神宮寺クリニック~内科医・神宮寺の処方箋~

KPenguin5 (筆吟🐧)

第1話 神宮寺クリニック

「佳子さん。今日はどうしたの?昨日より顔色良いじゃない。」

ここは小さな町の内科クリニック。今日も様々な症状を抱えた患者さんたちが訪れる。

僕は、ここの内科医。父の開いたこのクリニックを手伝っている。

「若先生。今日は、なんか胸が苦しくてねぇ。診てもらえやんかねぇ。」


僕の目の前にいる患者さんは、この近くに住む戸口佳子さん。

カルテによると86歳のおばあちゃんだ。診察のある日は、ほぼ毎日クリニックに来ては、世間話をして帰っていく。


僕は佳子さんの胸の音を聞いて、血圧を測り、腕や背中の触診をする。


「先生、佳子さんは先生に会いたくて通ってるんですよ。ね、佳子さん。」

佳子さんの横で様子をうかがっているのは、このクリニック開業当時から父と一緒に患者を診てきたベテラン看護師の曽根さん。

「若先生が診てくれるようになってから、佳子さん毎日通うようになったんですよ。」

「やだね。曽根ちゃん。私だけじゃないよ。若先生人気だから、みんな若先生に会いたくて通ってるんよ。」


「嬉しいね。ありがとう。でも、ここは病院だからね。

佳子さん、血圧も胸の音も脈拍も異常なし。この前の血液検査も異常なかったし、大丈夫だよ。」

僕は佳子さんの目を見て、にっこりとほほ笑んだ。

「先生、そんな笑顔で患者さんに微笑むから、患者さんの胸が苦しくなるんですよ。佳子さんだって、先生に恋煩いしてるんですって。」

曽根さんがからかい半分に言った。

「やだよ。曽根ちゃん、そんな恥ずかしいこと言わないでよ。」

佳子さんは顔を真っ赤にして、俯いた。

「なに年甲斐もなく照れてるんですか!!まったく、そんな元気なら病院来なくてもいいですよ!!」

「まぁまぁ、曽根さん。佳子さんが元気なのを確認するのも医者の仕事ですしね。佳子さん。まだお薬ありますよね。また、お薬切れたら来てくださいね。今日はもういいですよ。お大事に。」

そういうと、佳子さんは「ありがとう」と頭を下げて診察室を出て行った。


「もう、若先生は患者さんに優しすぎますよ。大先生とほんと一緒なんだから。」

曽根さんはもう父と20年ぐらい一緒にこのクリニックを切り盛りしてくれている。僕がまだ小学生だった頃、母が亡くなって父と二人になってしまった僕を母のように育ててくれたのも、この曽根さんだった。

「父さんは父さんだよ。さて、今日の患者さんはこれでお終いかな?」

「そうですね。佳子さんで最後です。」

「じゃ、今日はこれでお終い!!」

そういって立ち上がりかけたその時、


「先生。大変です!!ちょっと来てください!」

受付の鈴木さんの慌てた声が聞こえた。

待合のほうに駆けつけると、待合室に血だらけの男の子とその小学生を支えるように抱きかかえている泣きはらした男の子がいた。

この近くに住む健太と翔太の兄弟だ。

抱きかかえている方の弟、翔太に何があったのかもう一人の看護師の松井が聞いているが、翔太も気が動転しているのか、どうも的を得ないようだった。

「松井君。健太君が怪我をしているのかな。とにかく二人共処置室に入ってもらって。鈴木さん。親御さんに連絡を。」

処置室の処置台に寝かせて健太の様子を診た。


健太は、擦り傷と切り傷と打撲と小さい外傷ばかりだがあらゆるところに外傷があった。傷を見る限りどこか山の斜面のような所で転げ落ちたような傷だ。右足は捻挫をしている。意識はしっかりしているが頭部も打っている可能性があるので、大学病院に連絡を入れて搬送の手配をした。

一応の処置を済ませ、少し落ち着いたのか健太は横になって目をつぶっている。


翔太はその様子を泣きじゃくりながらずっと見守っていた。

僕は翔太に何があったのか聞いてみることにした。

「翔太君。よく、ここに連れてきてくれたね。ありがとう。君のおかげで健太君助かると思うよ。でも、何があったのかな?先生に教えてくれないかな。」

翔太も少し落ち着いたのか、深呼吸をして話してくれた。

「先生。怒らない?…健太を僕が突き落としちゃったんだ。」

「…突き落とした?どういう事かな。」

「健太と喧嘩したんだ。ママが僕に内緒で健太にホットケーキを焼いてたから、僕のママを健太がとったと思って、悲しくて。悔しくて。

だから、僕のママをとるなって言っちゃったんだ。そうしたら、健太、僕の大事な犬のぬいぐるみを僕から奪おうとして、それを取り返そうとしたら土手の斜面を健太が…わぁ。」

