第15話 テロスのダンジョン

 キバガミさんの任務は、避難民の誘導だけではなかったらしい。


 VIPの子どもたちを救出することが、最重要だったという。


 しかし、助け出すことはできなかった。


「キミの目の間で、魔物に食われた冒険者がいただろ?」


「はい。そういえば」


「あれが、我々の保護対象だった。帰宅させる最重要人物だったのだ」


 しかし、彼は自分の力を過信して、先行しすぎてしまったのである。


 苛立ちながら、チョーコ博士がスマホで電話をしていた。

 

「あのでちね。こちらは『冒険者となった以上、特別扱いはできない』、と、こちらはさんざん警告したでち。それを無視したのはそっちでち! 我々は、コミックに出てくる正義の味方ではないでち。なぜ一個人だけに、兵力を割かなければならないでち? 税金を免除してくれるわけでも、ないでちよね? 冒険者は、自己責任でち。お忘れしてはいけないでち!」


 博士は怒りが収まっていない様子で、スマホを床に叩きつける。


「まったくでち! 我々は慈善団体ではないと、散々伝えているでち!」


「相手さんは、なんと言っているんです?」


「ビビって、何も言ってこなくなったでち」


 政治家もビビらせるってことは、かなり影響力の高い団体のようだ。


「代わってくだされば、【言霊】を使って自傷させることもできましたのに」


「ルゥ。おっかないから、やめるでち。お前がやったら、相手はピストルを自分のこめかみに向けちゃうでち」


「社会のゴミが減るんだったら、いいではありませんか」


「それこそ、テロリズムの思考でち」


「チョーコ博士は、元テロリストではありませんか?」


「足を洗ったでちっ」


 お昼ゴハンを作りながら、ルゥさんは博士と漫才を繰り広げる。


 ダンジョン攻略に向けて、ボクと緋依さんは早めに昼食を取った。

 献立は、おにぎり、ポテサラ、からあげである。アサリのお味噌汁と、ともにいただく。

 銀髪エルフさんなのに、どこまでも和風なメニューだ。


「今日は博士のガードに当たるため、同行はできん。しかし、あのダンジョンは撮影が可能だ。モニタで観察させてもらう」

 

「お願いします」


 食事を終えて、いよいよ出発だ。


「さて、わたしも準備しましょお。おーっ」


 手を高々と上げて、ルゥさんがメイド服を掴んだ。そのまま服を、バサッと翻す。


 ここで着替えるの!?


 かと思ったら、早着替えだった。


 下から現れたのは、パッツンパッツンのライダースーツである。胸元は、パックリと割れていた。まるで、怪盗でもやるかのよう。


「魔法職……なんですよね?」


「はいぃ。これは、相棒の『マルト』です」


 ルゥさんが、フード付きのマントを羽織った。

 

「では博士、行ってきまぁす」


「行くがよいでち。リムジンはいるでちか? 手配するでち」


「いえいえ。こちらがありますので」


 外に出ると、ハロウィンのかぼちゃ型のオープンカーが鎮座していた。ウマはバイクである。どことなく、世紀末救世主伝説を彷彿とさせた。


「乗ってくださぁい」


「はい」


 ボクと緋依さんは、馬車の荷台に乗り込んだ。


 ベリーロール気味に、ルゥさんがバイクに跨る。


 この一台で、馬車を引くのか?


「エンジン全開ぃ!」


 バオッ! と快音を鳴らし、馬車が空を飛んだ。


「おおおおお! こういう仕掛け!?」


 なにもかも予想外だったが、揺れたり酔ったりはしない。実に快適な旅だ。


「どこまで行くんですか?」


「【王宮ドーム】です」


 旧・冬季オリンピック開催地か。

 山奥にあって、交通の便は悪い、だが当時は広大なスペースによって、数々の競技が執り行われたという。

 その広いスペースは、コンサート会場としても利用されていた。そこでライブをすることは、ある意味歌手としてステータスとなっている。


 テロスが居座ってしまったことで、今はなんのコンサートも行えない。


「まったく、迷惑千万ですぅ。四谷ヨツヤ ヒロトのおっかけができないではありませんかぁ。知ってますか、『哀愁サンバ』。『ベーゴマだよ人生は~♪』っとぉ」


 ノリノリで、ルゥさんはムード歌謡を歌う。


……昭和の演歌が好きなんだな、ルゥさんは。


「着きましたよぉ」


 あっという間に、ダンジョンが見えてきた。


 馬車が、駐車場に降り立つ。

 普通だと五時間もかかる道のりなのに、三〇分で到着してしまった。すごいね、異世界の技術って。


「お空のデート、楽しんでいただけたでしょうか?」


「デートって!? そんな」


 ボクは、緋依さんの方に視線を向けた。

 迷惑がっているのでは、ないのか?

