魔王殺しのフリーター、覚醒した〝闇の力〟で現代ダンジョンを蹂躙す

七弦

0 地獄への帰還

 薄暗い石畳の広間。

 魔王は地面に倒れ、絶命していた。

 六つある心臓を全て潰し、魔力の核も破壊した。

 完全に蘇生は不可能な状態だ。


 そして勇者もまた、地に伏していた。

 パーティーの仲間達が、勇者を囲んでいた。

 誰もが勇者の手を握り、涙を流していた。


 なぜだ? なぜ、皆泣いているんだ?

 勇者は疑問に思う。

 起きあがろうとして、

「ごぼっ……ぐはっ……」

 と血を吐いた。


 勇者は自らの状況を思い出す。

 ああ――そうか。

 俺は死ぬのか。


「ありがとう、さようなら。光の勇者。君のこと大好きだったよ」

「さらばだ。至高の召還者にして偉大なる英雄よ」

「おいおい! これで最後かよ! また一緒に酒、飲むって約束してただろ!?」


 普段は心強く、頼もしく、愉快な仲間達。

 それが今では、全員が涙声になっている。

 何か言いたい。言わなければ。別れの言葉を。

 勇者は強く願った。


 しかし勇者は持てる力を使い果たし、もはや指一つ動かせない。

 勇者はただ、仲間達に看取られるのみだった。

「あ……りが……とう。みん――」

 別れの言葉を言い終えぬまま、勇者の意識はそこで途絶えた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 気づけば弔木とむらぎは山の中にいた。

 頭上からは鳥がさえずる声が聞こえる。

 足元には冷たい感触。弔木は降り積もった雪の上に立っていた。


「う、頭が痛い……。俺、どうしてたんだ?」

 弔木はこめかみに手を当て、地面にうずくまった。

 何とか痛みをこらえ、直前までの記憶をたぐり寄せた。

「そうだ、俺は死にかけていたんだ。それで〝回帰かいきの雫〟を飲ませてもらって――」


 回帰の雫。

 それは召還者のみに渡される、帰還の道具アイテムだ。

 瓶に詰められた液体を飲むことで、元の世界に強制送還される効果を持つ。


 おぼろげな記憶を整理すると、こういうことになる。

 弔木は仲間達と魔王を倒した。

 だが瀕死のダメージを受けていたために、〝回帰の雫〟で強制送還された。

 仲間達は一か八か、強制送還の副作用でダメージがリセットされることに賭けたのだろう。

 そして、賭けは成功したようだ。

 弔木は異世界に召還される前の肉体に復元され、元の世界に戻ってきた。


「残念だ……せめて別れの言葉だけでも、言いたかった」

 弔木は空を見上げた。

 ひたすらに青く晴れ渡り、悲しい色をしていた。

 深く深呼吸。

 ため息を漏らすように、囁くように、呟いた。

「ここが、俺がいた現実か」


 元々自分が生きていた世界だというのに、妙に寂しい感じがする。

 それはきっとこの空の下に、共に死線を潜り抜けた仲間がいないためだろう。

 弔木は、虚空に呟いた。

「異世界、楽しかったなあ」


 弔木が余韻に浸っていると、藪の奥から人の声が聞こえた。

「そこの君! こんな山奥で何をしているんだ!?」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「こんな冬の最中に普段着でいるなんて、むちゃくちゃだよ。とにかく急いで帰りなさい。いいね? 次のバスに乗れば、ふもとの駅までいけるから」

 と、弔木を発見した男が言う。

 弔木が出現した場所は、奥多摩の登山口の近くだった。


 男は山の清掃や見回りを行う山岳ボランティアだった。

 親切なことに、近くのバス停まで弔木を案内してくれたのだ。


「助かりました。ありがとうございます」

「次から山に来る時は、しっかり装備を整えた方がいいね。ところで、もしかして、君は……ダンジョンでも探していたのか?」

「だ、ダンジョン?」


 男の年齢は六十代くらいだ。そんな人間が口にダンジョンという言葉を口にするのは、少し違和感がある。

 だが冗談で言ってるようではない。

 それどころか、「ダンジョン」という単語が生活の中に普通に入り込んでいるような雰囲気だ。


「そう、ダンジョンだ。インターネットで話題になってるだろう。でどうなんだ? 君もダンジョンを探していたんだろ?」  

「……いいえ、ダンジョンを探していた訳ではないですが」


 弔木は混乱しながらも、会話を合わせる。

 何かがおかしい。

 まさかここは、俺が知っている「現代社会」じゃないのか? とさえ思う。


「ヨーロッパとかアメリカでは、山からビルから、とにかく何でもダンジョン化してるからなあ。国内は確か、北海道に一つ出現したよね。そういう動画も出回っているよ。中を撮ったのはまだないようだけど」

