9 今日も元気な井桐君

 北海道に向かう朝、弔木とむらぎは夢を見た。

 懐かしく、そして儚い夢だった。



 偉大なる召還術士にして、千の魔術の使い手。

 〝千手のルストール〟は丸い水晶を太陽に掲げながら説明した。

「これは〝天測の魔力水晶〟だ。触れた者の魔力属性と、保有する魔力量が分かる」


 この世界――〝レイルグラント〟では、炎や水、風など様々な属性の魔法が存在する。

 多くの者は体内に〝属性魔力〟を宿しており、使える魔法の属性は一種類だけだ。

 この水晶は、触れた者が持つ魔力の属性と、魔力量を計ることができるという。

「さあ召喚者よ。この水晶に触れよ。貴様の魂の色と輝きを……我に見せてみよ!」


 召喚者はその水晶に触れた。

 魔力水晶は白く、強く輝きを放った。

 ルストールは驚いた表情になり、光る水晶をなで回した。


「ふうむ! これは面白いことになった。わしの見立てでは、貴様の魔力量はおよそ6000。何の修練も積んでおらぬ状態にしては、中々の量じゃ。しかし何より――お主の魔力の色は、白。白き光の使い手は、実に二百年ぶりじゃ。

 何? 白き魔力の意味だと? 仕方ない、教えてやろう。

 白き光とは何か。それは、全ての魔力の色が混ざり合っていることを意味する。つまり貴様はこの地上全ての魔法を使う才能がある。そして貴様のような者を、このレイルグラントでは勇者と呼ぶのだ」


 ルストールは、勇者から水晶を取り上げた。

「貴様、名は何という? ……ふん、ずいぶんと辛気くさい名前じゃ。不吉な感じがする。しからば、このわしが名を与えてしんぜよう。貴様は今日からスタークじゃ。〝光の勇者スターク〟と名乗るがよい」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「受験番号1452番、魔力量……ゼ、ゼロ!」

 弔木とむらぎは、自分の魔力量を告げられていることを理解できなかった。

 ゼロ、だと?

 どんなに少なくとも、6000はあるはずだ。

 訳が、分からない。


「では次の方、どうぞ」

 弔木とむらぎはその場に立ち尽くした。

 後続の人間に押され、強引に計測用の石版を奪われた。

「後ろがつかえてんだよ! 早くしろ!」

 どかっ、と蹴り飛ばされる。

 弔木とむらぎは地面に蹲った。

「え、何で? 俺、異世界で、勇者で、光の魔力を持ってて……なんでだよ…………うそ、だろ?」


 弔木とむらぎを押した男が石版を手にする。

 浅黒く焼けた肌の二十代中盤くらいの男だ。

 金色に染めた髪と金属のアクセサリーを首に掛けている。その姿はいかにも「ダンジョンで一攫千金を狙っています」と言った風体だ。


 男は汚物を見るような目で弔木とむらぎを見下して、言う。

「んだこいつ? ブツブツ気持ち悪りいな。やっと俺の番だ! 頼む、来い! 魔力!」

「受験番号1451番、魔力量、600! 合格!」

「うしっ! これで借金返せるぜ! なあ、ダンジョンで手に入れたアイテムって、政府が買い取るんだよなあ!?」


 弔木とむらぎはようやく我に返った。なぜあんな奴が合格で、俺が不合格なんだ?

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? そんなはずないでしょ! 何かの間違いですよ! もう一回計ってください!」


 弔木とむらぎはテストをする隊員にすがりつく。

 しかし屈強な自衛隊員に、弔木とむらぎは為すすべもなく制圧された。


 制圧した隊員は哀れむような声で弔木とむらぎに話しかけた。

「ナスターシャ教授によれば、これは〝ルストールの石板〟と言う、異世界の魔導具だ。魔力を検知する精度はかなり高い。計測誤差は、せいぜい1パーセントの範囲に収まるらしい。ダンジョンに行きたいという気持ちは尊重したいが……君の魔力はゼロだ」


「そ、んな…………」

 じゃあ俺が異世界で戦ってきたのは、何だったんだ?

 十年もの間、俺は〝光の勇者スターク〟として異世界で剣と魔法の修行を積み、魔王を倒した。

 その自分が、なぜ……?


「ぶはははっ! こいつは傑作だな! 弔木とむらぎ! ゼロはないだろ、ゼロは!!」

 井桐いきりの笑い声が会場に響いた。

 他の不合格になった受験者ですら、ゼロだった者はいない。弔木とむらぎを除いては。


「最新の海外情報によれば、多かれ少なかれ人間には魔力があるらしい。だと言うのに、まさかゼロとはなあ……! こいつは傑作だ! わざわざ北海道まで来てよかったよ。こんな面白いモノが見られるなんて! ほらもう帰れよ。弔木とむらぎ、バイトに行かなきゃなあ! お前のために、明日はシフトを入れておいてやったからなあ!」


「違う、何かの間違――」

「間違いなものか! 結果が全てだ! 俺は思うんだが、この魔力測定というやつは、これまでの人生の結果が反映されているんじゃないか?

 俺は常に自己研鑽を怠らず、自分という存在を磨き上げてきた。だから、魔力量900という結果を得られた。だがお前は今日という日まで何もせず、のんべんだらりと暮らしてきた。その結果がこれだ。お前はゼロだ。虚無なんだよ!」



 選考会は数時間のうちに終了した。

 合格者はおよそ30名だった。

 合格者は魔力操作の基礎トレーニングを行うため、自衛隊の仮設基地へ案内された。

 不合格者はその場で解散となった。


 北海道の大地は再び静けさを取り戻した。

 広大な大地に、弔木とむらぎは一人佇んでいた。

 やけに涼しい風が、弔木とむらぎの全身に吹き付ける。


 風に吹かれながら、弔木とむらぎは選考会の光景を反芻はんすうしていた。

 にがく、くるしく、不愉快な記憶だ。

「結果……か。そうか、結果……か。はははは……分かったぞ。だったら結果でねじ伏せればいいんだな。これで全て解決だ……!!!!」


 弔木とむらぎは一つの結論を出した。

 ダンジョンに勝手に入って全ての魔物を殺す、と。

 俺は元勇者だ。〝光の勇者スターク〟だ。

 魔物なんて、簡単に殺してみせる。

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