22 勝手に魔王と呼ばないで

『速報です! 新宿に発生した巨大ダンジョンが、攻略されました。ダンジョン化現象は、間もなく収束に向かいます。

 迷宮の主ダンジョンボスは、ダンジョン&リサーチという学生団体の代表、井桐いきりさんによって撃破されたとの情報が入っています。では、現場からの中継です』


『現場からです! ボスを撃破した井桐いきりさんですが、回復魔法を施された後、救急車で運ばれて行きました。

 同じく最終階層に居合わせた、ナスターシャ教授にお話をお聞きしたいと思います。教授、ボス撃破の様子をお聞かせください』


『彼がダンジョンの縦穴に落下した後、私も彼を追いかけた。そして――私が最下層に着地すると同時に、彼がボスを倒すのが見えた。彼はずいぶんと怪我をしていたから、かなり大量の回復薬を飲ませてやったよ』


『なるほど。井桐いきりさんの激闘の様子が伺われますね。では、新宿ダンジョンをクリアした井桐いきりさんに何か一言お願いします』


『ダンジョン研究者としては、ダンジョンが消滅するのは残念だけど――とりあえずお疲れ様、といった所かな。

 では私はラボに戻るとする。取材に協力してやったんだ、タクシーくらい呼んでくれるよね?』


『あ、ありがとうございました! ……以上、現場からお送りしました!』


『聞いてるの? さっさとタクシー呼んでくれない?』


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 都内某所。

 一般には存在すら公にされていない、非公開の研究機関があった。

 その名も――国立ダンジョン研究所。


 建物の外周は高い壁と鉄条網に遮られ、ごく限られた者だけが中に入ることができる。


 攻略、魔法力の解析、資源開発、迷宮内生物モンスターの調査、出現アイテムの解析。

 そして軍事転用。


 ダンジョンの多くは未だ謎に包まれている。

 それ故に研究所では、様々な分野のスペシャリストが日夜研究に勤しんでいた。

 その研究所の一角から、怪しげな笑い声が聞こえてきた。 


「ひひひひひひひ……!!!!」


 声の主は、マッドでバニーな魔導研究者――ナスターシャ教授だった。

 ナスターシャはPCのキーボードをズドドドドと叩き、一心不乱に何かを調べていた。

「教授、少しは落ち着いてください。新宿ダンジョンで何があったんですか?」


 助手の平宗ひらむねはあきれた顔でナスターシャのデスクに紅茶を置いた。


「〝魔王〟だよ。あのダンジョンにはやはり、魔王がいたんだ。迷宮の主ラスボスを倒したのも魔王だ」


「え? 井桐いきりとか言う学生が倒したのでは? 教授もそう言っていましたよね?」


「ああ、確かにマスコミにはそう説明した。ってね。嘘は言っていない。

 でも〝魔王〟なら、人間の目を誤魔化すなんて簡単だろう。私としても、からね」


「ま、まさか……教授。あの〝魔王〟に遭遇したんですか!?」

「いいや? あくまでも科学者としての勘さ。でも精度は悪くない」


 ナスターシャは強く直感していた。

 あのダンジョンには〝魔王〟がいた。

 そして全ては〝魔王〟の差し金なのだと。


 そもそも、学生一人に迷宮の主ダンジョンボスを倒せるはずがない。

 そしてダンジョンに空いていた縦穴は、明らかに人為的なものだった。あの闘技場で、恐ろしく強力な魔法が発動したのだ。

 そんなことができるのは、ナスターシャが知る限りでは〝魔王〟しか考えられない。


「ふひ……ふひひひひひ……!」

「教授? 何がおかしいんですか?」

「これが笑わずにはいられるかい? 私は〝魔王〟とニアミスしていたんだ。つまりこうしている間にも、我々の近くに〝魔王〟がいるんだよ。くひひひひひひ……」


 ナスターシャはさらに目を爛々と光らせ、新宿ダンジョンから回収した魔石やアイテムを作業台に並べた。

 中にはダンジョンのボス――竜騎士が使っていた剣もあった。


「さやっち。今日は帰さないよ! 〝魔王〟の痕跡を分析するんだ。何が何でも絶対に見つけてやる! そうしたら……ふひひひひひ……魔王の体をくまなく調べ尽くしてやるのさ。けけけけけけけけけ!!!!!!」


 ナスターシャの口から、じゅるりと涎が垂れる。

 助手の平宗ひらむねは顔をひきつらせて、ナスターシャをいさめる。

「教授、何というかもう少し……色々と取り繕ってください。せっかくの美人が台無しですよ」



 しかしナスターシャは聞く耳を持たなかった。

 こうしてバニーでマッドな研究者は、本気で弔木とむらぎを追いかけ始めた。

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