暗殺姫は、今日も溺愛王子を殺せない

水鳥楓椛

第1話


 迷うな。


 情けをかけるな。


 問答無用で殺せ。



 物心つく頃にはとある組織に拾われ、暗殺者としての教育を施されてきたアザリアが繰り返し言い聞かされてきた言葉だ。


 けれど、今アザリアは目の前にいる暗殺対象を殺せていない。



「リア、ボーっとしてどうしたんだい?」



 じっと暗殺対象を見つめていたアザリアの猫っ毛な赤毛をふわふわと撫でてきた暗殺対象の、海のように深い青色をしている瞳を眺めながら、アザリアはこてんと首をかしげる。

 さらっと猫っ毛が前にやってきて、アザリアはうざったそうに赤毛を後ろに払う。


「……………………あなたさまをどうやって殺そうかと考えておりましたの。

 王子さまはどうすれば、わたくしにあなたさまを殺させてくださる?」


「はははっ、リアは面白いことを聞いてくるねー。

 ———俺がおとなしく君に殺されると思っているの?」


「……………………」


 ころころと機嫌がよさそうに笑う暗殺対象を煌めくエメラルドの瞳にとらえながら、すっと猫のように目を細めたアザリアは、勢いよくナイフを抜く。



 ———シャンっ、



 金属の擦れる涼やかな音がして、王子に向けて渾身の力で振りかぶったナイフは軽々と抑え込まれる。


 組織の中でも中枢で働き、女の中では常にトップの実力を誇るアザリアの攻撃を穏やかな表情のまま軽々と抑え込んだ王子は、ナイフをぽんっと遠くに投げると、アザリアをぎゅっと抱きしめて幼子にするようによしよしと頭をなでる。



「うんうん、1か月で格段に動きがよくなったね。さっきの攻撃はさすがの俺でも一瞬ヒヤッとしたよ」


「…………………なんか複雑な気分ですわ。暗殺対象にもてあそばれるだなんて…………………」


 むうっとくちびるをとがらせたアザリアに、王子は優しく目を細める。



「複雑な気分でもしっかりと学べ。学べるところではこれでもかというほどに貪欲になって学ぶんだ。


 ———そうすることが、お前の生き延びる道につながる」



 いきなりまじめな表情と声音で話し始めた王子に、アザリアは目を瞬かせた。


「———暗殺者というのは、死ぬ覚悟の下で相手を殺さなくちゃいけないのよ?殺される覚悟のない人間は誰も殺してはダメ。殺していいのは、殺される覚悟のある人間だけなの」



(冷酷であれ。

 無慈悲であれ。

 残酷であれ。

 ———すべては無機質な人形であると思え)



 心の中で幼い頃から言い聞かされてきた言葉を反芻して、アザリアは王子にまっすぐとした視線を向ける。


「だから、わたくしはあなたの言うことを理解できないわ。わたくしはあなたに殺される覚悟があるから、相打ちになろうともあなたを殺す。

 分かった?」


「ふっ、お前はバカだな。

 ………本当に強く恐ろしい人間というのは、生きることに貪欲な人間だ。お前にもいずれ分かるさ」


「ふふふっ、わたくしに分からせるまで生きていたらいいわね」


 アザリアは無邪気に笑うと、王子になされるがままその後は大人しく撫でられ続けた。今日も5度彼を殺し損ねたせいで、手持ちの武器は残り1本となってしまった。

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