8 ダンジョン探索志望者選考会
『
記念すべき400回目は、北海道から。
今日は朝イチで羽田から稚内へのフライト。ダンジョン探索者の選考会だ。北海道の雄大な風景をフォロワーのみんなにもシェアする。ダンジョン探索は今一番アツい分野なので、絶対に選考会を通るぞ!』
北海道、宗谷岬。
北の大地にはダンジョン探索者の試験を受けるため、老若男女を問わず、千人を超える人間が集まっていた。
多様な人間が同じ場所に集まる様子は、どこか運転免許センターの会場の雰囲気にも似ている。
だがその会場に、顔なじみの二人がいた。
「最悪だ。……おい弔木。何で俺のインスパに映りこんでるんだ! お前がいるだけで写真がどす黒く見えるだろうが」
「だったら消せばいいだろ。俺だってお前のSNSに写りたくない」
「俺はお前に存在ごと消えろって言ってるんだ、見苦しい奴だな」
うぜえ……。
何が悲しくて、北海道まで来て井桐と顔を合わせなければならないんだ。
弔木は心底うんざりしている。
志望者には番号が割り振られ、日程と会場ブロックが決められている。
偶然にも弔木と井桐は、近い番号を割り振られてしまったのだ。
「井桐先輩、そんなことより開始時間まで海を見に行きませんか?」
と弔木の背後から声がした。
井桐は大学の後輩を引き連れて、この会場に来たのだ。もちろん全員女である。
「それはいいな。そう言えば売店でジェラートが売っていたな。全員に奢ろう」
「やったー! ありがとうございます! あれ、こちらは井桐先輩の知り合いですか?」
と女子大生の一人が、弔木をちらりと見た。
「ああ、バイト先の優秀な先輩だ。去年大学を卒業して、今は正社員を目指して頑張っているところだよ」
井桐は意地の悪い言い方で弔木を紹介する。
「ああ……そうですか」
女子大生の弔木に向ける視線がすっと冷たくなった。
井桐は苦笑しながら、話を続けた。
「このとおり、退屈な奴だ。お前らは関わりを持つ必要はない。どうせ明日には東京に逃げ帰っているだろうからな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何でバニーなんだ……?」
弔木は会場で一人つぶやいた。
選考会の開始時刻になると、会場にバニーガールが登場した。
そのあまりにも場違いな光景に会場がどよめく。
バニーガールは自衛隊が用意した台に登壇する。こつ、こつ、とピンヒールの音が響く。
台に上ったバニーガールは、衣装に窮屈そうに収められた、たわわな胸をぽいんぽいんと上下させた。
胸の位置を調整しているようだ。
胸の調整が終わると、バニーガールは拡声器を片手に、流ちょうな日本語で会場に語りかけた。
「私はダンジョン研究者のキサラギ・ナスターシャだ。この格好については気にしなくて良い。これはダンジョンで私が発見した魔法装備だからな。どうだ、えっちだろう」
「やっぱり自覚はあるのか……」
「キサラギ教授、早く説明を」
と、近くにいた自衛隊服の男性がナスターシャを促す。
「何だ、もっとバニーガールのえっちさについて話をしたかったのだが……仕方がない。では、選考のルールを説明しよう――」
そうしてナスターシャは、以下のような説明をした。
選考会では、志望者が持っている魔力量で合否を判定する。
受験者は列に並び、機械的に計測を行う。
魔力量が500以上の者は合格。
500に満たない者は、その場で脱落する。
合格者は、ナスターシャ教授による魔法のレクチャーを受けた後、攻略メンバーとして活動を開始する。
「――以上だ。質問はあるか? ふむ。無いようだな。本当に無いのか? 私のバニー姿がえっちな理由とか、質問しなくていいのか?」
「教授、早く始めましょう」
カーキ色の自衛隊服の中年が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「ふん……つまらないな。やはり私の活躍の場は、日本政府にはないのかもしれない……」
やや頭のおかしい女研究者をさしおいて、自衛隊の男たちが試験の準備を始めた。
弔木はあの石版を見たことがあった。
(懐かしいな。確か最終的な俺の魔力は、二万くらいあったかな?)
