24 街中ゴブリン

 バイトに入る直前、バックヤードで店長の三浦に呼び止められた。

 また説教タイムが始るのかと身構えていたら――

弔木とむらぎ君、スマイル……上手くなったね!」

 肩すかしを食らった。


「上手く……なりましたか? あまり実感はないんですが」

「そうだねえ。スマイルもそうだけど、君から漂う雰囲気みたいなのが明るくなった気がするんだよねえ」

「は、はあ……俺としては、別にいつもどおりですが」

「そうかなあ。弔木とむらぎ君。もしかして彼女できたの?」

「い、いえ。残念ながら……」


 弔木とむらぎは何となく誤魔化すが、心当たりが実はあった。

 〝闇の魔力〟を制御することに成功したのだ。

 24時間、弔木とむらぎの全身からは常に〝闇の魔力〟が溢れ出ていた。

 以前は気にならなかったが、〝闇の魔力〟に目覚めてからは、不気味で仕方がなかった。夜も眠れず、生活に支障が出るレベルだった。

 そこで弔木とむらぎは〝静寂しじま〟と言う技を編み出したのだ。


 深い山奥の湖を想像イメージし、〝静寂〟と唱えることで、止めどなく溢れる魔力を抑えられるようになったのだ。

 やはり闇属性の魔力は、一般人にも影響を及ぼすらしい。


「パートの皆さんも、ずいぶん君のこと噂してるよ。弔木とむらぎ君はイケメンになったねって」

「ははは……ありがとうございます」

 弔木とむらぎは顔を引きつらせながら笑った。

(闇の魔力、どんだけ俺の足引っ張ってたんだ? これまでの苦労ってもしかして……)


「僕はね、弔木とむらぎ君が成長してくれて嬉しいよ。その調子なら、就職も上手く決まるだろうね。……実はまだ誰にも言ってないけど、うちの店は閉店になるんだ」


「え、本当ですか!?」

「いわゆるダンジョン不況だよ。新築住宅の需要が減ってしまってね。建設関係の商品が全く売れなくなってしまったんだ。

 それで今、本社の方で店舗の再編と業種の見直しをしているところなんだ」

「そ、そうですか……それは残念です」


 新築の住宅やマンションが、突如としてダンジョンになるケースが増えていた。

 階層の浅いダンジョンなら簡単に攻略できるが、中には数百階層にも及ぶ巨大ダンジョンになることもあった。

 そうなると当然、住宅ローンを組んで買った家に数年単位で住めなくなってしまう。こうしたリスクを恐れて、人々は賃貸住宅に住み続けるようになったのだ。


「あと二カ月で閉店するから、弔木とむらぎ君は今のうちに他の勤め先を探した方がいいね。大丈夫、僕も氷河期世代だったけど、こうしてしぶとく生きてるからさ。弔木とむらぎ君も頑張ってくれ」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 バイトが終わり、弔木とむらぎは店の駐輪場に向かった。

 時刻は夜の十時。

 国道の方は交通量も多く騒がしいが、店の裏手はしんと静まり返っていた。

 店から駐輪場までは微妙に距離があって、毎度のことながら面倒だった。


(このままじゃ、生活がガチでヤバいな……次のバイト先と野良ダンジョン探し、もっと頑張らないとな。あーでも探索者証がなければアイテムも売れないかあ)


 と。そんなことを考えながら歩いていると。

「……は?」

 弔木とむらぎは我が目を疑った。


 弔木とむらぎの目の前を、暗い緑色の肌をした小型の魔物――小鬼ゴブリンが悠然と歩いていたのだ。

 ゴブリンの瞳孔は奇妙に細長く、夜の闇にギラついていた。

 手には物騒なもの――棍棒が握られている。


 〝レイルグラント〟の地で勇者だった時も、ゴブリンは厄介な魔物だった。

 ある程度、戦闘の経験がある者にとっては大した敵ではない。

 しかしゴブリンは、駆け出しの冒険者や女子供を群れで襲う。

 捕らえられた人間はゴブリンの餌か、慰み者にされる。

 

「いやいや……ヤバいだろ。〝薄刃〟!」

 弔木とむらぎは反射的にゴブリンを始末した。

 住宅街にこんなものが現れたら、間違いなく人が死ぬ。

 ゴブリンの死体は、しばらくすると魔力の霧となって消え失せた。


「な、なんでこんな所にゴブリンが……?」

 辺りを見渡して弔木とむらぎはギョッとした。

 さらに大量のゴブリンの目が、闇夜に輝いていたのだ。

 弔木とむらぎは一瞬で全てのゴブリンを始末した。

 〝闇の魔力〟をもってすれば、レジ打ちよりも簡単な仕事だった。

 それよりも問題は――

「まさか、近くに迷宮ダンジョンが発生したのか?」


 とうやらゴブリン達は、バイト先のホームセンター「クラフトマン」の方から来ているようだった。

 ゴブリン達の足取りを辿るように、弔木とむらぎは店に戻った。

 すると、店の外のマンホールの蓋が空いているのが見えた。


「まさか、この中にダンジョンが?」

 弔木とむらぎはスマホのライトをつけて、中を照らした。

 マンホールの中には下水が流れていなかった。

 予想したとおり、中はごつごつとした岩の穴が広がっていた。

 間違いなく未発見で、政府の管轄外にあるダンジョン。

 野良ダンジョンだった。

「やった……! 何てラッキーなんだ!」

 弔木とむらぎは暗闇の中、静かに興奮した。


 弔木とむらぎはスマホを地上に置いて、マンホールの中に飛び込んだ。

 やはり中はゴブリンの巣穴になっていた。

「とりあえず全員倒しておくか――」

 ダンジョンの闇にゴブリン達の血飛沫が舞う。

 ゴブリンを瞬殺して、弔木とむらぎはさらに奥に進んだ。

 

 しばらく進むと、急にゴブリンの巣穴のエリアが途絶えた。

 代わりに、弔木とむらぎの目の前に古代遺跡のような石造りの神殿と、広大な草原が現れた。

 弔木とむらぎはその絶景に、息を呑んだ。

 勇者時代でも見たことがない規模のダンジョンだった。


「なるほど、こっちがダンジョンの本体だったか。それにしてもすごいな」

 弔木とむらぎの胸が高揚感でいっぱいになる。

 こっちの世界でもまた冒険をすることになるなんて。


 そうして弔木とむらぎの新しい生活が始まった。

 バイト、面接、そしてダンジョン探索だ。


 弔木とむらぎは一歩前に踏み出す。

 と、グルルルルと腹が鳴った。


「……腹減ったな。探索は明日からにしよう」

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