第51話 願望はるか4
自分の脳が有り得ない考えを模索している。いったいこれは
「
「かもしれない」
こんなに悩むのはあたしが彼に過大な頼み事をしてしまった。スカイラインなんていつになるか解らない。少なくとも此処五、六年は月賦でも無理だ。第一保証人がいない。冗談半分のやり取りなのに、彼はきっと真面目に考えるだろう。可笑しな考えに頭が支配されているのはそれだけじゃない。もっと大切なのは、彼は大学受験に受かったのに落ちたあたしに合わせただけでなく、神職まで投げ出したのには驚いた。何故そこまでするの。君の為に僕だけのうのうと大学に行ってられない。でも神社はどうするの。真面目一方の弟が居る、あいつの方が性に合ってる。
「何処まで本心か掴みきれないまま彼は彼女の気持ちを受け容れたのよ」
「僅か半月でそんな決心を薪美志さんがするなんて、よっぽど
「そうね」
耀紅はそこで俯いてしまった。
「楽しかったんでしょう」
と訊けば、彼女は人生最大の楽しみだと誇らしげに宣言した。あの人の分身を宿したんだもん。
「エッ! いまなんか言った それって、もしかして」
「そう、もしかしたの」
「それって、その時は茂宗さんは知らなかったの?」
知らせるつもりもなかった。いずれ時間が経てば判る。それまでは伏せておくべきで、第一、今はそれどころではなかった。あたしの為に大きく人生を変えてしまったのだからこれ以上の負担は避けたい。
「何が負担だというの、誰が迷惑だというの」
迷惑だなんて、その時の耀紅はこれっぽっちも思ってなかった。ただこれで遠く離れてもお腹にはあの人がいるんと思えば、待つにも張り合いが出来たって言ってた。けれど何処まで本心なのか素直に喜んでないと思えて追究した。愛と云う名の下に苦悩の淵を歩むにはあまりにも姉は世間に対して無防備すぎた。
「それでどうだったの、姉は現実に向き合えていたの?」
愛は問うても責められるものじゃないから向き合えてる。その瞬間はいつも常に真実で、恋は頭で考えるもんじゃない、気持ちの問題だ。だから人は子供を作り子孫繁栄の
「姉は間違ったメッセージを茂宗さんに送っている」
懐妊の事実はマキノ駅で見送るときに伝えるべきだ。
「この場合、
寺島の言う事実は
「彼は何も知らないでしょう。姉だけ苦しむのは分かち合った愛に矛盾する。此の刹那、姉の心境は遠い過去でも想いは時空を越えて、
とまだ近くに居るはずだと
「茂宗さんは、もう聡さんの神社を出た所だったわ」
「良かったわね。丁度出たところなら虫の報せかしら、間に合ったのね」
茂宗は聡との話も済んで、神社を出た所で輝紅から電話を受けた。丁度近くを通りかかっていて直ぐに訪ねてきた。
しかし玄関を開けて、前に居たのは深紗子と兼見だった。
「茂宗さんは」
「先に行ったのよ」
「運転手を置いて」
と言った兼見を見た。
「起こったあとならまだしも、完全に復興すればもう当事者は行くべきでない」
と言い残して、社長はあの日産スカイラインRS昭和五十八年式を自ら運転した。此の車はこう謂う場所を走るためにだけ遺された。
電話で耀紅の差し迫った状態は解ったが、もう過ぎたことに係わっても何の意味もないと通り過ぎようとした。そこで母に伝えるために娘の深紗子が立ち寄った。奥で待っていた寺島は何の違和感もなく二人を迎えた。あたし達だけで耀紅に迫ろうとしても、四十年の月日では共感が乏しく、若い二人の意見を聴きたいと、寺島の隣に輝紅が座り直して、座卓の向かい側に二人を迎えた。話を一通り聞かされても耀紅さんの真意に迫るのは難しかった。
「矢張り恋人である茂宗さんにしか解らないのかしら」
「父にも解らないと思う。だって状況説明ばかりで本当にどうしたいのか耀紅さんは何も語らなかったのですか、ただ母ならどうかしら。でも結局は、耀紅さんは
「そう、時間が来てしまって。今から家に帰れば丁度夜中に抜け出した事がばれずに済むって言って此処を出たけれど、ただ安産祈願に薪美志神社に寄るって言っていた」
「ハア? あそこはそんな神社じゃあないでしょう。結局行き先は葛籠尾崎だったのか」
そして兼見は自問するように「何処で道を間違えたのか」と囁いた。
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