弔木は異世界での冒険の日々を思いだし、懐かしい気分になった。
そして、弔木は確信を強めた。
ダンジョンは何らかの形で、弔木が過ごした異世界――レイルグラント――とつながりがあるのだ。
そうでなければ、見覚えのある石版が、ここにあるはずがない。
必要とされる魔力量は500。
弔木は楽勝で超えているはずだ。
弔木の頭の中ではさっそく、楽しげな未来予想図が描かれていた。
――探索者として力を発揮する。
――井桐を見返す。
――アイテムを売る。
――莫大な金が手に入る。
俺の番よ、早く来い……。
弔木は手に汗を握りながら、順番が来るのを待った。
「受験者番号1番、魔力量390! 不合格!」
「ち、ちくしょう!」
「受験番号2番、魔力量10! 不合格!」
「ええ! いくら何でも低すぎる! やり直してくれ!」
「受験番号239番、魔力量340! 不合格!」
「せっかく借金して北海道まで来たのに!」
受験者が手にする石版に異界文字が浮かび上がる。
隊員は数字を読み取っては、次々と受験者をさばいていく。
ナスターシャ教授の手ほどきにより、自衛隊の隊員も異界の文字を読めるようになっていた。
そして結果は軒並み不合格。
弔木は、次々と脱落していく受験者を横目に、ため息を漏らした。
(みんな、案外魔力を持ってないんだな)
聞こえる限り、合格者はまだいない。
魔力量は鍛錬によって伸びるし、魔力量だけが戦いの全てではない。
だが世界はまだダンジョンのことについて何も知らない。
そんな中でダンジョンを攻略するには、物量で押し切るのが一番確実だ。
魔力量の初期値だけで応募者をふるいにかけるのは、ある意味で合理的かつ妥当な判断であった。
(あのナスターシャって女の子、なかなかやるな)
弔木は、百メートルほど遠くにいるバニーガールを見て、そんなことを思った。
その時だった。
「ば、馬鹿にするな! ふざけた格好しやがって! こんなのが国の選考会で良いはずがないだろ!」
と会場から怒号が響いた。
そして一人の男が、ナスターシャに突進した。
男の手には刃物が握られていた。
周囲にいた隊員たちが反応する。が、ナスターシャと男の位置的に間に合いそうにない。
誰もが息を呑み、その瞬間を目撃した。
しかしナスターシャは余裕の表情で、微動だにせず――
「〝
ナスターシャが魔法を唱えた瞬間、男は数十メートルほど弾き飛ばされた。
ナスターシャは突然の荒事に動ずることもなく、拡声器を握った。
「ええ、おほん。選考会について補足説明をする。
このように、このえっちなバニー衣装は魔力を増幅させる機能を持っている。よわよわザコザコ魔力おじさんでは、今のように私に触れることすらできないだろう。
ダンジョンの魔物も同じだ。奴らの体の表面には防護魔力が常に流れている。魔力を持たない者では、いくら腕力に自信があっても魔物を倒すことはできない。
だからこそ、こうして魔力量を計っている訳だ。基準に満たない者がダンジョンに入ったところで、無駄に死ぬだけだからね」
ナスターシャは、吹き飛ばされて地面に倒れる男の元に歩みより、刃物を蹴飛ばした。
そしてピンヒールで男の股間を踏みにじった。
「ぐぁあああ!」
「他の参加者にも警告する。こうされたくなかったら、二度と私に害を成そうなどと思わないことだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、選考会は粛々と進められた。
基本的には全ての人間は魔力を持っている。
しかし保有する魔力量が500を超えるものは、数えるほどしかいなかった。
会場に諦めムードが漂い始めたその時だった。
「受験番号1449番、ま、魔力量……きゅ、900! 合格! 合格者、
初の合格者の出現に、会場がどよめいた。
名前を呼ばれた男は、快哉をあげた。
「やった! まあ、俺なら当然に受かると思っていたがな」
「先輩! さすがですね!」
取り巻きの後輩たちが嬌声をあげた。
井桐はさも当然、と言った様子で髪をかきあげた。
そして後ろに並んでいた弔木を振り返り、言う。
「次はお前だな。弔木ぃい!」
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