6 シフトの穴

「ええ? 弔木とむらぎ君、バイト休むの? 困るなあ。最近パートさんも立て続けに妊娠しちゃって、シフト組むの大変なんだよねえ」

「す、すいません」


「でも今時さあ、そんなこと言ったらハラスメントになるだろう。まあ弔木君には関係ないんだけど。弔木君はよくやってくれてるから、少しくらい多めに休ませたいとは思ってるんだけどね」

「は、はあ……」


 時刻は夜の十一時。

 閉店時刻はとっくに過ぎているが、弔木は「クラフトマン」の事務所で店長のマシンガントークを浴びていた。


 北海道に行く最大の障壁は、身近なところにあった。

 店長の三浦に一週間ほどバイトを休むことを伝えると、思い切り難色を示されたのだ。

 ちょっとした立ち話のつもりがもう30分は過ぎている。

 この三浦という男、悪人ではないが話が長い。


 今は2030年の7月。

 そして国のダンジョン探索者の選考会は8月に行われる。

 弔木としてはかなり余裕をもって話をしたつもりだが、店長としては何とか弔木にシフトを埋めてもらいたいようだ。


(バイト、辞めようかな……でもまたバイトを探すの面倒だな)

 弔木もまじめな性格だ。明日からバイトに行かなくなる……ということはしたくない。

 それに次のバイトを見つけるのも難航しそうなのだ。


 弔木はこの店に入るまでに、バイトの面接ですら30連敗を喫していた。

 主な敗因は「暗いオーラ」らしい。

 異世界から戻ってきて以来、「やたら暗い気配」「不吉顔」「殺人者」などと色々な人間から言われるようになってしまった。


 この職場でも、普通に接客をしているだけでクレームが来ることがある。

 店長の三浦は、そういうクレームをのらりくらりとかわしてくれている。弔木としても、店長を困らせるのは本意ではない。


 なので議論は拮抗する。

 休みたい弔木と、休ませたくない店長。

 かと言って弔木もバイトを辞めるという選択までは取りたくない、という状況だ。

 そこに、最悪の助け船がやってきた。


「三浦店長、いいじゃないですか。弔木を休ませてやりましょうよ。私に考えがあります」

 と、事務所の奥から声がした。

「おや、井桐いきり君じゃないか? 今日は休みじゃないか。どうしたんだね?」

 ハイブランドのスポーツウェアを着た井桐いきりが、白いハンカチで汗を拭きながら事務所に入ってくる。


「日課のランニングをしていたんですよ。ちょうど近くまで来たら、バックオフィスに明かりがついていたので、顔を出そうと思って」

「おお、そうだったのか。それで井桐いきり君、考えとは何だね?」


「実はパートさんの件ですが、少し前から妊娠の話を聞いていまして。それでシフトに穴が開くのは予想がついていたんで、俺の後輩を何人かスカウトしようと思ってたんです」

「えええ!? い、井桐いきり君、それは本当かい?」

「もちろんですよ。俺と同じく優秀な奴なんで、一週間もあれば完璧に仕事を覚えて見せます。弔木なんか、いらないですよ」


「ははは。そいつは心強いねえ。井桐いきり君の後輩なら間違いないだろう。というか店長の私よりも先にパートさんのプライベートを把握しているなんて、さすがだよ」


「その代わりと言っては何ですが、店長。実は俺も休みをいただきたくてですね」

 店長は、弔木の時とは打って変わって快諾した。

「シフトにも余裕ができそうだし、問題ないよ。いつだね?」

「来月の8月ですよ。北海道に行こうと思いまして」


「おお、そうか。彼女と旅行にでも行くかい?」

「いいえ。国のダンジョン探索者の選抜試験ですよ。弔木と同じくね。総理の記者会見を馬鹿みたいに必死で見てましたよ」

 井桐いきりが邪悪そうな目で弔木を見て、にたりと嗤った。


 会話の主役を奪われた弔木は、さらに最悪な気分になった。井桐いきりと一緒かよ。


「ダンジョンは、今後確実に来る分野ですからね。エリートとしては一度、しっかりと自分の目で見ておこうと思いまして」

「さすがは我が国の将来を背負って立つ人材だ。でもダンジョンは、魔力がなければ入れないと聞いたけども?」

 

「問題ないですよ。試験なんか、楽勝でクリアしてみせますよ。魔力なんてものは、大抵の人間が持っているらしいですからね。もっとも、無能の弔木はどうだか分かりませんが」


 ――はっはっは。

 と井桐いきりが笑いながら事務所を出ていった。

「そうか。弔木君もダンジョン探索者を志願するのか。まあ頑張ってくれよ。でもこう言っては何だが、あまり自分に期待はしない方がいいよ。ダンジョンは、井桐いきり君みたいな優秀な人が探索した方がいい」


 弔木は怒りを押さえながら、軽く反論した。

「店長、それはやってみなければ分かりませんよ。人って、どんな才能が……どんな過去があるか分からないですからね」

「うむ。確かにそうかもしれないな。弔木君の土産話も楽しみに待っているよ」


 俺は、異世界を冒険した。

 〝光の勇者スターク〟として世界を旅し、魔王を倒した。

 なぜか今は魔法が使えないが、ダンジョンを攻略する資格の話をするなら、俺以外にふさわしい人間はいない。

 

 魔力は測定すればけた違いにあるはずだ。

 魔法も「ダンジョンという異世界」の中なら使えるようになる……はずなのだ。

 ダンジョンに行けば全てが変わる。


 この時の弔木は、そう思っていた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 翌日、店長の三浦が出勤すると、絶望した。

 即座に臨時休業の決定を下した。

 店の商品という商品が床に散らばっていたのだ。

 建設用の資材などの重量物ですらも、店の端から端に動かされていた。


 三浦が監視カメラを確認すると、店内に黒く巨大な影が渦を巻いていた。

 三浦は即座に、地元の神社にお祓いを頼んだ。


 異世界帰りの「元勇者」は、まだ自分の中に眠る力を知らない。

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