 

「わ、私は、戦闘のことで頭がいっぱいだったから、それどころじゃなかったわっ」


 目をグルグルとさせながら、緋依さんは反論した。


「まあ、いいでしょー。ここがテロスのダンジョン『天ノ岩戸スタジオ』ですよぉ」


 オリンピックが開催された土地は、いまや寂れた国立公園と化している。

 その形は歪み、異世界と一体化していた。 

 空は晴れ渡っているのに、公園の敷地内だけはセピア色である。


 ダンジョンって外から見ると、ああなっているのか。 

 

 ドームの中に、足を踏み入れる。

 通路が現れると思っていたが、入った途端に平原が広がっていた。人工芝でもない。見渡す限り、草原である。


 内側は外と違って、完全に異世界だ。

 まったく別の世界につながっているみたいである。



『出入りは、基本的に自由ですぅ。しかし、テロスまでたどり着けた人は、一人もいませぇん。どこにいるのか、まったくわからないうえに……来ましたねぇ』


 動きの早いゾンビが、ワラワラと集まってきた。


「マルト、出番です」


『ウホホ~』


 馬車から、小さいカボチャの頭がフヨフヨと飛んでくる。

 ルゥさんが、マントをカボチャにかぶせた。

 カボチャの表面に、顔文字みたいなイラストが浮かぶ。


『ウホー、ヤロウぶっ殺してやるぜええええ!』


 カボチャに浮かんだ顔文字が、氷やら炎やらの魔法を飛ばした。


 魔法攻撃を受けて、ゾンビたちが粉々に破壊されていく。


『イエハー。オレ様はゾンビを焼いているときが、最も生きてるって感じがするんだぜええ!』


 見た目はふざけているが、言動はファンキーすぎる。


『やっほ~。ハンターくんたち~。元気~?』


「ハンターくん」だって?


「テロスのリスナーのことよ」


 どこにも見当たらないけど?

 

『今日も、たくさんの冒険者たちが、ダンジョンに潜ってくれましたよ~。さて、今日の人たちは、どこまで進んでくれるのか? はたまた、ゾンビたちの仲間入りを果たしてしまうのか、don't miss itドオオオーン、ミシッテ!』


 たどたどしい英語で、テロスは「乞うご期待」と語った。


『それじゃあ、「ハンターくん」たち。まったね~』

 

 テロスの声が止んだ。


 


「敵自体は、弱いんですね」


 ゾンビを倒しつつ、ボクは戦況を確認する。

 ドロップする魔石のレアリティも、たいしたことがない。


「そうなんですよぉ。今は、ですがぁ」


 ゾンビだけを相手にしているのに、ルゥさんは油断をしていない。


「これじゃあ、ダンヌさんもお腹すいちゃうよね」

 

 ポロポロと無限に落ちる魔石を、ダンヌさんの腕に吸収してもらう。

 でも、満足はしていない感じだ。


「いや。テロスのダンジョンが本当に恐ろしくなるのは、これからだお」


「それってどういう……うわ!?」



 突然、地面が盛り上がった。


 ダンヌさんの身体能力がなかったら、崖に真っ逆さまだったね。


「始まったわね」


 緋依さんも、身構える。


 なにもなかった平原に、土の壁が出現した。

 それも、一つや二つではない。


「これが、テロスのダンジョンの正体。やつはリアルタイムで、ダンジョンの形を変えてしまうのよ。シミュレーションゲームみたいに……!?」


 ボクの目の前に壁が盛り上がる。


「緋依さん!?」

 

 ボクと緋依ヒヨリさんが、壁を隔てて分断されてしまった。

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