彼方の光

島原大知

第1話

「真紀!葵!放課後、職員室に来なさい!」


理沙の声が、騒然とするクラスに響き渡った。窓から差し込む夕日が、教室の床に長く伸びている。午後の授業を終え、帰り支度を始める生徒たち。そんな中、けんか腰で名指しされた二人の少女は、顔を見合わせて溜息をついた。


「やっぱりバレてたか……」

「うるさいわね、江口先生」


葵が小さな声で呟き、真紀はただ俯くだけだ。


教師となって5年目、江口理沙にとって真紀と葵への対応は悩みの種だった。真紀は大人しいが、どこか心を閉ざしているように見える。一方、葵は明るいが、ときに反抗的な態度を取る。二人とも何かを抱えているのは明らかだったが、理沙にはまだ心の内を掴みきれずにいた。


職員室で二人を待つ理沙。ドアが開き、おずおずと入ってくる真紀と葵を見つめる。


「先生、どうしたんですか?」

「二人ともわかっているはずよね。最近、教室でいじめが起きていると聞いているわ」


その言葉に、二人の表情が曇る。


「それがどうしたって言うんですか。別に私たちは……」


開き直るような葵の言葉を、理沙は静かに制する。


「葵、そういう態度は良くないわ。真紀も、何か言いたいことがあるんじゃない?」


問いかける理沙に、真紀は怯えたように目を伏せる。その反応に、理沙は胸が痛んだ。ただ叱責するだけでは、彼女たちの心に届かない。理沙は、もっと二人のことを理解しなければならないのだ。


「ねえ、真紀、葵。先生は何も責めたいわけじゃないの。二人のことを、もっと知りたいと思っているだけ。時間をかけてでも、向き合っていきたいの」


優しく微笑みかける理沙に、二人の表情が僅かに和らぐ。だが、すぐに葵が顔を背ける。


「ごめんなさい先生。私、今日はもう帰ります」


そう言い残し、葵は足早に職員室を後にした。取り残された真紀も、申し訳なさそうに理沙を見上げる。


「先生、私も……」

「真紀、あなたは優しい子だと思うの。きっと、葵のことも理解してあげられるはず。先生も、二人のことをもっと知るために頑張るから」


そう告げる理沙に、真紀は小さくうなずいて職員室を去った。扉が閉まり、理沙はふと我に返る。胸に迫る熱い想いを感じながら、理沙は決意を新たにするのだった。生徒との信頼関係を築くために、彼女たちに真摯に向き合おうと。窓の外、夕闇が教室を紫に染めていた。

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