇してしまうかもしれない。私はハッキリと断った。


「じゃ、じゃあ魔法を見せてやる!」


 何かお礼になるようなことをしたいのか、やけに食い下がってきた男の子は魔法を見せると言い出した。

 魔法がありふれた世界で魔法を見せてやると言われても反応に困るんだけど……そう思った次の瞬間、私は目を見開くことになった。


「え……!?」

「ほんとはもっとデカいの出せるけど、山火事になっちゃうからな」


 彼の掌からサッカーボールくらいの真っ赤な炎が出たのだ。

 人々の魔力が弱まってきている今、火属性でもせいぜい暖炉の火を点けたり料理の火力を調整したりができる程度のはず。こんなに大きな炎を……しかも子どもが出せるなんてとんでもないことだ。

 これだけ強い魔力を持っている人物が脇役なはずない。でも、「プリマベーラ」の主要キャラに赤髪赤目設定のキャラはいない。断言できる。他でもない私が作者なのだから。


「あなたは……」

「俺はテオバルド・ローゼ」

「……!」

「テオって呼んでくれ」


 テオバルド……その名前には確かに聞き覚えがあった。「プリマベーラ」の登場人物じゃないなら、今までに読んだ小説だろうか。私好みのキャラクターだから憶えていそうなものだけど……全然思い当たるものがない。


「お前は?」

「エマ・ラップスです」


 本来なら身分の低い私の方から名乗るべきだったのに。そんな一般的な礼儀でさえ忘れてしまう程に、今の私は困惑していた。

 魔法の設定や地名からしてここが「プリマベーラ」の世界であることは間違いないはず。もし彼が他作品の登場人物だとしたら、いったい何故この世界にいるんだろうか。

 前世の転生葬で何らかの手違いがあって、他の作品も一緒に棺に入れられてしまったのだったら一応説明がつく。

 本当に転生できた時点で人智は超えているわけだし、最初からありえないと否定することはできない。


「そうか……エマ!

 大きくなったら俺のおよめさんにしてやる!」

「!?」


 しかしこのセリフで、私は彼がどの作品のキャラクターかを確信できてしまった。

 赤髪赤目の元気な男の子……そしてこの突拍子もない展開は……間違いない。彼は私が創作したキャラクターだ。

 「プリマベーラ」を書くよりもずっと前。私が中学2年生の頃に書いた処女作にして黒歴史。その名もーー


 ……「TRUE LOVE」!!(タイトルの時点でもう羞恥心がやばい)


「け、けっこうで……」

「ああ! ケッコンしよう!!」


 私の記憶が正しければテオバルド・ローゼというキャラクターは、幼少期にヒロインと出会い結婚の約束をする。そして宣言通り成人を迎える頃に熱烈なプロポーズをすることになる。

 今がまさにその伏線(と言える程のものではないけど)が張られた瞬間だった。


「テオバルド様!!」


 あまりの衝撃に呆然と立ち尽くしていると、テオバルドの護衛騎士らしき人が現れた。


「エマが助けてくれたんだ」

「おや……ありがとうございます」

「いえ……」

「お嬢さんも迷子かな?」

「違います! ひ、ひとりで帰れます!」


 とりあえずこれ以上テオバルドに関わってはいけないと思って、逃げるようにこの場を去った。

 どうしよう。ここが「プリマベーラ」ではなくて「TRUE LOVE」の世界だとしたら、エマ……つまり私はヒロイン。(ヒロインの名前を自分の名前にしたのもまた黒歴史である。)

 そして12年後、18歳になった頃にテオバルドから熱烈なプロポーズを受けることになってしまう。

 それだけならまだしも、この小説のジャンルは"逆ハーレム"。テオバルドの他にも3人、私のことを好きになるキャラが出てくるはず。


「俺、大きくなったらちょうちょハカセになる!」

「何を仰ってるんですか」


 背後からそんな会話が聞こえてきた。本当に蝶々博士になってくれたら助かるけど、おそらくその可能性はない。

 何故なら彼、テオバルド・ローゼは……魔法の国ネア・テルミの第一王子なのだから。

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