ヒュプノシス・クライシス 〜シスコン付与魔導師VSヤンデレ洗脳少女〜

水母すい

第1話 ハーレムVSシスコン

 俺は、俗に言うシスコンだ。

 妹のことを世界で一番愛する、典型的な生粋のシスコン。


 

 ――だが、それの何が悪い?


 

 人間、誰と誰が愛し合おうが自由だ。


 異性同士はもちろん、女同士でも、男同士でもいい(俺は嫌だけど)。年齢とか種族とか、そんなしがらみは本来なら関係ないはずなんだ。


 それが、人間の恋愛のあるべき形。

 

 ただ俺の場合、その相手が自分の妹だっただけだ。

 俺のシスコンは、決して罪じゃない。誰も俺を裁けない。


 あとここで前提として言っておくが、俺の妹は世界一可愛い。

 世界のすべての女子が眼中に入らなくなるほどに、可愛いのだ。


 優しくて兄想いで健気、おまけに家事全般が大の得意。

 俺にはとても勿体ないような、非の打ち所のない女の子。

 

 そう、俺の妹は完璧で究極。

 他の女子なんて、始めからアウトオブ眼中。


 そう、だからこそ。


 でも、俺は挫けない。





 

 俺のどうでもいいモノローグは一旦打ち切り、状況説明といこう。

 俺の妹の完璧さは十二分に伝わっただろうからな。


 まずはじめに、冒険者の俺はとあるパーティに入っている。

 内訳的には、俺の他には男が一人、女が三人の、計五人パーティ。


 ざっくりメンバーを紹介すると――



 フェルディナンド、剣士。

 クレア、女戦士。

 アリシア、僧侶。

 フェオリア、魔導師。

 アルク(俺)、付与魔導師。

 


 こういった感じだ。

 

 見ての通り、比較的攻防整ったパーティ編成ではある。

 俺以外。


 気づいた奴もいるかとは思うが、俺はいわゆる“蛇足”だ。

 魔導師がいるのに付与魔導師の俺がいる時点で、完全な蛇足。


 しかも付与魔導師の俺は、ジョブの分類的には〈バッファー〉だ。

 性質上目に見えて戦果を上げにくいし、何より地味。

 居ても居なくても特段困らない、空気。


 でも別に、自分の役割に不満があるわけじゃない。

 地味だけど、俺がいなければ勝てない場面は今までにもあった。多分。


 俺が本当に不満なのは、メンバー内での矢印の“方向”だ。

  

 


「さすがです、フェルディナンド先輩っ!」


 メンバーの一人、僧侶のアリシアのひと声。


 時系列は現在。場所は、魔物の出るダンジョンの16階層。

 遭遇した巨大な魔物を、全員で討ち倒したときのことだ。



「いやぁ、みんなの援護のおかげだよ。ありがとう」



 パーティの主力、フェルディナンドは爽やかな笑みとともにそんなクサい台詞を言ってのける。援護なんてほとんど受けずに一人で戦い抜いたくせに、どうしてこんな台詞が出てくるのか。


 でもまあ、仕方ない。

 感じの良いやつはだいたい、『みんな』って言葉を使いたがるもんだから。



「そんなこと言って、ほとんどアンタ一人で倒しちゃったじゃない」



 援護に入る隙もなかった女戦士、クレアは口を尖らせる。

 一応二人目の前衛だが、優秀すぎるフェルディナンドのせいで出番は少ない。



「ごめん、クレア。みんなに傷ついてほしくなかったからさ」


「そんなことばっかり……まあ、カッコよかったけど」


「そうですよ! やっぱり先輩はカッコいいです! 大好きです!」


「なっ、アリシア!? 何さらっと告白してんのよ!」


「別にいいじゃないですか! 先輩はみんなのものですし!」


「あ、あはは……。オレのために争うなって……」



 パーティの中心の三人の間で、和やかな会話が続く。

 俺はその輪には入らず、その側でひとり魔石拾いをする。

 

 はじめに言っておくが、このパーティはだ。

 もちろん俺ではなく、フェルディナンドの。


 フェルディナンドは、確かにこのパーティの中心、リーダーだ。

 顔はそこまで良くはないけど、話術が巧みで、女を口説くのが上手い。


 だからなのか女子メンバー三人の『好意の矢印』は、清々しいほどに皆揃ってフェルディナンドの方へと向いている。蛇足な俺には目もくれず、彼女たちはフェルディナンドを取り合うように日々ダラダラと争う。


