幸福の木
@khuminotsuki02
第1話 プロローグ
「昌義のやってて楽しい事やワクワクする事、これやっていると幸せだなって感じる事って何かな?」
僕は母さんに一生懸命に答えた。母さんは嬉しそうな顔で、紙の上に僕の答えに合わせて一つずつ小さな丸を書いていく。
「この丸はねぇ、昌義だけの幸せ、それは分かる?昌義が幸せだなって思っても、昌義のお友達は幸せって思わない子も居れば、嫌いって思う子も居るの」
僕は黙ってうなずいた。偉いねぇ、と小さく呟いて母さんは紙に木の幹と枝を書いていった。枝はさっきの丸に全て繋がるように書いている。
「好きな事、やりたい事はちゃんと周りに表現しなきゃ駄目なのも分かる?」
僕はまた黙ってうなずく。母さんはうなずいた僕を確認しながら、今度は木に葉を書き足していった。
そして母さんは、今度は何も言わずに木の幹を少し伸ばして、横線を引いて地面を書いた。そして木の根っこを描きながら、
「この根っこは勉強や経験で伸ばしていく事が出来るの。昌義もいっぱい勉強して、いろんな経験してこの根っこを伸ばして言ってね。あっ、でも、何でもすれば良い訳じゃあ無いからね。ちゃんと自分のやりたい事、幸せな事に繋がる勉強や経験をしてね」
一つ一つの言っている事は分かるが、じゃあ僕はどうすれば良いのだろうと考えると、なにか上手く繋がらない。そんな僕を見て母さんは察したのだろう、
「今は全部分からなくても良いよ。分かる所だけで良いから、ちゃんとやっていってね。そしてこの絵の全部が分かる努力もしてね」
「うん、分かった」
「これが母さんの幸せの木だから。覚えておいてね。それとこの絵には続きがあるの、それも何か考えてみてね」
母さんはそう言いながら、葉っぱに『表現』丸に『幸せ』幹に『価値観』根っこに『学び・経験』と書き足していった。
久し振りに母さんの夢を見た。
あれからもう十年かという思いと、まだ十年かという思いとがある。
この夢の出来事の後、母さんの容態が急変して帰らない人となった。僕が十歳の時だ。
そこから葬儀の時に母さんの親族が乗り込んできて、まだ母さんの死を悲しんでいる父さんを、脅し、騙して母さんの貯金やらのお金を全部持っていってしまった。
それを知った父さんは僕を連れて直ぐに引っ越した。これ以上奪われない為に、もう関わらない為に。母さんの遺品や使っていた物、大事にしていた物は奪われずに済んだ。
引っ越した先は父さんも母さんも所縁の無い所だった。父さんも、所謂毒親育ちで頼る事が出来ない状況だったが、会社の人の伝手で引っ越しと、その場所での働き口が用意出来たらしい。
引っ越した後はしばらくは平穏な日々だった。
僕が高校三年生の時に、父さんが交通事故で亡くなったのだ。僕は、正確には違うが、天涯孤独になった。とはいえ、父さんが働いていた会社の社長と、担任の先生が良くしくれて、父さんの葬儀を出す事が出来た。そして事故の賠償の事も色々と教えてくれた。
状況が変わったのは僕が高校に戻ってからだった。何故か僕が大金を持っている事になっていた。おそらくは遺産や賠償金での事だと思うが、僕にお金を借りに来る者や、親の会社の状況を説明してくる者等が日に日に増えた。もちろん担任の先生は見つけたら注意をしてくれてはいたが、それだけでは収まらなかった。
それどころか僕の住んでいるアパートにまで、学校の人に限らず、借金の申込みや宗教の勧誘なんかもなんかも来るようになった。
つくづくこの世は人の死を喜ぶ人達で溢れているんだ、と思った。
僕の噂がこれ以上広まらない為にも僕はこの町を出ることにした。父さんは僕に大学に行かせたかったがしょうがない、身に危険が迫る前に行動しないと。
社長にだけ相談というか、報告だけして僕はこの町を出ていった。夜逃げ同然で。高校は中退した。
そして僕は東京に来た。
確かに父さんの遺産は有るが、遊んで暮らせる程も無い。大学に行ける位のお金しか無い。なのでなるべく節約したい僕は、事故物件と呼ばれるアパートに住むことを決めた。
こうして振り返ってみると、波瀾万丈な人生な気もするが、僕自身はあまり大変だとは感じていない。ただ多くの人間の醜い部分を見せつけられたな、とは思う。
だから、という訳では無いが、今は幽霊の今日子さんと同居している。僕に霊感が有るわけでは無い、たまたま今日子さんが視えるだけだ。
今日子さんが居た所に、僕が後から入ってきたわけだが、家賃を払っているのは僕だ。お互いにあまり干渉しあわないようにしている。僕だけかもしれないが。
ちなみに生前の今日子さんの名前が今日子だったのかは知らない。調べてもいない。ただ、初めて会った時にサダさんって呼んだら、部屋中でラップ音が鳴ったので、今日子さんと呼び直したらラップ音が収まったので、それからは今日子さんと呼んでいる。
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