第49話 願望はるか2

 輝紅てるこにとって寺島結希乃さんは、姉の友達で見知っていても、それほど深い付き合いはなかった。ひとつ学年が下だけに寺島結希乃で間に合わない手紙の配送として姉から頼まれる程度だ。手紙の受け渡しだけで寺島も輝紅も共通してその視点で姉と茂宗を捉えていた。寺島さんとは歳はひとつしか違わないが、当時は学年で一学年違うと月とスッポンぐらいの開きがあったが、寺島さんは気落ちするあたしを気遣ってくれた。それで地元での同窓会にもわざわざ東京から駆け付けてくれた。姉のことよりも会えなかった方が気になり、謝りたい思いで此処に来た。

 彼女は実家に帰って両親を看取ると特にすることもなく時間を持て余していた。そこへ輝紅さんが来て、インターホンで名前を聞いて玄関まで飛んで行ったほどだ。二人の間にある長い空白期間など物ともせずに、玄関で顔を合わすとそのまま輝紅は奥の部屋に招かれた。招かれた居間には湖北らしくまだストーブがあった。座敷机に座布団を出されて、用意した和菓子を出すとお茶を用意してくれた。

 寺島がふたを開けると「まあ、葛餅、これ好きなのよ」と喜ばれた。

「良かった。あたしも子供の頃は母に連れられて葛餅を食べた時の想い出が焼き付いてお店で見付けると性懲しょうこりもなく買っちゃった」

 とあれほど期待した話より先に二人はお茶と葛餅に取りついた。ひと息つくと先ずは同窓会の欠席を詫びた。よくよく訊くと、よからぬ噂に追われて同窓会の開催さえ届かなかった。たとえ届いてもどちらも行ける環境にはなかった。

「そうね、高校を出たばかりの人が四年や五年で立ち直れるほど世間は甘くないわね」 

 まだ苦労のどん底で、落ち着き先もままならない時に行ったあたしが間違いで、世間知らずもはなはだしい。

 東京で家事育児に追われているって言っても、安定した生活環境には違いない。それに比べて人目を避けて細々と暮らした輝紅さんに比べれば恵まれすぎていた。

「その苦労の中で霧島伸吾さんに出会えてささやかながら安定した気持ちから出来た隙間に翻弄されたの」

「それはどうしたの?」

 新興宗教はそう云う尋常でない人の死に付け込んで来る。姉の死に付け込まれてある宗教団体に寄進してしまった。これに気付いて目が覚めてもお金が返るどころか、まだまだ信心が足らんとたかられて中々抜け出せずに、夫を亡くしてまた逃走生活になった。ああいう新興宗教は心の弱みに付け込んで寄進と名の下にひったくっていく。あの時は姉の死の解釈を歪められて上手く丸め込まれた。先祖が祟られているとありもしない話に乗せられてしまった。ただ信心を目に見える形にするのは御尊像様への寄進で、それに因ってのみ救われると、しきりに金銭の要求ばかりされた。そんなもんで心が晴れる訳がないのに、一旦受け容れて仕舞えば疑いは罪だと。もっと祈れ信心が足りんと。姉の苦しみをなおざりにされて、バカの一つ覚えみたいに心を掻きむしられた。

「輝紅さんの今までの苦労は解ったけれど茂宗さんは、娘さんの話だと今の輝紅さんの様に落ち着いているのにどうして来ないのかしら?」

「その事でしたら娘さんの深紗子さんが口を酸っぱくして説いたのですが、今の奥さんにけじめを付けた以上はもう関わりを避けるのも姉の為であるようなのよ」

 茂宗が聞きに来ないのは、妻の為に風化させたかったのだ。

「それで輝紅さんは不満じゃないの」

 それまでは恨み骨髄に徹して娘を使ってまで、あの神社の跡取り息子にけしかけてあの神社を集落から取り上げて、神社本庁と云う処から別の神主にきて集落との千年続いた繋がりを断たせるつもりだった。でもこの前から話して今日、茂宗さんと会って見て、ずっと姉の面影だけで一生涯通すつもりだと知った。そんな状況が解ればあたしのちっぽけな怨念なんて吹っ切れた。

「でもあの人の娘さんが、此処へ訪ねて来られたと云う事は結婚されていたのでしょう」

 会った事はないけれど姉の面影が残っている人と聞いて、その奥様には申し訳ないけれど彼はずっと姉を心に留めていた。もしも、あの宗教団体じゃないが、人の心の弱みに付け込むような仕事をやっていればと思えばもう我慢ならなくなった。でも娘さんに会って直接茂宗と電話すると、あの人は矢っ張り姉が心を通わせたままで、なにも変わってないあの当時のままの人だと確信した。まあ娘さんと一緒の時はかなり意固地になっていた、と輝紅は笑って話した。

 これを聞いて寺島は、家庭を顧みない夫への不満が一遍に消し飛んだ。けれど離婚には一点の不満もない。

「あたしは妹ですから、当時の二人の間を取り持つ手紙のやり取りに奔走させられたけれど寺島さんはただ友だちと謂うだけで、今のスマホ代わりにされて大変でしたでしょう」

「でもそうやって取り持っていただけで、深い友情が芽生えるのだから手紙も捨てたもんじゃない、今のスマホより気持ちのやり取りに熱が籠もるでしょう。だからかしら最後の夜にあたしの所へ来たくれたのは……」

「三月三十一日のあの夜ね」

「このまま二人に会えなければどうしょう。向こうで待ってる耀紅ようこに顔向けできない」

 と還暦を前にして大袈裟に言われてしまった。けれど思えばあの同窓会から今日まで引っ張っていたのだから、その想いには同情出来る。

「それで姉はあの晩はどんな考えに囚われたのかしら?」

 あの夜はかなり遅くなってから訪ねて来たから、茂宗さんと大変なことになったんではと思った。だってかなり青ざめていたから気になった。

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