 誰も俺のことを見向きもしない。

 


(マジでやってらんねー……)



 蛇足な上に、当たり前のようにハブられるお荷物。

 このパーティにおいて、俺に人権は皆無と言っても過言ではない。



「……ねぇ、手伝おうか?」



 何もかもが嫌になりかけていた俺を、とある声が呼び止めた。

 若干うんざりしながら、魔石拾いをしていた俺は振り返る。

 


「なんだよ、フェオリア。なんか用かよ」



 そこにいたのは、女子メンバー三人目、魔導師のフェオリア。

 フェルディナンド信者の一人にして、俺の幼馴染みだ。



「用とかじゃないけど……大変そうだから、手伝おうかなって」


「いらねーよ。お前らは楽しくハーレムしてればいいだろ」


「そんな言い方なくない……? ねぇ、まだ怒ってるの?」


「別に」

 


 さっき「誰も俺のことを見向きもしない」と言ったが、訂正する。

 こいつだけは、辛うじて幼馴染みとして俺に接してくれるから。



 ただ、前述の通り、こいつもフェルディナンドに心を奪われた女子の一人だ。俺とは別の男に恋している以上、俺に優しくする義理は本当ならないはず。それなのにずるずると付きまとってくるから、余計にたちが悪い。



「はぁ……そんな風にひねくれてるから、アルクは――」


「うるさい。お前こそ、俺にばっか構ってたら愛しのフェルディナンド様が取られちまうんじゃねーの?」


「っ、それは……そうだけど」


「だったらせいぜい、争奪戦に乗り遅れないようにするんだな」


「あんたって、私の敵味方どっちなの……?」



 正直、どっちでもない。

 一度拗れた以上は、俺もこいつとはあんまり関わりたくない。

 

 なんなら、このパーティで一緒にいることすらも嫌だ。仮にも昔からの付き合いの幼馴染みが、あんなありふれた男に奪われる様を見せつけられるのは、死んでも御免だから。



「……なんか、色々ごめんね」



 そう言い残して、フェオリアは去っていった。


 なんか、ってなんだよ。ごめんってなんだよ。

 今更いい子ぶる必要なんて、どこにもないだろ。



「うるせーんだよ」



 無意識に、俺は唇を噛んでいた。

 俺は、惨めだ。ここにいつまでも居続けたら、気が狂いそうになる。

 

 そんな、惨めな俺だからこそ。

 せめてもの慰めを、精神の安寧を、求めてしまうのかもしれない。


 他でもない、たった一人の家族に。




        ***




「あ、兄さんおかえり!」

 


 帰宅してすぐのこと。

 天使が、俺を出迎えてくれた。



「ああ、ただいm――」


「お仕事おつかれさま! お風呂にする? ご飯にする?」


「いや、抱き付くのはもうやめにしないか? いい加減恥ずいっていうか……」


「えー、だってわたしずっと一人でお留守番してたんだよ? これくらいいいでしょ、兄妹なんだし!」



 そう言って笑顔を振りまいてくれる彼女こそ、俺の妹のセリカだ。


 俺と同じ黒い髪に、エメラルドの瞳。髪型はツーサイドアップで可愛らしいが、貧乏なために安物の服を着ているのが唯一玉にキズといったところだ。まあ、もちろん似合ってはいるけど。

 

 歳はもうすぐ14になるが、俺を出迎るときにハグしてくる癖が中々抜けない。

 そんなまだ子供っぽいところも含めて、俺は妹としての彼女が大好きだ。



「……あと、うちに風呂なんてないだろ?」


「あっはは……言ってみただけだよ」



 自分の冗談に、セリカは曖昧に笑う。

 本当に、うちみたいな貧乏家庭に生まれたのが可哀想なくらいだ。

 

