続・泣き虫の凛ちゃんがヤクザになっていた2

九十九一二三

第1話

幸希ゆきちゃんは結婚とか考えたりしてない?」

 

 常連客の野中のなかさんは、突然そんなことを尋ねてきた。

 野中さんは、私が子供の頃からの常連で、私の母とも仲の良かった中年の主婦だ。

 彼女はお喋りが好きで、他に客がいない時は、こうして店内で私と立ち話をする。


「結婚ですか?」

 予想外の話題に、私は面食らう。

「幸希ちゃんも、もう二十七でしょ?ずっとお店一人で切り盛りするのだって、大変じゃない?」

 野中さんに指摘されて初めて、私もそろそろ結婚を考えるべき歳なのか、という事実に気づいた。

 そう言えば、最近学生時代の友人から結婚や出産報告が頻繁に届くようになっていた。

 

「いい人いないの?もし良かったら、うちの息子とかどう?幸希ちゃんなら、おばさん大歓迎よ」

 野中さんは冗談っぽく笑う。

「いや、大丈夫ですよ。お付き合いしてる人ならいるので」

「あら、ほんと?それならそうと早く言ってちょうだいよー。相手、どんな人なの?」

 野中さんの問いかけに、私は一瞬言葉が詰まった。

 

 どんな人かと一言で言うと、「ヤクザ」だ。

 しかし、流石にそんなことを野中さんに向かって言えるはずもない。

 世話焼きの野中さんのことだから、私のことを心配して、彼との交際に反対するはずだ。というか、ヤクザと交際だなんて、野中さんじゃなくても反対するだろう。


「ええっと、……オラオラ系?」

 私は必死に言葉を絞り出した。

「……オラオラ?お仕事は、何されているの?」

 野中さんは、キョトンとした表情でいてくる。

 その質問に対して、私の脳内には「闇金」の二文字が浮かび上がってしまい、思わずかぶりを振った。

「居酒屋とか、飲食店の経営をやっています」

 私のこの言葉に嘘はない。で飲食店の経営をしているというのは本当だ。


「あら、経営者さんってこと?すごいわねぇ。結婚したら、このお店の経営も手伝ってもらえるじゃない」

「そ、そうですね……」

 私は苦笑いをする。

 実際には、この店の経営者は彼だ。しかし、ヤクザが経営している店だと客に知られると、評判が下がってしまうため、表向きの経営者は私のままだ。


「ちゃんと婚姻届けに判押させるまでは油断しちゃダメよ!」

 野中さんはそう言い残して、店を後にした。




「……結婚かぁ」

 一人残された私は、野中さんとの会話を反芻する。


 ――時間は掛かるかもしれねぇけど、ちゃんと足洗うつもりだ。そしたら、俺と一緒になってくれ……。


 私はあの夜のりんちゃんの言葉を思い出す。

 あの時彼は酔っていたが、おそらくあの言葉に嘘偽りはないと思う。

 

 結婚――。

 私と凛ちゃんが結婚するのは、彼がヤクザを辞めた後になるだろう。

 それは、一体どれくらい先のことになるのだろうか。


「はぁ……」

 長い道のりを想像して、私は思わずため息を吐く。

 しかし、すぐに「彼のことを待つ」と決めたことを思い出して、両手で自分の頬を軽くペチッと叩いた。

 

 焦る必要なんてない。

 私は、「例えお婆さんになっても、凛ちゃんの言葉を信じて待つくらいの気持ちでいよう」と決心した。

 そのくらいの気合がなければ、ヤクザと付き合っていけないだろう。

 凛ちゃんと交際を始めた時から、私はとっくに腹をくくっている。

 先ほどのように、結婚のことを訊かれたら、適当に流せばいいだけの話だ。

 

 ひとまず、結婚の話は置いておくとしよう。

 しかし、「一人で店を切り盛りするのは、大変ではないか?」という話については、確かにその通りだと思う。

 口コミやら何やらで、客足がどんどん伸びている。そのため、一日に用意した商品がすぐに完売してしまう。しかし、これ以上弁当の数を増やすのは、私の体力的に難しい。

 正直、調理から盛り付け、さらには販売まで私一人でこなすのは、もう厳しくなってきた。

 販売だけを他の人に任せて、私は調理場に籠って弁当作りに勤しみたいと考えている。

 今度、凛ちゃんに「アルバイトを募集したい」と相談してみようか。

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