終章 新たなる時代の幕開け

第26話 皇雅国、再始動 ~左大臣の視点~

※役職や用語など並んでいますが、読み飛ばしていただいて問題ありません。




 ◇


 

 

「龍樹殿下の今後の処遇は」

「まさか紫電一位と白光一位が戻るとは……!」


 ようやく落ち着いた頃、皇城で行われた朝議は紛糾の様相を見せていた。


 第一皇子である魅侶玖みろく殿下をはじめとし、左大臣の俺こと九条、右大臣近衛このえに内大臣鷹司たかつかさ神祇じんぎ官)、おまけに太政だざい官と呼ばれる六官ろっかん(式部・治部じぶ・民部・刑部ぎょうぶ大蔵おおくら宮内くない)まで揃っている。

 もちろん皇雅軍四部隊(紫電しでん陽炎かげろう白光びゃっこう黒雨くろさめ)の一位と二位も同席なのだから、はっきり言ってむさくるしい。ほぼ全員男だし、役人は胡散臭いし、武人は屈強ぞろいだし――


「九条、場を整えろ」

「はい、はい」


 魅侶玖殿下は、俺の気がそぞろなのを見抜いて冷たい声を発する。

 大体、こんなに大人数を集めるのには訳があった。


「龍樹殿下はいずこや」

「第二皇子抜きで事を進めるか」


 あれほどの惨劇があったにも関わらず、こうして未だ第二皇子を推す勢力がなくなっていないからだ。というのも『剣の欲』であったがもたらした金銀財貨がまだ眠っているという噂があるからだ。龍樹が図ったか定かではないが、大蔵官に鑑定をさせたことで、それが事実として情報が根付いてしまった。

 

 平和が戻れば、再び金と権力がモノを言う。

 貴族の根本は、おいそれとは変わらない。


「情けなし……」

「夢?」

「ああ、はい、殿下。んん」


 下腹部に力を入れ、俺は言を発した。


静粛せいしゅくに。まずは国宝・青剣を見事持ち帰った紫電一位と白光一位を労う! 涼月りょうげつ夕星ゆうつづ、これへ」

 

 濃い紫色の束帯姿の涼月と、真っ白な束帯姿の夕星がそれぞれすくっと立ち上がり、魅侶玖殿下の前に跪座きざする(片膝を立ててひざまずくようにして座る)。

 涼月は老懸おいかけと呼ばれる、馬の尾の毛で扇形に作ったものを掛緒かけおで付けた冠を被り、夕星は黒い立烏帽子たてえぼしの正面に雑面ぞうめんと呼ばれる、白い絹に黒墨で人の顔のような記号が描かれた面布を着けて顔を隠している。


「困難の最中、よくぞ国宝を取り戻してくれた。皇雅国こうがのくには、そなたらの活躍によって守られたと言っても過言ではない。これからもようよう勤め、護国へ力を注いでくれ」

「は」

「は」


 皆がしんと首を深く下げるふたりを見守っている中、右大臣近衛このえと内大臣鷹司たかつかさだけはしゃく越しに冷ややかな目をしている。

 龍樹を推す勢力の筆頭であることは把握しており、なおかつ『女のくせに皇城へ我が物顔で参内さんだいする』白光一位・夕星を毛嫌いしていることも有名だ。


「妖しき女陰陽師など」

「こわや、こわや」


 わざと聞こえるようなを飛ばすのも、平和あってこそだ。

 せめて皇都中にあふれたあやかしどもを退治したことぐらいねぎらえないのか、と嫌悪で眉根がぴくりと動いてしまう。


近衛このえ鷹司たかつかさ


 魅侶玖殿下が突然名前を呼んだので、俺はそれを見透かされたかと内心驚いた。


「不満か?」

「殿下……不満と言うより懸念でございますれば」


 笏を顎に添えたままでのたまう右大臣の近衛は、ぶくぶくと太ったたぬきのような男だ。

 左大臣の俺はいつも弓を射て体形維持に努めているが、こやつは菓子と女をたしなむだけで蹴鞠けまりすらしない。長生きはせぬだろうと冷ややかに見ているが、その後釜を虎視眈々こしたんたんと狙っている内大臣の鷹司は油断ならない。


 龍樹へ皇帝簒奪さんだつ蜂起ほうきを促し、俺に呪術を施した主犯格と見て間違いないからだ。


 細い体躯の釣り目で狐のような面持ちが、右大臣と対照的なので、狐と狸めと思って見ている。


「なんの懸念だ」

此度こたびのあやかし騒動、陰陽師の仕業でないという根拠はどちらに?」


 ざわり。


「なんだと?」

「術を持って国宝を隠し、また現す。そのようなことができるのではと思う者も中には」

「……近衛。俺自身が証人だが。それでは不満か?」


 ざわり。

 

