第28話 薪美志正茂3
兼見は昼頃に東京駅へ着くと、先ずは校風を見ようと真っ直ぐ大学に向かった。渋谷駅を降りて何度も駅周辺の乱雑な通りを歩いて、京都と違って東西南北を確かめるのに苦労した。校門付近を見ると真面目そうな学生が多かった。正茂は大学卒業と同時に寮を出て近くのアパートに住んでいると聞いて、大学から正茂の住まいに行った。
近くに大学が多い
住所を頼りに込み入った道を一時間掛けてやっとアパートを見付けた。車の通れる道から更に奥まった通りにあった。二階建てで、表にはほんの申し訳程度の砂利の広場があり、そこから二階に居る人の出入りが確かめられる。一階が四室、二階も四室の八室で、正茂は二階の端の部屋だ。両端には朽ちかけた鉄製の階段があった。二階にはくの字に折れ曲がった階段で上がっても、行き止まりで無く反対側に降りられる。
二階へ上がり部屋を確認して、そのまま行き過ぎて、反対側の階段を下りようとした。丁度その時に物音に振り返ると、端の部屋から歳格好の似た男が出て来て、向こうの階段から下りて行った。興信所ではないが尾行するか。なんせ正茂にすれば、兼見は現状では赤の他人だけに、時と場所を考えないと名乗りにくい。此処で呼び止めるより、町中で偶然を装って接触を図ることにした。それに春とはいえ、あの薄着ならそう遠くには行けないだろう。見失ってもまた此処に戻ると思い、距離を空けて尾行した。人通りのある表通りに出ると、今度は見失わないように正茂との距離を詰めて歩いた。
学生街の春休みらしく、兼見と似た若者が多い。社長や叔父さんなら目立つか、いや、先生か教授に見えるからそうでもないか、と思うまもなく案の定、近くのコンビニに入った。直ぐにカップ麺とパンを買ってレジへ向かった。昼食かと傍を通り抜ようとすると、正茂はあっちこっちのポケットに手を突っ込んで支払いにもたついている。
バイトの若い女店員は苛立ち始めた。後ろに並んでいる客はもっと苛ついている。此のタイミングだ。と横からレジに近付き「
「あんた、幾らですか?」
兼見が財布を取り出して、彼の代金を支払おうとすると、正茂は拒んだが。店員と並んでいる客の威圧的な態度に彼は沈黙した。女店員はすかさず兼見を知人と見て遣り取りした。兼見が代金を払って二人は外に出た。
正茂は店から数歩歩いて立ち止まった。
「あんた、どうして俺の名前を知っているんだ」
「珍しい名前なんで、学内では直ぐに顔を憶えてしまっただけですよ」
「じゃあ此の近くの大学院生か」
「まあ、そんなところです」
インテリには見えないのか、怪訝な顔をされた。
「どっちでもいいが。僕は此の近くですから直ぐにお金は返しますから、部屋まで付いて来て下さい」
と同行を頼まれた。
「別に大した金額じゃないですからいいですよ」
「金額じゃあないんだ」
立て替えた代金の返済だけではなさそうだ。どうも名前を知っている
「
更に
「その喋り方だ」
「標準語ですが」
「『あんた』と言うところだけは誤魔化されへん」
あんた、の語尾がゆっくり喋っても関西と東京では微妙に違う。とにかく付いてきて欲しいとせがまれた。しめた、と兼見はほくそ笑んだ。二人はコンビニを離れて、来た道を引き返した。
「あんた、学生っちゅうのは嘘やろう」
「兼見と言います。判りましたか……。でも卒業生ですから当時はどっかで見かけてます」
「兼見はんか、どう見ても二十歳そこそこには見えんからなあ」
「三、四回落第すればそこそこの歳に見えるでしょう」
「そやなー、それでも学生っぽくないなー」
「何に見えます」
「小売業の店長あたりに見える」
そりゃそうだ。今朝出勤した姿で、そのまま来た。
「薪美志さんは此の近くだと國學院大學ですか」
「そうや、そこの院生やった」
「やった?」
「此の春卒業した」
「来月から社会人ですか」
「いやまだ決まってない」
「ハア? じゃあ実家の家業を継ぐということですか?」
「それでもない」
エッ! 本当に叔父さんの杞憂が当たった。それだけやない、社長は、今までは知らぬ存ぜずで来たが、ついに親戚に現在の正体がばれてしまった。こうなれば後継者問題はいずれ早かれ社長にも響く。
「そしたら大した家業でもないんですか?」
「いや、大ありや」
「そしたら後継ぎの長男でないんですね、それは良かったですね」
「いや一人っ子や」
ああ、此処が俺の住まいや、とさっき兼見が下見したアパートに着いた。正茂が二階の階段を上がるのを兼見は下で待とうとした。
「
「そんな風に言われるほどの大した金額やないでしょう」
「金の問題やない。あんたが居やへんかったら大恥掻くとこや。それに、ほかに気になることもあるんや」
「
「僕の名前や、なんぼ目立つ言うても、同じ学生仲間でない兼見さんが
と言われて部屋まで案内された。
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