29 恫喝

「千葉さん、やっぱり戻った方がいいんじゃないすか? このダンジョン、難易度とかも全然分からない〝野良ダンジョン〟じゃないすか」


 腰巾着の成田が、臆病なことを言う。

 千葉は苛立たしげな声で成田を一喝する。

「黙ってろ。大泉のおっさんが稼げてるってことは、この階層はそこまで危険じゃねえ。そしてどっかに楽勝な稼ぎ場があんだよ。間違いねえ」


 千葉は闇金で、半グレで、探索者だった。

 大泉の金払いが急に良くなったのを見て、すぐにピンと来た。野良ダンジョンの稼ぎ場を見つけたのだと。


 千葉の直感は当たった。

 毎日のように大泉を尾行し、ついに野良ダンジョンの入り口を見つけたのだ。


「にしても千葉さん、事務所の便所がダンジョンの入り口になっていたなんて、どうして分かったんですか?」

「借金まみれの社長が、金策もしないで何時間も事務所にいるなんておかしいだろ。しかも毎晩だ。……考えるまでもねえよ」


 そう、千葉と成田は大泉の会社の事務所に忍び込んだのだ。

 事務所の中には誰もおらず、トイレのドアが開いたままになっていた。トイレの中は、ダンジョンへの入り口になっていた。


 千葉と成田はすぐさまダンジョンに入った。

 しばらく散策していると、先に入っていた大泉を発見した。

 そうして二人はつかず離れずの位置で、大泉を監視していたのだ。


「大泉がモンスターと戦い始めたぞ。成田、よーく見ておけよ」

「ありゃあ一つ目の巨人サイクロプスじゃないすか。あんなの倒せるんすかね?」

「いいから黙って見とけ」


 ダンジョンの第一階層には、開けた草原エリアがあった。

 千葉と成田は草むらに隠れ、大泉が戦う様子を見ていた。

 成田が声を潜めながらも叫び声をあげる。


「あ、危ない! ありゃあ……死にますよ。千葉さん、借金返す奴が死にますよ? いいんですか?」

「そうなったら奴の娘に返させるまでだ。……だが、そうはならないだろうな」


 大泉の戦い方は、誰の目にも情けないものだった。

 戦うというよりは、ただ逃げ回っているだけにも見える。


 ドズッ!!

 とサイクロプスの重い拳が地面を揺らす。

 大泉は情けなく転がりながら、草原の端っこに追いやられていく。


 草原は途中で急に途絶え、断崖になる。

 崖の下は深い谷になっている。

 落ちたら確実に死ぬだろう。


 サイクロプスが崖っぷちまで大泉を追い詰める。

 そして、最後の一撃を繰り出すと――

「うおおっ……!」

 成田は、意外な光景に息を呑んだ。


 崖っぷちに追いつめられた大泉が、奈落に向かって走った。

 しかし大泉は落ちなかった。

 宙に浮いたのだ。


「千葉さん! あのおっさん、飛びましたよ!」

「うるせえな。気づかれるだろ。黙ってろ」


 サイクロプスは足場が消えているのにも気づかず、そのままの勢いで大泉を捕まえようとする。

 だがサイクロプスが大泉を捕まえることはなかった。

 断末魔の叫び声とともに、崖の下に落ちて行ったのだ。


 一連の光景を見ていた千葉は、にたりと笑った。

「ほれ見ろ。奴は、ああして稼いでいたんだよ。あの崖には透明な足場がある。大泉のおっさんは、自分よりも格上のモンスターを落としてはドロップアイテムを回収してたんだ」


 大泉は、透明な足場をさらに進んでいった。

「奴を追うぞ。透明な足場の位置、しっかり覚えとけよ。お前が先に行け」

「そ、そんな……」

「俺の命令が聞けねえのか。殺すぞ」

「わ、分かりました……!」

「しっかりやれよ。このためにお前を連れて来たんだからな」


 二人は、さらに尾行を続けた。

 それに気づかぬ大泉は、透明な足場をさらに進んで行く。

 向かう先には、切り立った崖をくり抜いた空間があった。


「崖の真ん中に洞穴があるな。まさか隠しエリアか? ほう、中には〝転移門〟もあるぞ。大泉のおっさん、すげー場所見つけたな」


 二人に監視されていることにも気づかず、大泉は転移門をくぐり抜けた。

 しばらくすると、大泉はサイクロプスが落下した崖下に現れた。

 大泉はサイクロプスがドロップした魔石を回収する。


「よし、成田! 今のうちに行くぞっ!」

「は、はい……!」

 大泉が崖下にいる間を見計らい、千葉と成田は透明な足場を渡る。


 洞穴にたどり着いた二人は、さらに驚いた。

 〝転移門の洞穴〟には、大量の魔石とアイテムが保管されていたのだ。

 それは弔木とむらぎが回収したものだが、二人には知りようのないことだった。


「ち、千葉さんっ! こいつはとんでもない額になりますよ!? 大泉のおっさん、どうやってこんなもんを……!?」

 

 千葉は冷静に、そして冷酷な表情で応えた。

「これで分かったろ? 成田。金ってのはな。こうやって稼ぐんだよ。オレについて来て良かったろ?」

「は、はい……!」


 転移門から大泉が戻ってくる。

 そして大泉の顔は絶望に染まった。

 一番見られてはならないところを、一番見られたくない人間に見られてしまったのだから。


「お、お前ら……! どうしてここが……!!」


「いよーう! 大泉社長! ダンジョン探索、ご苦労様です! 借金の返済、順調そうで何よりですわ!

 ところでさあ…………新しく出てきたダンジョンは、ちゃんと政府に通報しなくちゃなあ?」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 一週目、80万。

 二週目、160万。

 最新のノートパソコンを買っても、まだ140万。

 「ポケットを叩くとビスケットが増える」なんて童謡があるが、それくらいの勢いで現金が増えていた。


 弔木とむらぎの食事のグレードが上がった。

 牛丼に卵を付けて大盛を頼めるようになった。

 コンビニコーヒーで、金額を気にせずに高い方を選べるようになった。

 実に小市民である。


 もっと良いアパートに引っ越すことも考えたが、まだ早い。

 弔木とむらぎは正規の探索者ではないし、この生活を続けられる保証もない。


 とりあえず今はダンジョンを探索し、〝闇の魔力〟を使いこなせるようになるのが先だ。

 そしてできるだけアイテムを集め、金を稼いでおきたい。

 換金の方法が謎の中年――大泉だけというのが気にかかるところではあるが。


「換金手段、もっと増やしたいなあ……でも探索者証がないとなあ」

 そんなことを呟きながら、弔木とむらぎは、ダンジョンの最下層のトラップを解除していた。


 落とし穴に落ちた先は地下の牢獄になっていた。

 地下牢には大量のアンデッドがひしめいていたが、力業で瞬殺した。ついでに即死トラップを全て破壊し、地下牢を安全な場所にしておいた。


「おっと、そろそろ時間かな? 大泉のおっさんにもトラップ情報を教えておくか」


 毎週金曜の夜9時、弔木とむらぎは大泉と会うことになっていた。

 アイテムを売った金の回収と、ダンジョン内の情報交換だ。


 弔木とむらぎは転移門を使って待ち合わせ場所に向かった。五つの転移門がある洞穴――〝転移門の洞穴〟へ。


「あれ?」


 いつもの場所に、大泉はいなかった。

 そして、弔木とむらぎがこれまで回収してきたアイテムが消えていた。

「……マジか」 

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