1 持たざる者
【ドーレイ住宅販売 webエントリーシート】
Q1:氏名を記載してください。
A1:
Q2:所属を記載してください。
A2:
Q3:学生時代に力を入れたことを記載してください。
A3:
学生時代に最も力を入れたことは、剣と魔法です。
私は、大学3年の春に〝レイルグラント〟という異世界の大陸に召還されました。
私を召還したのは、大魔法使い〝ルストール〟という男でした。私はルストールから魔術の訓練を数年間受け、その後〝魔王討伐作戦〟に参加しました。
魔王討伐作戦とは、数名のパーティで行動し、単独で魔王の暗殺に向かう作戦です。
私は〝光の勇者スターク〟として十年間その作戦に従事し、魔王を討伐することに成功しました。
Q4:Q3の経験は、弊社の業務にどのように生かされますか?
A4:
剣と魔法の訓練で得たねばり強さは、誰にも負けません。
またパーティ運営の中で手に入れたコミュニケーション能力は、お客様との関係性を構築することに役立つと考えています。
弔木は「下書き」をタップし、スマホの画面を閉じた。
自分でも分かっている。こんな話、信じてもらえるはずがない。
「はあ……」
きっと勇者だった弔木は、アパートの片隅でため息を漏らした。
弔木が異世界で冒険をしている間、現実世界では一年が過ぎていた。
肉体的には召還される前の状態で戻ってきたので、外見上の問題はない。
だが
その間、他の学生たちは講義を受け、単位を取り、就職活動を行い、内定を獲得し、卒業論文を書いていた。社会に出るための準備を、着実に進めていたのだ。
弔木はその間、剣と魔法に打ち込んでいた。
行方不明になっていた弔木が姿を見せたことで、大学は一時的に騒ぎとなった。
弔木は空白の一年間を「記憶を失って分からない」と説明した。異世界での冒険を正直に言うメリットはないからだ。
大学の事務局は、最終的には「学生が必要な手続きを怠って各地を放浪していた」という話でまとめた。
そうして弔木は、残されたわずかな期間で卒業論文を書き、就職活動をすることになった。
大学としても、弔木のような学生は早く追い出したいのかもしれない。
しかし追い出される方は地獄だ。
卒論もさることながら、就活は最悪だった。
卒業を間近に控えた、しかもネームバリューのない大学の学生に面接をする会社などない。あるのは慢性的に人手不足で、通年採用をしているブラック企業くらいなものだ。
現に弔木がエントリーシートを書いていた会社は、ブラックを越えた漆黒の企業だった。
ドーレイ住宅販売。
超格安住宅を販売するハウスメーカー。時代錯誤のパワハラモラハラは当然のように行い、厳しいノルマを課された社員はほとんど詐欺のような手口で契約を獲得することで有名だった。
SNSでは「奴隷のドーレイ」などと揶揄され、五年以内の離職率は驚異の99.9パーセント。累計自殺者は100人を超すとも噂されている。
元勇者と言えど、この世界に戻ればただの人間。そんな会社には入りたくない。
webエントリーシートは、下書きのまま保存されている。
「最悪、クエストで食ってしかないか………………あ」
そして弔木を悩ませることがもう一つ。
弔木は、異世界での生活と常識に慣れすぎてしまったのだ。
「バカだな……俺。……ははっ、クエストなんてあるはずがないだろ。ええと……クエストじゃなくて、派遣とか、フリーターで食っていくしかないよな…………ははは…………はははは」
独り言が狭いアパートに響く。
弔木の頬を冷たい涙が落ちていく。
無意識のうちに、涙が流れていた。
異世界での辛くも楽しい日々。仲間を失うこともあった。
それでも魔王を倒すために、弔木は仲間達と前に進んだ。勇者〝スターク〟として。
大学に友人と呼べる人間はいなかった。
きっと異世界での冒険が、弔木にとっての青春だったのだろう。
「異世界、しんどかったけど楽しかったなあ……」
――ブブッ。
回想を断ち切るように、スマホが震えた。
「こんな時間に、何だ?」
弔木のスマホが鳴るなんて珍しい。
弔木は涙を拭きながら、スマホの画面を開いた。
そして絶望した。
『ドーレイ住宅販売株式会社 人事担当の小野寺です。
この度は弊社面接にお申し込みいただきありがとうございます。
早速ではありますが明日午前十時、弊社の新宿本社ビルにて一次面接を行います。面接会場までの道順は――』
「は? まだ送信していないんだけど?」
あんなエントリーシートが受け入れられるはずがない。
それは弔木も分かっている。
だが卒論と就活のストレスが高じて、つい書いてみたくなった。それだけだった。
なのになぜ――
弔木は慌ててスマホの画面をスワイプする。
すると、メッセージの最後に注意書きがあった。
「ああ、そういうことか。最悪だ」
『※弊社のリクルートシステムは、下書きが完了して五分が経過した場合、エントリーシートが自動的に送信されます。』
ブラック企業としては、とにかく人を集めたいということだろう。下書き状態のデータを自動的に送信するなんて、常識的に考えてありえない。
しかも内容的に、メッセージを打ち返したのは人間だ。自動返信のメールでは、日程調整まではできない。
スマホに表示される時刻を見て、弔木は唖然とした。
今は深夜二時だった。
「奴隷のドーレイ住宅……ブラック過ぎるだろ」
だが今の弔木に選択肢はない。
面接に来いと言われれば、行くしかない。
生きていくためには働かなければならないのだ。
異世界帰りの元勇者は、ブラック企業の面接を受ける決意をした。
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