◯ったら死ぬチート 前世が剣術家の俺は異世界でも山奥にこもって剣を振り続ける。なぜって?だって俺◯ったら死ぬからさ

たぬき

第1話 ◯ったら死ぬチート

朝の練行は座業からはじまる。


道場に満ちる痛いぐらい冷たい朝の空気が心地良い。時間の感覚も曖昧になっている、もう陽はもう昇ったのだろうか。


異世界に転生して早30年余。


やってることといえば、かつてと変わらず刀を振るうことだけだ。


居合とは後の先、もしくは先の先にて放つ。


修行に置いて必要なものは


相手がいれば楽なのだが門下生は既に道場から巣立ち、育ての親の師も10年程前にこの世を去った。


居合とは大雑把なことをいえば、限りなく不意打ちに近い。相手の意識の隙間に刃を滑らせることで後の先もしくは先の先をとる。


決して逸らず、そして見逃さず。何万回と繰り返した動作なので、刀を取るのに眼を開ける必要すらない。


何が起こるでもない、ただ何かを待つだけ。時には、夕方ぐらいまで一度も抜かれずに刀が脇に置かれることもある。


道場の窓から、陽が差してくるのがわかる。どうやら朝日が昇ったようだ。外では小鳥が鳴いて、山の果実を啄んでいる。


ミシッ──と床が音を立てた。


温度の変化か、木のたわみ、原因はなんでも良い。肝心なのは間合いの中で「起こる」こと。


今日は早かったな、とどこか他人事のように思考する頭とは別に身体は別の生き物のように動いた。


抜刀──鯉口すら鳴らさず、腰を切ることにより刃が滑らせ、神速をもって空を切り裂く。


時間すら置き去りにして、目視できるころには既に刀は振り切られている。


続いて血払い──二の太刀は用いず、弛みをもって刃を振るう。


そして納刀──一の太刀は納刀のために。刃は収まっているからこそ意味を持つ。


「ふぅ……」


一連の動作を終えて、深く息を吐く。人を殺す技を今日も変わらずに磨く。


『所詮は人殺しの技だ』


師の言葉が頭に浮かんだ。外では変わらずに小鳥が鳴いている。


いつの間にか、この世界で刀を振っていた時間のほうが長くなってしまった。


軽く汗を拭いて庭先に出ると、昨日はまだ蕾だった花が見事に咲いていた。その花の隣には小さな墓がある。


「師匠、おはようございます」


この世界の親父はこの道場にこもり、ひたすら刀を振って死んだ人だった。時折、人が訪ねてきたこともあったのでかつては名を馳せた剣豪だったのかもしれない。


俺自身、まさか異世界でも居合に身を捧げることになるとは思わなかった。


王国の首都から遠く離れたこの山が俺の終の住処だ。ここで義理の父親と同じく刀を振って死んでいく。


まさか終わったと思った人生がまた始まるとは思わなかったが、結局この世界でもやることは変わらない。この親父の下へ俺を導いた女神様もそれを望んでいたのだろう。


20代の頃は自分の腕をこの世界で試したいと鼻息荒く思ったものだが、前世の年齢に近づくにつれ自然とその気持ちもおさまっていった。


なんせ都会は危険が多すぎるのだ。


例えば──ビキニアーマーとかいう下着同然の装備をつけた冒険者とか。


例えば──なぜか胸元がぱっくり開いたやたら発育の良い王立学院の生徒とか。


例えば──やたらと身体のラインが剥き出しになる魔導師のローブ姿とか。


彼女らとの出会いは一歩間違えただけで、死に直結する。


え、なぜかって?


だって、俺「◯ったら死ぬチート」だから。


♢♢


「め、女神様、今なんとおっしゃいました?」


透けるような白いヴェールで身を包んだ女神様が目の前でニコニコと笑った。


豊満な身体のラインがくっきりと見え、聞き返しながらもついつい揺れる胸元に目がいってしまう。


「橘 時雨しぐれ、勇敢にも悪漢と戦い命を落としたあなたには第二の人生を差し上げましょう〜!」


ゆるい口調でビシッと人差し指を立てる女神様。動きに合わせて、柔らかな生地で包まれた胸や尻がいやらしく歪む。


「くそっ顔が良い──じゃなくて!その後です、その後!」


俺が粘っこい汗をダラダラ流しながら促すと、女神様は少し考えてからまたエッヘンと胸を張る。


「えーと、代わりにあなたに転生チートを差し上げます!」


「そのちょっと前です!!」


こっちは気が気じゃない。チートなんてどうでもよくなることをさっき口走ってた気が──


「この世界にDNAを残されると女神的に困っちゃうので、『◯った瞬間腐ってもげる』ようにしておきました」


スンと無表情になる女神様。


──これだ。


「なんでええええええええええええええええ!?!?」


勃ったらもげる異世界転生はじまるヨ★☆


♢♢


以上が俺の異世界転生の顛末だ。惨すぎるよ女神様。


ちなみに前世と同じ黒目黒髪で生まれた俺は速攻親に捨てられた。物心がついたのが5歳ぐらいなのでその時の記憶はないが、ブロンドが一般的なこの世界では奇異な存在なのだろう。


育ての親はそこそこ変だったので、話せるようになった俺に自分で名前を決めさせるという暴挙に出た。どこの世界で自分に名付ける子どもがいるんだよ……。


自分の新しい名前なんて考えたこともなかった俺は、結局前世と同じシグレで落ち着いた。


とはいえ「あなたの子です」と書かれた紙きれ一枚で、どこの馬の骨ともわからん赤ん坊を引き取って育てた師匠は変人だがかなりのお人好しだろう。もしかしたらその頃既に自分の技を継承する相手を探していたのかもしれない。


酔ったときに「童貞でも子どもって出来るんだなぁ」と呟いていたのは師匠流のジョークだと今でも信じている。


そんなこんなで師匠に育ててもらってから、たまに前世のように門下生をとったりしつつずーっと山で刀を振って生きてきた。


前世も刀を振っていた記憶はあるのだが、流派等の細かいことはもはや思い出せない。俺にあるのは師匠の名も無い抜刀術だけだ。


俺がこの世界で得た教訓は、チートがあっても性欲は何も解消しないということぐらいか。


いつかジジィになってナニがたたなくなったら王都見物にでも行こう。そんで刀が持ち上がらなくなったらこの世界とおさらばだ。


刀を振って、墓に手を合わせる、また刀を振る。気が向けば門下生をとったっていいだろう。


そんな日々が今までもこれからも続いていくと俺は疑っていなかった。──あの日までは。

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