最初も最後も片桐さん

雨野 天々

忘れられない人

  チリチリチリチリチリチリ

 私は重い体を起こして目覚ましを止める。



「はぁ……仕事行かないと……」

 


 松原結那まつばらゆいな二十八歳は朝起きると直ぐに顔を洗い、メイクを始めた。鏡を見ると酷い顔をしていることに気がつく。


 ここ最近、帰ってくるのは夜の十二時に近い。繁忙期ということもあるが、仕事以外に生き甲斐が無いため仕事に打ち込みすぎている。



 いつも通りメイクを重ねる。目元のくまが見えなくなるくらいコンシーラーを重ね、目の周りは明るいアイシャドウを引く。


 仕事用の私服を着て、長めの明るい茶髪の髪を結って、カバンに荷物をまとめる。アクセサリー置き場の一番目立つ所に置いているブレスレットを腕につけて家を出た。


 家を出ると、ポストに一枚のハガキが入っていることに気がつく。


〈同窓会のお知らせ〉


「同窓会か……高校の……」


 昔のことを思い出して胸が苦しくなる。


 今日も仕事をしよう。仕事しか私には無い。

 そのまま職場に足を向けた。

 



「松原さんこの仕事も願い」

「松原さんこれってどうやるんですか?」

「松原さん今からこっちの仕事も行けますか?」

 全ての仕事に私は難なく対応する。



 ※※※



「はぁ………………」

「あんた、そろそろ断るってこと覚えないと過労死するわよ?」

「自分でもそう思う」


 私は疲れた顔の筋肉を動かし、口角を上げる。


「いいからそういう愛想笑い」

すみれにはなんでもお見通しかぁ」

「当たり前でしょ。結那と何年一緒にいると思ってんの」


 緑川菫みどりかわすみれは私の親友だ。高校からの友達で違う大学だったが、まさかの職場が同じになり、今も仲のいい親友でいてくれる。


「結那は仕事以外に楽しみ見つけるべきだよ」


 菫のその言葉に胸がチクリと痛む。

 無意識に左手のブレスレットを触っていた。



「まだ、忘れられないの?」

「うん――」

「ほんとに馬鹿よねー。なんで別れたのよ」

「あの時はあれが一番いいと思ったんだもん」

「はぁ……だったら早く忘れなさいよ。いい男ならいくらでも紹介するわ。女も紹介可。いい加減切り替えなさい。じゃないと過労死で死ぬわよ。親友に過労死で死なれるのはごめんだわ」


 菫は呆れた声で私にそう告げる。



 私にはどうしても忘れられない人がいる。


 高校生の頃に付き合っていた片桐凪砂かたぎりなぎさという同い年の女の子だ。すらっと身長が高く、ショートカットの良く似合う女性だった。


 片桐から高校二年生の頃に一目惚れしたと告白された。最初は付き合うとか分からないし、困惑もしたけど、菫からとりあえず付き合ってみたらという一声があって付き合うことになった。

 

 付き合ってからは寧ろ私の方がうざいくらい片桐を好きになってしまったと思う。片桐はクールだけれども本当に優しくて、みんなからも好かれていた。片桐が他の女の子と仲良くしてれば自分の中に黒い感情が現れ、そのせいで喧嘩をしたりもした。

 

 クールな片桐は言葉が少ないので、私のことが本当に好きで告白したのか分からないことが多かった。だから、大学で遠距離になる時、不安になり、私から別れを切り出した。


 大学でたくさんの人と出会い、私なんかよりもかわいい子に出会ったらそっちに行ってしまうのではないかと常に怖かった。それくらいなら、遠距離になることを理由にお互い忘れればいいと思ったのだ。

 

 

 今考えれば違う道も沢山あったのだろうけれど、あの時はあの選択が正しかったと思うしかなかった。後悔してもしきれない。



「で、高校の時あんた達はどこまで恋人としてそういうことしたわけ?」


 悪気のない親友の言葉が胸にグサグサと刺さる。


「キスまで……」

「はぁー? それなのにそんな引きずってるの!?」


 どこまでやったとか関係なく私は引きずっているのだ。今日は親友にメンタルをタコ殴りにされている。


 片桐と最後別れる前に、一度だけそういうことをして終わろうということになった。服を脱ぎ、お互いに愛し合って終わろうと決めたはずだった。


 結局、私の覚悟がなくて私が拒否してしまった。こういうことをしたら、一生、片桐のことを忘れられなくなりそうだったから怖かった。


私は彼女の想いからも逃げたのだ。


 あの時の彼女の辛そうな顔は今も忘れられない。


 私は沢山彼女を傷つけた。

 私が幸せになる資格なんて無いのだ。





『結那、私のこと好き?』

『大好きだよ。けど、自分に自信ない……』

『そっか。じゃあ、結那が私のこと好きな間はこれ持っててよ』


 最後の別れ際に片桐からもらったのが、私の左腕についているブレスレットだ。別れた時に、片桐のことを忘れるために思い出になる写真も、もらったものも全て捨てた。


 しかし、このブレスレットだけは捨てられなかった。


『結那が私のこと好きな間はこれ持っててよ』


 この言葉が呪いのように今も私のことを苦しめる。こんなことなら、片桐にたくさん嫌なことをして嫌われた方が良かった。


 私がぐるぐると頭の中で過去のことを考えていると、菫が明るい声で話しかけてきた。



「じゃあ、私と賭けをしよう」

「賭け?」


 菫は嬉しそうにバックから一枚のハガキを出した。


「これ、結那のところにも来てるでしょ?」


 それは、朝見た同窓会のハガキだ。


「私はこの同窓会に片桐凪砂は参加しないと思ってる」

「なんで……?」


 私はもしかしたら会えるかもしれないと思っていた。そんな淡い期待を親友は平気で潰してくる。


「あんたのことなんてとっくに忘れて、幸せになってると思うからよ。あんないい女、男も女もほっとかないからね」


 菫のその言葉に胸が何度もナイフで刺されているような感覚になる。


「片桐凪砂が同窓会に来たらあんたの勝ち、来なかったら私の勝ち。それで、私が勝ったらもう片桐凪砂のことは諦めると約束して。そのブレスレットも私が没収する」


「そんな……!?」


 私は会社なのに思わず大きい声が出てしまう。


「結那が賭けに勝ったら、結那の気持ちに従って動きなよ。ちょうどいい機会だわ。あなたも諦めるきっかけがないといつまでもズルズルと引きずるでしょ」


 菫の言うことは一見すると酷いことのように思えるが間違えていない。私は十年近く彼女のことを忘れられていない。


「結局、もう会う機会なんて同窓会しかないんだから、今回会えなかったら終わりにしなさい」


 私の親友は私の幸せを願ってくれる優しい人だ。菫の言うことに従うべきなのかもしれない。

 

「わかった……」

「よろしい。じゃあ、私とあんたで申し込んでおくからね」

「ありがとう」


 こうして、私たちは同窓会に参加することになった。

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