第19話 両想いのキス
『行くわよ』のセレスの言葉に続き、竜は飛翔し、その風起こしで、まわりにつむじ風の嵐が起こった。
見送りに来ていたアラミスが、ひゅうと口笛を吹き、「ハインミュラーさん、あんた最後に竜になったのいつ??」と聞いたのだった。
「5年前ですよ」と、ハインミュラーが言った。
「低空飛行ですかね」と、ハインミュラーが言った。
「そうですね」と、アラミスが手を頭に当てて言った。
「空を飛ぶのはいつだって楽しいわ」と、リゼティーナがセレスに向かって行った。風の唸り声で、リゼティーナの声もかき消されていく。
「なんて言ったのかわからないわよ、リゼティーナ」と、ゼルフィーネが笑いながら言った。
3人は、居住区のうち、山を越えた人口の少ない村へ向かっていた。今日の巡業地だ。3人は、1か月に一度ほど、こうしていろんな地区を飛び回り、奉仕活動を行い、主に仕えている。
*
(リアン・・・・)と、リアンノンの眠るベッドの傍らで椅子に座って、ただ眠るリアンを眺めていたシルウェステルは、コンコン、というノックの音を聞いた。振り返ると、兄のアラミスがにんまりとして覗き込んでいた。
「あれ、いちゃいちゃしてないの??」と、アラミスがおかしそうに笑いそうになって言った。
「やめてください、兄さん」と、シルウェステルが言った。
「野暮だったかな。俺は退散するとするわ」と、アラミス。
転生し、ハートフォードシャーの国の12使徒になってはや800年余り。リアンとシルウェステルは再び心通わせ、婚約していた。
「俺も退散するかな」と、くすりと笑ってシルウェステルは椅子から立ち上がった。熟睡しているリアンノンは、全く起きる気配がない。そんな彼女の寝顔をほほえましく見ていたシルウェステルは、昨日の行事の片付けの残りや、その他仕事のため、彼女の元を離れた。
その時、シルウェステルの腕を誰かがぱしっとつかんだ。リアンノンの手だった。
「!?!?リアン!?!」と、シルウェステル。
「ねぇシルウェステル・・・私のコト、好き・・??」と、リアンノンが言った。
さてはリアンのやつ、さっきから起きてたな・・・寝たふりか・・・と思い、シルウェステルは思わずリアンの方を向いた。
「好きに決まってるだろ!転生してまで君といることを選んだんだから!」といって、シルウェステルが涙面になる。
「じゃあ、キスして、シルウェステル」と、リアンノンが布団から半身起き上がって言った。
シルウェステルはどきんと心臓が鼓動を打つのを感じた。
――キス!?!?そんなの、前世でも、この852年間でも、一度もしていない。
「仲が通じ合ってる男女って、キスするらしいよ、シルウェステル」と、リアンノンが平然と言ってのけた。
「そ、そうだな・・・それは本当だ、リアン、君の言ってることは正しい、したがって・・・」
と言ったとたん、リアンがシルウェステルをぐいっと引き寄せ、キスをした。
「!?!?!」シルウェステルが頬を真っ赤に染める。
「じゃあこれで両想いね!私、もうちょっと寝る!おやすみ、シルウェステル!!」と言って、リアンはシルウェステルの手を放した。
「・・・リアン、ずるいぞ、昨日の片づけ・・・と言いたいが、大役をやってのけた大地の巫女さんなら許す」と言って、シルウェステルは軽く笑った。
「じゃあな、リアン」と言って、シルウェステルは部屋を去っていった。
戸口がパタンと閉まる。リアンノンは寝返りを打ち、「好きよ、大好きよ、シルウェステル」と呟いたのだった。
アラミスは複雑な胸中だった。何百年か前、リアンノンから告白されたとき、「弟のこと忘れてやがる」と思ったのだった。
「部屋で何してたの??」と、アラミスに追いついたシルウェステルに、兄は言った。
「な、なんでもねーよ、兄さん。それより、仕事、とっとと片付けちまおーぜ!!」と、シルウェステルが言った。
「シルウェステルさん!」と、向こうから声がした。ハインミュラーだ。
「ちょっと妙なことが。光の神殿の奥に祭られている元大地の巫女の人柱の石像の一つに、ひびが入ってるんですよ!」と、ハインミュラーが言った。
「久しぶりに掃除に入ったら、その有様で。頭のてっぺんから、首下まで、一直線にひびが・・・」と、ハインミュラー。
「それは気になるな」と、シルウェステルが呟いた。
「不吉な予感じゃなきゃいいがな」と、アラミス。
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