「え、ええ…………! そうなんですか?」

「まさか君、ダンジョン知らないの? 若いんだからニュースくらいは見ておきなさい。それじゃあ私は事務所に戻るからね。では」


 山岳ボランティアの男は、来た道を戻っていった。

 バス停の小屋に弔木は、一人取り残される。

「何だ、何が起きてるんだ?」

 バスが来るまでの間、世界に何が起きているのかを調べようと、ポケットからスマホを取り出した。


「お、よかった」

 弔木はスマホの画面を起動させて、少し安心した。

 スマホは普通に動くし、ネットにもつながる。

 検索サイトもグーグルやヤフーなど、見覚えがあるものがしっかりと表示される。

 異世界から「現代社会によく似た異世界」に来た訳ではなさそうだ。


「ダンジョン……っと」

 スマホに文字を打ち込む。情報を集める。

 とりあえず検索して、一番上に出てくるサイトを開いた。



○ダンジョン化現象

 2029年、米国コロラド州で世界初のダンジョンが出現した。

 ダンジョン内部は地球上の科学法則が適応されない、「異世界」になっていた。

 ダンジョンの内部は複雑に入り組んでおり、地球上には存在しない生命体――魔物が棲息している。

 ダンジョン化現象は、自然物、人工物を問わず発生する。

 ダンジョン化現象に巻き込まれた人間は、ランダムにダンジョンの中に配置される。

 そのため、昨今ではダンジョン化現象による犠牲者が急速に増加している。


○魔物との戦闘

 ダンジョン内の魔物を殺すのは魔力の保有者、通称〝覚醒者〟のみが行うことができる。そのメカニズムについては、未だ解明されていない。


○〝覚醒者アウェイクン〟または探索者

 ダンジョンに入った人間の中から高頻度で出現する、魔力に目覚めた人間の総称。

 覚醒者は一様に「魔法というものが、急に理解できるようになった」と言う。


○魔力量

 ダンジョンで発見されるアイテムにより、覚醒者が持つ魔力量は数値化される。一般的な初期値は10から900前後となる。


○探索者レベル

 同じくダンジョンで発見されるアイテムにより、探索者の力量も数値化される。魔力量に加え、魔法発動の精度や戦闘の技量などから算出される。


○ダンジョン資源

 魔物を殺処分すると死体は消滅する。同時に、魔力の結晶である魔石などのアイテムが出現する。

 またダンジョン内には様々な地下資源が存在することから、米国やヨーロッパでは急速にダンジョン探索が進められている。


○日本国内でのダンジョン環境

 日本国内では、北海道最北端の宗谷岬そうやみさき周辺に出現したダンジョン(通称 宗谷ダンジョン)一例のみであるため、ダンジョンの認知度はそれほど高くない。

 むしろゲームやアニメ等のフィクションに登場する「ダンジョン」の認知度の方が遙かに上回っている。


○ダンジョンに関する疑義

 ダンジョンは主に欧米を中心に出現しており、一部には生成AIによる偽情報の可能性も指摘されている。


 スマホを持つ手が震える。

 弔木は愕然とした。

 まるで異世界だ。

 直前まで異世界で冒険をしていて、元の世界に戻ってきた。

 しかし元の世界もまた、異世界のように魔物が出現するようになっていた。

 ダンジョンとは闇そのもので、魔物は躊躇なく人間を殺す。

 そんなものがこの世界に現れたなんて――。

「冗談にしてはたちが悪すぎるだろ……」


 弔木はバスに乗り込んだ。

 駅の近くまで来ると、携帯が震えた。

 異世界にいたことで受信されなかったメールが、次々とスマホに届いているのだ。


 そして弔木は、ある意味で魔王討伐よりも厳しい現実に直面することになる。

 メールの件名を見た弔木は、バスの車内でうめき声をあげた。

「う、うおおお……やばいぞ…………!!」


『東城大学事務局:卒業単位認定について』

『東城大学経済学ゼミ:卒業論文について』

『東城大学キャリア室:就職活動について』


「頼む、冗談だと言ってくれよ」

 さらに最悪なことが判明した。

 スマホの日付を見ると2030年、と表示されていた。

 弔木が異世界に召還されたのは2029年の1月だった。

 2029年、弔木は就職活動を目前に控えた、大学三年だった。

 だが今は2030年の1月。つまり弔木が異世界に行っている間、一年もの歳月が過ぎていたのだ。

 

 卒業まで残り三ヶ月。

 卒業論文、就職活動……。

 今から面接できる会社なんて、あるのか?

 そもそも卒業できるのか?

 色々な思考が頭を駆けめぐる。

 

 異世界から戻ってきたばかりの弔木に、新たな現実がのしかかってきた。

「頼む…………本当に夢であってくれ」

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