翔太はその時の状況を思い出したのか、また大声で泣き出した。

その翔太を僕は抱きしめて背中をさする。


「先生、お母さんが来られました。」

曽根さんが処置室に呼びに来た。

「わかりました。ちょっとお母さんと話す間、彼らを見ていてもらっていいですか?」

「わかりました。」


待合室で憔悴しきった様子で二人の両親が待っていた。

「あの、神宮寺先生。二人は大丈夫なんでしょうか?」

泣きはらした目のお母さんが僕に言った。

「大丈夫ですよ。怪我をしているのは健太君のほうですが、怪我のほうは一応の処置をしているので大丈夫です。健太君の意識もはっきりしていますし、でも念のため頭部の検査を受けるように大学病院の手配は入れていますので、後ほど搬送します。

翔太君は外傷はありませんので、大丈夫なんですが、すこし気になることがあったのでお話を伺ってもよろしいですか?」

「二人に合わせてもらえないんですか?」

お父さんが少し苛立ちを抑えながら僕に言う。

「今回のこの事故の原因は2人の喧嘩のようなんです。なので2人にお会いになる前に少しお話を伺えればと思って。

気になったのは翔太君が僕に言った『僕のママ』という言葉。なぜ、この言葉を使ったのかなって不思議に思いまして。

もし、立ち入ったことだとしたら申し訳ないんですが、きっと今回の事故の一番の原因なんじゃないかと思うんです。」


両親は顔を見合わせた。きっと僕に話すべきなのかどうか考えているんだろう。しばらくの沈黙の後、お父さんが口を開いた。

「健太と翔太は、腹違いの兄弟なんです。健太は前の妻との子供で、健太の母親は健太を生んですぐになくなりました。

その後、今の妻と結婚をして翔太が生まれました。だから、翔太は『僕のママ』と言ったのでしょう。でも、妻は2人を分け隔てなく愛情をもって育ててくれています。もちろん私も。だから…」

そういうと、ご両親2人共堪えていた涙が溢れてきたのか、顔を覆って俯いて肩を震わせた。

「そうだったんですね。わかりました。今は健太君は少し休ませているので、翔太君をとりあえず連れてきます。少しお待ちください。」


僕は処置室に戻り、翔太の前に跪いて言った。

「お父さんとお母さんが来てくれたよ。今日あったことをきちんとお父さんとお母さんに説明できるかな。大丈夫。お父さんもお母さんも君の事をそしてお兄ちゃんの事を一番大事に思っているから。

きっと、わかってくれるよ。大丈夫。先生と一緒に行けるかな。」

翔太は僕の目を真っすぐに見て「うん。」とうなずいた。

「よし、じゃぁ行こう。」


待合室に翔太を連れて行くと「翔太!!」とお母さんが翔太を抱きしめにきた。

「ごめんね。翔太。お母さん、もしかしたらあなたを寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれないね。ごめんね。」

「お母さん。お父さん。ごめんなさい。お兄ちゃんケガさせちゃった。ごめんなさい。」

翔太は泣きながら、でも今度はしっかりとした声で両親に謝った。

「お兄ちゃんの怪我も心配だけど、先生がきちんと見てくれていたからきっと大丈夫だよ。おまえも怪我がなくてよかった。

お前も健太も、お父さんとお母さんにとっては大事な宝物なんだよ。」

お父さんが翔太の頭を撫でながら、優しくそういった。


外から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。大学病院のドクターカーが来たらしい。

「お父さん、お母さん。搬送の車が来たようです。健太君をこれから搬送しますので救急車に同乗してください。大学病院で念のため頭部の検査を受けていただく手配はできていますので。」

サイレンの音を聞いた曽根さんと松井君が処置室からストレッチャーに乗せて健太を運んできた。

「健太!!大丈夫なの?…よかった。」

「お兄ちゃん、本当にごめんね。僕…」

「翔太。おれ、大丈夫だから。心配するな。」

健太はストレッチャーから右手を挙げて、大丈夫だと家族に笑顔でアピールしながら、救急隊にドクターカーに収納されていった。


「先生、ありがとうございました。」

そういってご両親と一緒に翔太も病院に向かって行った。


大学病院からの連絡で頭部には異常が見られず様子見で一晩入院をして翌日には退院したと連絡が入った。

あれから兄弟はより仲良くなったらしい。雨降って地固まるってやつかな。


「みんな、お疲れ様。とりあえず一件落着かな。」

「先生もお疲れさまでした。よかったですね。兄弟また仲良くいきますよ。」

曽根さんが僕の背中をたたいていった。

「そうだね。本当の兄弟だって色々あるだろうに、人と人なんだよね。子供とはいえさ。」

「そうですよね。…そういえば、今日は大先生、帰ってこられる日でしたね。あら、大変!!もうこんな時間じゃないですか!!お夕飯どうしましょ!!」

「もう、今日はウーバーでいいんじゃない?」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る