第2話
凛ちゃんと交際を始めてから、もうすぐ一年が経とうとしていた。
あれから、劇的に何かが変わったということはなく、ヤクザと交際しているわりには平穏な毎日を送れている。
私のことを見物するために、私の弁当屋に来ていた
その代わり、凛ちゃんの
反田組にも下部組織というものがあるらしく、幹部クラスの構成員ならば、全員が「自分の組」を持っているようだ。
若頭補佐である凛ちゃんももちろん、自分の組を持っている。
名前はそのまま「反田組系
凛ちゃんの子分というのは、その酒々井組の構成員のことを指している。
みんな二十歳前後くらいで、ファッション自体は厳ついが、まだあどけなさの残る男の子ばかりだ。
私のことを「
「姐さんって、オヤジ(凛)と小学校の同級生だったって、本当ですか!?」
どこから情報を仕入れたのか、子分たちが子供時代の凛ちゃんについて尋ねてきたことがある。
「ガキの頃のオヤジって、どんな感じだったんすか?やっぱり、喧嘩の強いガキ大将ですか!?」
子供時代の凛ちゃんに興味津々の様子の子分たちを前に、まさか「泣き虫のいじめられっ子」だったとは言えなかった。
「……ええっと、大人しい感じの子だったかなぁ?」
私は思わず言葉を濁した。
すると、子分一同はキョトンとした顔をする。
私は一瞬、「マズいことを言ってしまったか」と焦った。
「……つまり、孤高の一匹狼ってことですか。オヤジ、ガキの頃から渋い男だったんすね!」
子分たちは私の言葉を良いように解釈してくれた。
「うん、まあ、そんな感じ」
キャッキャとはしゃいでいる彼らを見て、私は胸を撫で下ろした。
子分たちは凛ちゃんのことを尋ねるだけでなく、いつもきちんと弁当も買って帰っていく。滞在時間も、五分か、十分程度だ。
私は、彼らが店に来てくれるのは純粋に嬉しい。
しかし、凛ちゃんは店内で子分たちを見かけると、「商売の邪魔だから帰れ」と言って追い返してしまう。
そのため、子分たちは凛ちゃんに見つからないように、いつもこっそりとやって来る。
凛ちゃんはシャイで自分のことを話したがらないので、子分たちは彼の素性が気になって仕方ないようだ。
彼らのその様子が、私はとても可愛らしいと感じている。
「姐さーん、こんにちはー」
平日昼間のピークが過ぎた頃、舌足らずな少年のような声と共に、店のドアが開いた。
出入り口の前には、私と背丈が同じくらいのずんぐりむっくりな体型で、いつものように虎の刺繡が入った青いスカジャンを着た青年が立っている。
「あっ!田中くん、いらっしゃい」
凛ちゃんの子分の一人である田中くんは、人懐っこそうな笑みを浮かべながら、こちらにやって来る。
田中くんは、つい数か月前、組に入ったばかりの新入りらしい。
他の子分たちは三、四人グループで店にやって来るのだが、田中くんはいつも一人だ。
どうやら、兄貴分たちに「お前みたいな新入りが姐さんと話すなんて、十年早い」と、私に会うのを禁じられているらしい。
しかし、他の子分同様に彼も凛ちゃんのプライベートが気になるようで、こっそり私の店へやって来ているのだ。
そのため、「オヤジや兄貴たちにバレると怒られるんで、内緒でお願いします」と私に頼んでくる。
「姐さん!今日も恋バナしましょうよ!」
カウンターの上に両手を置き、ウキウキとした様子で田中くんは言う。
田中くんは、いつも「恋バナ」と称して、「オヤジとの馴れ初め」「オヤジと最近どこへデートに行ったのか」「家の中でのオヤジはどんな人物なのか」など、凛ちゃんのプライベートについて尋ねてくる。
「オヤジとは、相変わらずラブラブなんですか?」
田中くんはそう訊くと、私の答えを今か今かと待ちわびる。
「うーん、実は最近、凛ちゃん忙しそうなんだよね」
私はそう言って、肩を落とす。
この一か月近く、凛ちゃんは何だか忙しそうにしている。
ほとんど休みなしで、朝から家を出て、帰ってくるのは深夜になる。
夕飯も一緒に食べられないし、以前より私と一緒にいる時間が減った。
そんなに忙しそうなのに、自宅から弁当屋までの送り迎えは必ずしてくれる。
私は「忙しいなら送り迎えは大丈夫だよ」と言っているのだが、凛ちゃんは「そういうわけにはいかない」と言ってきかない。
しかし、車内でも凛ちゃんはずっと何か考え事をしているようで、以前のような会話らしい会話はない。
凛ちゃんは私を家まで送り届けると、またすぐにどこかへ行ってしまう。
凛ちゃんが何やら多忙な様子であることについて話すと、田中くんは「そうなんですか?」と言って目を丸くさせる。
「そう言えば、田中くん以外の組員の子たち、最近見ないね」
この一か月というと、子分たちも店に来なくなっていた。
以前は、子分たちは毎日のように、入れ替わり立ち代わりでやって来ていたのに、急にパタリと顔を出さなくなった。
「あー、そう言えば、最近事務所内がバタバタしてますね」
田中くんはそう言って、眉をひそめる。
「何かあったの?」
「俺みたいな下っ端のチンピラが教えてもらえるわけないじゃないですかー。俺なんて、兄貴たちのお使いしかやらせてもらえないんですから」
田中くんは、そう言ってむくれる。
もしかすると、凛ちゃんの組全体が繁忙期にでも入っているのだろうか。
「恋人に構ってもらえないなんて、姐さん、寂しくないですか?」
田中くんの言葉を聞いて、私は胸がズンと重くなる。
「……確かに、ちょっと寂しいかな」
私は田中くんに指摘されたことで、初めて自分が「寂しい」と思っていることに気づいた。
「やっぱり、そうですよねー。俺も『忙しい』とか言われて彼女に全然構ってもらえない時、寂しくて死にそうですよー」
田中くんはそう言って、深くため息を吐く。そして、私もつられてため息を吐いた。
その後、田中くんはのり弁を一つ買って店を後にした。
いつものように、「今日のことはオヤジや兄貴には内緒でお願いします」と言い残していく。
私は田中くんに関して、一つ気になることがある。
それは彼の「年齢」だ。
初めて会った時、私はてっきり高校生くらいだと思った。しかし、会話をしてみると、未成年ではなさそうな感じがする。
私は二十代前半だと予想しているが、実際にはもう少し上だったりするのだろうか。
いつも本人に尋ねようと思っているのだが、なぜか毎度忘れてしまう。
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