第19話 蜂起 ~龍樹 抄~
「お美しい」
「清宮様の美貌を想像するに難くない
「並みの姫では
「いやはや」
幼心に、男への誉め言葉だろうかと首を傾げながら、濡れ縁にかしこまって座り、ただ口角を上げていた。
庭では狩衣姿の男たちが、
部屋の奥、
「龍樹。こなたは皇帝になる者ぞ」
「はい、ははうえさま」
「あれらは皇城の中枢におわす者どもじゃ。ようよう、覚えめでたく振る舞うのじゃぞ」
「はい」
覚えめでたく振る舞う。
覚えめでたく振る舞う。
覚えめでたく振る舞う……
誰もかれも、余の顔しか見なくなった。
◇
後宮主殿にある
調度品は
「ウキャキャ、
目の前に置かれているのは、金銀財貨の山だ。黒い鉄箱に雑多に入れられている。
「国宝の眷属というだけはあるか。本物ならばな……
脇に控えていた紺色の
「はっ」
「キャキャ、手厳しいっ」
ぬえと名乗った怪しげな存在をそのまま
国宝の眷属であるのならそれを証明しろと言うと、無理難題を三つまで叶えると言われたので――ひとつめは雨を晴れに、ふたつめは首を縦に振らなかった姫を後宮に
みっつめは、確信を得るためと言うよりも、
「そちが真に
金銀を見て目の色を変えているであろうが、ここから見えないのは幸いだと自嘲の笑みを噛み殺す――実の母が欲望に目をギラつかせている姿は、子として見たくはないものだ。
「主君を見定め、その欲を叶えることにございまする!」
ぬえは、少年らしい無邪気な笑顔で言い放つ。
「見返りは、なんだ」
「我が欲は、主君の欲を
なんだそんなことか、と内心でほくそ笑む。
大蔵が、本物であると目で合図したのを確認し、鷹揚に告げる。
「そなたを眷属と認める。我が欲、喰らいつくしてみよ」
それを聞いたぬえは、正座して声を張った。
「ちぎり、なせり!」
その日から、夜の闇が訪れるたび、不気味なヒョウヒョウと鳴く声が後宮にこだまするようになり、次々と姫や女官たちが病んでいった。
◇
余の心は、乱れに乱れていた。
自室でひとり、
「なんで! なんでっ……」
あれほど周りをうろちょろしていた、
いくら呼んでも現れないことに、一人で焦っていた。
皇都近郊にもいよいよあやかしが出没したとの
腹違いの兄である魅侶玖は、皇帝の座にまるで興味がない態度だったから油断していた。おまけに「龍樹様こそふさわしい」「栄華の世を、共に過ごしましょうぞ」などと持ち上げられ、満更でもなかったのもある。
ところが、あやかしが出没し始めてから、状況が一変する。
地方
「できるだけ早く軍を派遣してくれ」
「陰陽師はもういないのか」
「補給はまだか」
何度も焦燥した様子の使いが直接皇城までやってくるようになると、皆が皆震えあがったのである。
お喋りや歌、楽器を
次々と舞い込んでくる
幼少時から武家筋の稽古に交じり、剣の腕を磨いてきた第一皇子は、当然紫電を動かすのも
恵まれた身長や体躯、泰然とした雰囲気は、皇帝というよりは武人と言われた方がしっくりくる。
そのことが、余計
遥か昔に国宝青剣を
「いやだっ! 余が、皇帝になるんだっ、……ならなくちゃっ……」
魅侶玖、魅侶玖と皇城では兄の名しか聞こえない、自分は呼ばれない。もはや自分の居場所すら分からない。
だから『皇帝』という地位に
ちりりん。
ぶるぶると震えが止まない手で、どうにか手元にある鈴を鳴らすと、紫の
「内大臣。九条は?」
振り乱した頭髪を整えもせず、上から睨みつける。
「
内大臣は狐目を一層つり上げて微笑んでから、
「あいわかった」
――兄者。誰もがあなたのように、強いわけではない。余の居場所を、どうか取らないで。
「内大臣よ。術は敷いてあるな?
「兄君はいかがいたしまするか」
「……捕らえる」
「は」
後戻りは、もうできない。
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