メイド長の休日

甘い秋空

前編:男運の悪いメイド長


「この店です、馬車を止めて下さい」


 王都の貴族ご用達のお店が並ぶ通りを左折し、静かな通りに面したリサイクル商会の前で、一般貴族用の簡素な馬車を止める。


「メイド長らしくないお店ですね」

 お付きのメイドが不思議がる。


 上級貴族のドレスやアクセサリーは流行の先端であり、上級貴族が身に着けた品は、高値で取引される。


 その仲介をしているのがこの店だ。質素な私には、縁のない店である。


「店の主人とは、昔からの知り合いだから、少し話をしていきます。自由時間にしましょ、一時間後に迎えに来てください。」


 お付きのメイドに自由時間を与え、1時間後に合流することにした。たぶん、彼女は、好意を持っている騎士団長に会いに行くだろう。


 騎士団長は、治安強化のため、抜き打ちで王都をパトロールしている時間だからだ。


 閉店時間の十五時を過ぎていたが、店の前で上下濃い灰色の背広を着た紳士が迎えてくれた。


 私とお付きのメイドは、仕事着である濃い紺色のメイド服である。だが、私は休暇中である。


 メイドが馬車のドアを開け、私は馬車から降りた。


「メイド長、ごゆっくり」


 お付きのメイドが、意味ありげにニヤリとしたが、私は、無視する。


    ◇


「さすが、時間どおりだな、フランソワーズ」


 店主は、男爵の末っ子、学園で同級生だったイケメンである。


 昨日、なぜか急に離婚した。そして、私に相談があると手紙をよこした。


「貴族よりも働く商人が楽しいだなんて、貴方らしいわね、イノセント君」


 彼が商会を立ち上げて2年、お店は順調に利益を上げていた。


 女性従業員の案内で、店の奥側にある執務室に通された。


 応接セットをはさんで、向かい合って座る。


 広い部屋だ。


 奥には重厚な机、左の壁側には貴金属が飾られた上客用ショーケース、右の壁には金庫と作り付けの本棚……いかにも商売は順調だと主張する部屋だ。


 机の後ろは壁だけで、何も飾られていない。たぶん、非常用の隠し扉だ。


 王都の中に盗賊団が潜んでいるらしく、小さな強盗が頻発している。街の治安は、平民で構成された警備隊が担っているが、未だ逮捕に至っていない。


「いま、お茶を出すから」


 彼が女性従業員へ指示すると、彼女は部屋を出た。


「彼女は?」


「私が屋敷にいたころから尽くしてくれている女性だ、大丈夫、信頼できる」


「この店の中には、彼女と、守衛だけだ、くつろいでくれ」


 彼が人払いするほど、今日の話は重要らしい。




「貴方が私に相談なんて、珍しいわね」


「実は、店に盗品のアクセサリーが紛れ込んでいた。たぶん、この店は悪い奴らの資金作りに利用されている」


 盗品のアクセサリーをテーブルに広げた。


「妻が怪しい。もう彼女は信じられない。だから離婚した」


 彼は、学園時代に、夫人の美しい容姿と、夫人の父親である男爵が警備隊長という高い役職にいたことに惚れて、求婚したのに……


「悪事の片棒を担ぐのは耐えられない」


 生真面目な彼らしいが、証拠もつかまずに夫人と離婚するのは、やり過ぎではないか?



「しかし、盗品を持ち込んだヤツが分からない」


 貴方が、夫人を問い詰めればよかったでしょ?


 夫婦関係は、ふたりで話もしないほど壊れていたらしい。若い頃に燃え上がりすぎると、結婚後には冷めると聞くが、そのパターンなのか。




「……出来れば、フランソワーズに、私のそばで、仕事を手伝って欲しいのだが」




「私は王妃のメイド長で、犯人捜しは管轄外です。それに、私情では動けません……」




 店の玄関ドアが激しくたたかれる音がした。店の守衛が閉店したと対応する声が聞こえる。


 人が倒れる音! 応接室のドアが開けられ、女性従業員を盾に男が入ってきた。


「守衛は眠らせた、宝石をこの袋に詰めろ!」


 短剣を持った盗賊だった。


「私はどうなってもかまいません」


 女性従業員が抵抗する。


「その女性に乱暴をするな」


 イノセントは、上客用のショーケースを開けて、貴金属を袋に詰める。



「上から二段目の、右から三番目……これだ」


 強盗は女性従業員を離し、本棚から帳簿らしき物を取り出した。


 強盗なのに、金庫には目もくれない?



「そんなところに帳簿が」

 イノセントが、驚く。


 強盗は、誰も知らない隠し場所を知っていた。これは、強盗に場所を教え、盗むように指示したヤツがいる……




「守衛が倒れています、警備隊長!」


 ワザとらしい声に続き、どたどたと、玄関から店の中に警備隊が突入してくる足音がした。


 強盗が執務室の入り口をふさぐ。部屋に窓は無い、密室になった。



「警備隊が来るの、早すぎますよね」


 私は疑問を口にする。


「おかしい、貴族ご用達の店のトラブルは、騎士団に連絡が行くはずだ」


 イノセントも首をひねる。


 警備隊は貴族の店には踏み込めない。ただし、不測の事態を除いてだ。


「なぜ、警備隊が?」


 強盗も不思議がっている。なぜか、警備隊は動かないと自信を持っていたようだ。ということは……



「……貴方は利用された、捨て駒ですね!」


 私の推理だ。



    ◇ 後編に続く ◇

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