 性格も容姿も、こんな俺の妹として生まれてくるにはもったいない。

 もっと裕福な家庭に生まれて、両親の愛情を一身に受けて。

 この世のありとあらゆる幸せを享受しなければ、割に合わない。


 だから俺はまだ、セリカの兄貴として相応しくない。



「これ、今日の報酬。まだ少ないけど、前よりはマシになったと思う」


「わ、ほんとだ! さすが兄さん!」


「……あと、ごめんな。セリカ」


「えっ?」


「こんな、稼ぎの悪い兄貴でさ」



 こんな完璧な妹の兄貴だなんて、俺はまだ胸を張って言えない。

 どれだけあのパーティがクソでも、俺には頑張る理由がある。


 セリカを養うために、今よりももっと、もっと。

 俺は、頑張らないと――



「――そんなこと言わないで、兄さん」


「え?」


「わたしの兄さんは、兄さんだけだよ。稼ぎが悪いとか、そんなのぜーんぜん気にしてない。わたしの大好きな兄さんが兄さんで居てくれれば、わたしはそれだけで幸せなんだから」


「セリカ……っ」


「もー、泣いてないでご飯にしよ? 兄さんの好物のナシゴレン、作っておいたから」



 セリカの温かさと自分の情けなさで、涙が出てくる。

 俺は、なんて不甲斐ない兄貴なんだろう。


 幸せなのは、俺のほうだ。




 


「はぁ〜〜〜〜〜〜、マジであのパーティクソ過ぎるだろ!!」



 時は流れて、夕食時。

 少しの酒が入った俺は、盛大に愚痴をぶちまけていた。



「――付与魔法しか使えないし蛇足だからって、俺に全部押し付けやがってさぁ! なーにがハーレムパーティだよふざけんな! 誰のおかげでイチャイチャ出来てるのかわかってんのかよクソアマども!!」



 飲酒状態の俺は、自分で言うのもなんだが口が悪い。

 それでも、セリカは嫌な顔一つせずに聞いてくれる。

 


「ほんと……ひどいよね、兄さんのパーティの人たち。もっと兄さんをねぎらってあげたらいいのに!」


「そうなんだよ! もっと、労えよ……労ってくれよ……」


「でも、兄さんをねぎらうのはわたし一人で充分だけどね!」


「……そうだな。俺もセリカさえいれば、他には何もいらない」


「そ、そう? えへへ、なんか照れちゃうな〜!」



 俺の妹は、照れ顔も可愛い。

 どんな表情さえも、神様が魔法をかけたような愛らしさだ。


 俺には、セリカさえいればいい。


 どんな惨めな思いをしても、こうしてセリカと一緒にいれば、全部がリセットされる。セリカは疲れ切った俺を癒やす天使で、魔法使いで、俺だけの女神だ。



「こんな可愛い妹がいるだけで、俺は満足だよ……」


「も、もう兄さん! 恥ずかしいってば!」


「だからっ――俺は、絶対に挫けない!!」


「に、兄さん?」


「そんなに虐げられようと、セリカがいれば俺は無敵だ!!」

 


 なんとなく、かなり恥ずかしいことを言っている気がする。

 だが気にしない。これは紛れもない事実だ。


 俺には……俺たちには、この日常があればいい。



「そうだね。わたしも、兄さんのいない世界なんて考えられないよ……」



 二人で作り上げる、この日常が愛おしい。

 どこまでも共依存的な兄妹、それが俺たちだから。






 その日の夜。日は沈み、青白い月が空に輝く頃。

 セリカがぐっすりと寝ついたあとで、俺は寝床から起き上がった。


 酔いが回っているのか、少し頭痛がする。


 俺の一日は、まだ終わりじゃない。



「さて、もうひと頑張りしてくるか……」

 


 クローゼットに仕舞った戦闘衣を、静かに取り出す。

 セリカを起こさないように、俺はまた出発の準備を始めた。

 

 ただでさえ下っ端で蛇足、分前も少ない俺は、普段の報酬だけじゃとてもセリカを養いきれない。いいものを食べさせることだって、いい服を買ってやることだって、“贅沢”になってしまう。


 だから俺は、夜もダンジョンに潜る。

 その分の稼ぎは昼間の報酬と混ざってるから、セリカにはバレていない。


 すべては、俺が弱くて貧乏だから。

 セリカには心配をかけるようで悪いけど、許してほしい。



「行ってくるよ、セリカ」



 そっと戸を閉めて、家を出た。


 俺はもっと、頑張らないといけないんだ。


 この身を、どれだけ削ってでも。





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