「なん、と」

「俺は、青剣の眷属とあいまみえた。今日はそれを皆に告げる」


 さすがの鷹司も、目を見開いている。

 魅侶玖殿下はすくっと立ち上がり、広間全体へ首を巡らせながら声を張った。武人のごとき威圧と自信が、体の内から溢れている。


真名まなを授かり、言葉を交わし。青剣の眷属は俺を認め、国宝は宝殿へ戻った。疑うなら、元通り輝きを放つ宝剣を、自らの足で見に行くが良い。にそれができるか?」

「うぐ」

「俺は、何体ものあやかしをこの手でほふった」


 ざわ!


 魅侶玖殿下ははしばみ色の瞳を細めて、顎を上げわざと見下すように視線を投げる。


「皇雅軍以外の、貴様らの誰かひとりでも! 自らの手であれを倒した、という者は名乗り出よ!」


 お互いの顔を見合わせる役人どもは、当然手も声も挙げない。


「命をむさぼりつくす、醜悪なあやかしどもをわざと発生させただと? 近衛よ。もしもそれを目論もくろんだことがはっきりとしたならば、そやつの首、この俺自らの手で斬ってくれる。それでどうだ」

「っ、は」


 ぶるり。


 第一皇子の迫力と覚悟に、この場で異議を唱えられる者などいない。なにより狐が目を逸らしたのが、小気味良い。


 静かに座す涼月と夕星は、魅侶玖へ対して無言で深く礼をするのみ。その様はまさに、絶対忠誠を誓うものであり、紫電と白光、黒雨はそれに追従するようにこうべを垂れた。


 一方の陽炎は、一位も二位も先の争いで失い、代理としているのは三位のみ。

 ひょうひょうと他人事のような顔をして座っている、燃えるような赤い髪の男で、紅の褐衣かちえと呼ばれる、狩衣よりもさらに簡易な服を身に着けている。手入れが行き届いていないのか、老懸おいかけはボサボサであるし、褐衣はこの場にふさわしくない。

 

 三位とはいえ、もう少し相応ふさわしい格好はないのか、と本来なら苦言を呈したいが今は緊急招集の朝議だ。

 あとで使いをやることにしよう、と内心で思うに留める。


「納得したなら良い。青剣の眷属曰くは、一刻も早く継承の儀をせよとのことだが。その方らは龍樹が継ぐべきだと思うか?」

「っ」

「……」

 

 青剣あおのつるぎの眷属と会い真名まなを授かった時点で、皇帝位は魅侶玖殿下に決定である。

 この場であえてそれを聞いたのは、徹底的に翻意ほんいを排除するためだと思っていた。

 

「猶予は、三日」


 だが、魅侶玖殿下から発せられたのは、意外な一言だった。


「俺が皇帝位に就くのが不満であるなら、三日で龍樹を立たせてみよ。それ以上は待てぬ。良いな」

 

 息を呑む役人どもの様子を一通り見終えると、どかりと座る。

 それを合図に、首を垂れていた涼月と夕星は静かに自席へと戻った。その間一言も発しないのがまた、不気味である。


「九条」

「は」

「皇雅軍はこの度の戦いでかなりの消耗をしている。被害状況を把握し、必要であれば再編を」


 返事をする前に、のんびりとした声に阻まれた。


「あのーぅ」


 最も末席から、赤髪の男が右手を挙げている。

 皇子殿下と直接話をしてよい身分ではないため、俺は魅侶玖殿下に目配せをした後、代わりに受けた。


「……なんだ」

「陽炎も、補充してもらえるんです?」

「当然だ」

「よかった~。なんか裏切り者扱いされてて心外なもんで」

 

 ざわ。


「言っときますけど、一位と二位の命令に従っただけですからねえ」

「貴様……」

「九条、良い」

「っ、は」

 

 

 ――食えない奴だ。


 

 俺の悪い勘がそう言っている。

 あえてこの場で愚かな発言を装い、魅侶玖殿下の言質げんちを得るとは。


「ああよかった。あ、ワイが繰り上がって一位ってことになります?」

「名はなんだ」


 俺が渋々尋ねると、赤髪の男はニヤリと笑った。


那由多なゆた。ほんじゃ二位は勝手に指名しときま」

 

 口の中からは、ぎざぎざの前歯と長い舌が見える。

 並んで座る他の皇雅軍一位二位は、無表情のままだ(黒雨は覆面であるし、夕星は面布で分からないが)。

 

 


 ――この朝議をもって、皇雅国は新体制での動きが開始された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る