27 裏の顔

 ――半年前


「社長、本当にすみませんでした」

「………………どうして、こんなことをしたんだ」


 大泉鷹男たかお、38歳。

 株式会社大泉建設の代表取締役社長。


 社長、と言っても何も偉くなどない。


 中小企業の社長など、パシリも同然だ。

 発注者である大企業からは支払額を値切られ、部下は褒めておだててどうにか動く。


 やっと信頼できる幹部が出来たかと思えば――

「借金でどうにもならなくて……本当にすみません」

 会社の金を、使い込まれてしまう。



 社長なんて、なるもんじゃない。



 会社の事務所。

 長年の苦楽を共にした仲間が、大泉に土下座をしていた。

 金を使い込まれたことの怒りよりも、裏切られた悲しみの方が大きかった。

 そんなに金に困っていたなら、先に相談して欲しかった。


「お願いします……警察にだけは……」

「熊谷さん、もういい。出て行ってくれ」


 大泉は幹部だった男を、事務所から追い出した。

 何もなかったことにする。

 会社の代表としては、どう考えてもあり得ない選択だ。


 警察に突き出し、民事、刑事事件にする。

 懲戒解雇し、損害賠償を請求する。

 その結果として、熊谷は死を選ぶかもしれない。


 金は回収できず、大泉の心に余計な傷がつくだけだ。

 大泉は既に、これ以上ない程に傷だらけだった。


 ダンジョン不況によって、会社の資金繰りは悪化していた。

 今年に入ってからの新たな受注はゼロ。

 気づけば経営は火の車。

 銀行に頭を下げて金を借りた矢先に、幹部の横領が発覚。

 しかも他の従業員は皆ダンジョン探索者として転職。

 残ったのは、借金だけ。


 事務所に一人遺された大泉は、頭を抱え込んだ。

 不吉な考えが頭をよぎる。

 死ねば楽になるか? と。


「……いかんいかん。駄目だ。まだだ。俺には、まだ……結香がいる。あいつが成人するまでは、死ねない。死ねないんだ……」


 一人娘のことを思い出し、大泉は最悪の選択肢を頭から追い出した。

 死ねない。

 まだ死ねない。

 金が、必要だ。

 とにかく金が。


「くそ、どうすりゃいいんだ……!」

 思考はぐるぐると同じ所をめぐる。

 もう駄目かもしれない。


「困った。本当に、困った……腹痛てえな」

 こんな時でも生理現象は起こる。

 大泉は事務所のトイレに向かった。

 そして――


「……何じゃこりゃ!?」


 トイレの中はダンジョンの入口になっていた。

 この日から、大泉の新しい仕事が始まった。

 命を削るような、ダンジョン探索だ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 弔木とむらぎは困惑していた。

 さっきから大泉とまともにコミュニケーションできずにいた。

 アイテムを見て、半分意識を失っているようだ。


「アバババババ……。金……金……」

「おーい。おじさん?」

「そんなはずが、ないだろ……これ、いくらすると思ってるんだ……アバババババ……」


 らちがあかない。

 弔木とむらぎは強行手段に出ることにした。

「〝魔弾〟」

 威力を抑えた弾丸を弾き出した。

 魔弾は大泉の顎にヒットした。


「ブキャッ! あいたっ! な、何だ今の!?」

「さあ何でしょうね。それよりもおじさん、早く交渉しないか? このアイテム、売ってきて欲し――」

 大泉は食い気味に返事をした。 

「もちろんだ! 俺に売らせてくれっ! もちろん、弔木とむらぎさんにも利益は分配するっ!」


「た、助かるよ……」

 呼び方が「兄ちゃん」から急に「弔木とむらぎさん」になってビビる。

 だが交渉が上手く行くなら何でも良い。

 「魔力ゼロ」の弔木とむらぎは探索者証を持たず、ダンジョンで回収したアイテムを売ることができない。


 大泉はレベルこそ低いが、探索者証がある。

 アイテムを換金する資格があるのだ。


「利益の分配比はどうする」

 弔木とむらぎが問う。

「7:3でどうだ?」

 と大泉。舐められてはならない。弔木とむらぎは強気で応じた。

「そんなにぼったくるのか? ……俺も舐められたものだな」


「じゃ、じゃあ8:2でどうだ!」

「ん?」

「ん?」

 大泉と弔木とむらぎは、互いに不思議そうな顔をする。


 弔木とむらぎは致命的な勘違いに気付いた。

 出来るだけ平静を装いながら、

「……多い方が、俺?」

 弔木とむらぎの問に、大泉は静かに頷いた。

 気まずい沈黙が流れた。


 沈黙を破ったのは、大泉だった。

「ぶはっ。ぶははははっ。兄ちゃん、いや弔木とむらぎさん。あんたの過去は知らねえが、どうやら悪人じゃなさそうだな。オーケーだ! 交渉は交渉だ。俺が20%、弔木とむらぎさんが80%でいこう」


「おじさんも、悪い奴じゃなさそうなのは分かった。……でも金に困ってるんじゃ? アイテムを見て意識を失う人なんて、初めて見たけど」

「は、ははは。……いやあ、恥ずかしいところを見られたな。確かに金には困ってる。すごーーーく困ってる。だが金が大事なのは弔木とむらぎさんも同じだろう?」


 大泉は立ち上がり、改めて弔木とむらぎに握手を求めた。

 互いに少しずつ情けないところを見せたせいか、どことなく打ち解けた雰囲気になる。


「このアイテムは、俺が責任を持って売ってくる。だがいきなりこの量を売ったら怪しまれる。小分けにして売却する。弔木とむらぎさんへの分配金は、毎週この場所で手渡しをする」


 弔木とむらぎは、大泉の握手に応じた。

「良いだろう。ぜひ高値で売ってきてくれ」

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