第12話「あなたに好意を抱いている、以外の理由があるかしら?」

「どう考えても、あの席替えは仕組まれているでしょう」


 校舎裏。


 廊下の窓を背に、川越かわごえあさは、こめかみに指をあてて、呆れ顔でそう言った。


「まじで?」


「ええ、大マジよ。簡単なトリックだわ」


 さすが作家、といえばいいのだろうか。彼女は日常ミステリー小説の探偵役のように語り始める。


「つまり、ちょっとしたマジックを仕掛けられたってわけ。あなたが発起人ほっきにんみたいに持てはやされていたでしょ? そこから既にマジックショーは始まっていたのよ」


「マジックショー……」


「ええ。さながら教壇はステージといったところね」


「教壇は、ステージ……」


「あなたを言い出しっぺ扱いすることで、最初にあなたがくじを引く流れになった。いえ、『された』のね。別に言い出しっぺが最初に引くなんてルールないもの」


「俺が、最初に……」


 俺が答えると、彼女は再び不愉快そうに眼を細める。


「あのね……ちょっとは自分でも考えなさいよ、おうむ返し野郎」


「おうむ返し野郎……」


「……わざとやってるでしょ?」


「わざと、やってる……」


 俺がふざけていると、


「ばかじゃないの……あなた意外とそういう冗談言うのね……?」


 とダメな弟を見るような顔をされた。いや、どっちかというと川越の方が年下に見えるけど。


「ま、冗談言ってる余裕があるなら、自分で考えなさい」


「え、うそだろ。突き放さないでくれよ探偵さん」


 俺が焦ると、


「あたしは探偵じゃないわよ。ていうかあなた、あたしがラノベ作家だっていうのは一発で当てたくせに。あの推理力はどこに行ったわけ?」


 と首をかしげられてしまった。


「それとこれとは話が別だ。ヒントが少なすぎる」


「あんなに大きなヒントがあったのに?」


「だからそれがわかんないんだって」


「はあ……じゃあ、質問をしてあげる。あなたが最初にくじを引いた直後、何があった?」


「えっと……」


 俺はつい数十分前の光景を思い出す。


 常盤が自分の胸元に掲げた封筒に教卓越しに手を突っ込み、くじを一枚引いたその瞬間……。


「……ああ、封筒が落ちたのか」


「そうよ。それで? 常盤さんはどうした?」


「えっと……常盤はしゃがんで、教卓の下に落ちた封筒を拾った……」


「そこよ。そこで、封筒を別のものにすり替えたのね」


 たしかに教卓の向こうだったから分からなかったけど……!


「え、まじで? そんなマジックみたいなことしてたのか?」


「あなた、あたしと別のたとえを出しなさいよ……マジックにはもうたとえ済みよ。同じたとえは文字数使って勿体無いでしょう」


「知らんがな……」


 関西人でもないくせにツッコんでしまった。


「つまり、あなたが引いた封筒に入っていたクジには全部同じ番号が書かれていたと言うわけ。それが窓際の後ろから二番目の席ってことね」


「はあ……!」


 段々タネと仕掛けが見えてきた。


「そのあとは簡単よ。すり替えた封筒——つまり、『あなたの隣の席の番号だけ入っていない』封筒から、一人ずつくじを引いていくでしょ? そして最後に、常盤さんはあなたの隣の席の番号が書かれたくじをこぶしに握って封筒に入れて、封筒から引いたかのように見せかけた。『私は残り物には福があるということで……これだ!』とか言って、とんだ女優だわ」


「ええ、まじか……。あれ? でもそしたら常盤の前に引いた人って、封筒には2枚くじが入ってないといけないのに、1枚しか入ってなかったんじゃないか?」


「でしょうね。それに気づかれなかったのはラッキーだったわね」


「穴があるじゃん」


「まあ気づかれたとして、別に『あ、ごめん番号飛ばしちゃったみたい! 私がそこに座るね〜』でいいでしょ」


 ああ、なるほど……。そんな穴を埋めるのは大したことないってことか。


「タネは分かった。でも、なんで俺をあの席にしたんだ?」


「さあ? 本人に聞いてみたら? あたしは観察に一番良い席になったから助かったけど」


「それに、どうして俺なんかの隣に……」


「それはミステリーでもなんでもなく、ただの心情描写の範疇はんちゅうだと思うけど?」


 川越は片眉をあげる。


「あなたに好意を抱いている、以外の理由があるかしら?」


「だよな、そうとしか思えないよな。……痛っ」


 すねの裏あたりを川越のローファーが叩いた。


「なんで蹴るんだよ?」


「そこは、『あいつが俺のことを好きだって? そんなことありえないだろ? そのマジックショーだって偶然の産物さ! ずいぶんと面白い推理だよ。作家にでもなったらいいんじゃないか?』でしょ。ラノベ主人公としての自覚を持ちなさい」


「そんな自覚はいらん」


 ていうか、そんなラノベ主人公はいない。それは犯人のセリフだ。あと、お前は既に作家だ。


 実際、常盤の狙いはぼんやり推測できた。いや、推測できるだけに理解しきれない。


 別に俺のことが好きとかではなく、彼女は、彼女のメインヒロイン性を増幅するために、俺を隣に置いたのだろう。


 そこまでは、分かる。


 でも、ここで大事なのは、『隣に座ること』じゃなくて、『常盤美羽が仕組んでまで柳瀬の隣に座ろうとした』という事実なんじゃないか?


 つまり、その事実をあばいて拡散させる人間がいない限りは、『ただ偶然隣に座った』だけになり、彼女のメインヒロイン性の増幅には繋がらないんじゃないか?


 川越が暴いてくれるのを狙ったってことか? でも、川越は暴いたところで俺にしか話さないから拡散しないし……。


「ちょっと、いきなり思案顔野郎。何を考えているの?」


「いきなり思案顔野郎って……。いや、常盤の動機をだな……」


「まだ言ってんの? まあ、仕方ないわね。ここまで証拠が揃っているとなると、あなたの鈍感ラノベ主人公パワーを持ってしても否定なんて……」


 と、その時。


「うわーなるほど、そういうことなんだー……!」


 後ろから声が聞こえて振り返ると、


「教室にいたら美羽ちゃんから伝言もらって伝えに来たんだけど、話が興味深すぎて、全部盗み聞きしちゃったー……!」


 廊下の窓から顔を出した、ギターを背負った ”元” 川越の前の席の女子——


「美羽ちゃんって、策士なんだ!」


 ——小沼おぬまゆずが、爛々と目を輝かせていた。


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