第23話



 体感で数十秒ほどの睨み合いが続いた。

 けれど、2人はやがて全てを諦めたように大きな溜め息を吐いた。



「あぁー、ヤになる。リアはどんどん強くなるなぁ」


「………あなたは相変わらず規格外すぎるわ。あなたの真意がいまいち読み解ききれない」



 どこまでも難解にぐしゃぐしゃに絡まり合った糸は丁寧に丁寧に解してなお、気がついた瞬間には別の箇所が複雑怪奇に絡まり合ってしまっている。


 今のアザリアの実力では到底太刀打ちできない。

 分かっているのにどうしても挑戦したくなる麻薬性のある彼は、今日もニコニコと掴みどころのない雰囲気を、表情を、醸し出している。


 悔しいという気持ちが晴れぬ日なんてない。

 それなのに、アザリアはいつもこの日々を楽しんでしまっている。

 骨のある人間と戦うということが減ってきていた日々が、彼と出会い。彼と戦うようになり、色鮮やかになった。


 『もっと戦いたい』という気持ちと、『早く依頼を完遂させなければならない』という対象な気持ちがぶつかり合って、不協和音を奏でる。


 理性と感情が噛み合わないことを身をもって実感させられる。



 ———ズキッ、



(どうして………、)



 今までに感じたことのない胸の痛みに、アザリアは自らの身体を切なく抱き寄せる。



「今日は第1王子から情報を収集してきますわ。くれぐれも、わたくしの分の執務を滞らせないでくださいませ」



 何事もなかったかのようにビシッと王子を指差したアザリアは、茶目っ気たっぷりに高圧的に微笑む。

 勝ち気で負けるという可能性すらも知らなさそうない無邪気な笑みに、言動に、王子はぷはっと吹き出した。



「精々手こずるといいさ。お前は、どこまでも強くなれる」



 王子の激励をもらったアザリアは、自信満々に頷くと、王子を部屋から追い出すようにぐいぐいと彼の身体を押す。



「?」


「お茶会の時間まで時間がないので、さっさと出てってください」


「えぇー、見ても」


「ダメに決まっていますわ。レディーのお着替えは聖域ですもの」



 彼を完璧に部屋から追い出したアザリアは、大仕事を終えたと言わんばかりに汗を拭う仕草をし、ドレスの箱を広げる。

 赤、青、緑、黄色、水色、ピンク、白、黒、色とりどりのお花のようなドレスたちは自分の出番を今か今かと待ち侘びている。

 ドレスたちを触って、撫でて、今日の気分に1番しっくりとくる緑のドレスを手に取ったアザリアは、自らの武器ドレスを身につける。

 化粧を施し、いつものようにエメラルドのネックレスを身につけたアザリアは、金の縦に長い棒状でゆらゆらと大きく揺れるイヤリングと、繊細なチェーンが華奢な黄金のブレスレット、そして深緑のリボンを髪に結びつける。

 ふっくらとした胸を押さえつけ、清楚感を醸し出すドレスを身につけたアザリアは鏡の前でくいっと口角を弄る。

 すると、鏡の前には勝ち気な顔立ちなのにも関わらず、清楚で美しく、そして何より薄幸そうな少女が現れた。



(カンペキ)



 ご機嫌そうに頷き、くるっとその場でターンしたアザリアは扉の方に向かう。



「さぁ、ハニトラのお時間よ」



 男は惚れた女に対して格好をつけようとするために、少々お口が軽くなる。


 だからこそ、アザリアの持つ美しさは男にこそ本領を発揮することができる。

 国王と王子を手玉に取り情報を聞き出すこと、それはアザリアが最も得意とする分野なのだ。

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