終章 新たなる時代の幕開け
第26話 皇雅国、再始動 ~左大臣の視点~
※役職や用語など並んでいますが、読み飛ばしていただいて問題ありません。
◇
「龍樹殿下の今後の処遇は」
「まさか紫電一位と白光一位が戻るとは……!」
ようやく落ち着いた頃、皇城で行われた朝議は紛糾の様相を見せていた。
第一皇子である
もちろん皇雅軍四部隊(
「九条、場を整えろ」
「はい、はい」
魅侶玖殿下は、俺の気がそぞろなのを見抜いて冷たい声を発する。
大体、こんなに大人数を集めるのには訳があった。
「龍樹殿下はいずこや」
「第二皇子抜きで事を進めるか」
あれほどの惨劇があったにも関わらず、こうして未だ第二皇子を推す勢力がなくなっていないからだ。というのも『剣の欲』であった
平和が戻れば、再び金と権力がモノを言う。
貴族の根本は、おいそれとは変わらない。
「情けなし……」
「夢?」
「ああ、はい、殿下。んん」
下腹部に力を入れ、俺は言を発した。
「
濃い紫色の束帯姿の涼月と、真っ白な束帯姿の夕星がそれぞれすくっと立ち上がり、魅侶玖殿下の前に
涼月は
「困難の最中、よくぞ国宝を取り戻してくれた。
「は」
「は」
皆がしんと首を深く下げるふたりを見守っている中、右大臣
龍樹を推す勢力の筆頭であることは把握しており、なおかつ『女のくせに皇城へ我が物顔で
「妖しき女陰陽師など」
「こわや、こわや」
わざと聞こえるような
せめて皇都中にあふれたあやかしどもを退治したことぐらい
「
魅侶玖殿下が突然名前を呼んだので、俺はそれを見透かされたかと内心驚いた。
「不満か?」
「殿下……不満と言うより懸念でございますれば」
笏を顎に添えたままでのたまう右大臣の近衛は、ぶくぶくと太った
左大臣の俺はいつも弓を射て体形維持に努めているが、こやつは菓子と女を
龍樹へ皇帝
細い体躯の釣り目で狐のような面持ちが、右大臣と対照的なので、狐と狸めと思って見ている。
「なんの懸念だ」
「
ざわり。
「なんだと?」
「術を持って国宝を隠し、また現す。そのようなことができるのではと思う者も中には」
「……近衛。俺自身が証人だが。それでは不満か?」
ざわり。
「なん、と」
「俺は、青剣の眷属とあいまみえた。今日はそれを皆に告げる」
さすがの鷹司も、目を見開いている。
魅侶玖殿下はすくっと立ち上がり、広間全体へ首を巡らせながら声を張った。武人のごとき威圧と自信が、体の内から溢れている。
「
「うぐ」
「俺は、何体ものあやかしをこの手で
ざわ!
魅侶玖殿下ははしばみ色の瞳を細めて、顎を上げわざと見下すように視線を投げる。
「皇雅軍以外の、貴様らの誰かひとりでも! 自らの手であれを倒した、という者は名乗り出よ!」
お互いの顔を見合わせる役人どもは、当然手も声も挙げない。
「命を
「っ、は」
ぶるり。
第一皇子の迫力と覚悟に、この場で異議を唱えられる者などいない。なにより狐が目を逸らしたのが、小気味良い。
静かに座す涼月と夕星は、魅侶玖へ対して無言で深く礼をするのみ。その様はまさに、絶対忠誠を誓うものであり、紫電と白光、黒雨はそれに追従するように
一方の陽炎は、一位も二位も先の争いで失い、代理としているのは三位のみ。
ひょうひょうと他人事のような顔をして座っている、燃えるような赤い髪の男で、紅の
三位とはいえ、もう少し
あとで使いをやることにしよう、と内心で思うに留める。
「納得したなら良い。青剣の眷属曰くは、一刻も早く継承の儀をせよとのことだが。その方らは龍樹が継ぐべきだと思うか?」
「っ」
「……」
この場であえてそれを聞いたのは、徹底的に
「猶予は、三日」
だが、魅侶玖殿下から発せられたのは、意外な一言だった。
「俺が皇帝位に就くのが不満であるなら、三日で龍樹を立たせてみよ。それ以上は待てぬ。良いな」
息を呑む役人どもの様子を一通り見終えると、どかりと座る。
それを合図に、首を垂れていた涼月と夕星は静かに自席へと戻った。その間一言も発しないのがまた、不気味である。
「九条」
「は」
「皇雅軍はこの度の戦いでかなりの消耗をしている。被害状況を把握し、必要であれば再編を」
返事をする前に、のんびりとした声に阻まれた。
「あのーぅ」
最も末席から、赤髪の男が右手を挙げている。
皇子殿下と直接話をしてよい身分ではないため、俺は魅侶玖殿下に目配せをした後、代わりに受けた。
「……なんだ」
「陽炎も、補充してもらえるんです?」
「当然だ」
「よかった~。なんか裏切り者扱いされてて心外なもんで」
ざわ。
「言っときますけど、一位と二位の命令に従っただけですからねえ」
「貴様……」
「九条、良い」
「っ、は」
――食えない奴だ。
俺の悪い勘がそう言っている。
あえてこの場で愚かな発言を装い、魅侶玖殿下の
「ああよかった。あ、ワイが繰り上がって一位ってことになります?」
「名はなんだ」
俺が渋々尋ねると、赤髪の男はニヤリと笑った。
「
口の中からは、ぎざぎざの前歯と長い舌が見える。
並んで座る他の皇雅軍一位二位は、無表情のままだ(黒雨は覆面であるし、夕星は面布で分からないが)。
――この朝議をもって、皇雅国は新体制での動きが開始された。
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