第15話 不気味な予感
ヒョウ、ヒョウ。
ヒョウ、ヒョウ。
相変わらず続く、後宮の夜に響き渡る不気味な鳴き声は、女官たちを次々と
どこから聞こえてくるのか。
なんの鳴き声なのか。
謎に包まれたまま、不快な声だけが夜の後宮を襲っていた――かに思われた。
「夜宮様。しばらくお部屋からは、決して出ないように」
「愚闇……それは分かったけれど、いったい何が起きているの?」
「判然としませんが、何かが入り込んだ様子」
「! まさか、あやかしの
「分かりません。……だが、命を吸っている気配がいたします」
「助けに行かないの!?」
「オイラの役目は夜宮様の護衛です。後宮護衛方がいますから、そちらが対処するでしょう」
「そ、か……」
烏天狗の能力は分からないが、愚闇の言うことは確かだろう。その証拠に、玖狼が沙夜の側から片時も離れようとせず、耳は立てたまま喉がグルグル鳴っている。
そこへ、
「すず、どうしたの!? 顔が真っ青」
「夜宮様……お、おそろしくて……」
震える手で懸盤を床に置いてから、ようやく深呼吸をし、落ち着きを取り戻してから告げる。
「
「!!」
「原因が、わからず……その、死にざまもまた、おそろしくて……」
すずいわく、顔中が真っ赤な
よほど恐ろしかったのか、胸元に入れた『護身の札』に手を添えるようにして、背を丸めて縮こまっている。
「朝のお勤めが終わって、いつものように皆でおしゃべりを楽しみながら、
ガクガク震える肩を、沙夜は寄り添ってさすった。自分もまた
意味も分からず奪われたものとは違う。ましてや、おしゃべりをするような仲の者たちであるなら、なおさら恐ろしいだろう。
「うう、うううう、すみません……」
「いいのよ。そんな大変な時に世話をありがとう。大丈夫よ、すず。ここなら愚闇も玖狼もいるわ」
「夜宮様……」
ぎゅううう、と襟元を握りながら
「柘榴……」
ぎ、と宙を睨む愚闇の視線が、鋭くなった。
◇
夜宮といったか。
第一皇子殿下に召し抱えられたばかりか、ギー様のお取り計らいで護衛に隠密がつくなどと――もののけとは言っても、
平民から更衣などはありえぬ処遇であるし、特別扱いが過ぎるのではないか。
わらわは望まれて参内したというのに、殿下のお声は掛からず、ひとりで
ああ憎しや、憎し。
ああああ、憎し。憎うて憎うて――憎しニクシクシクシャシャシャ……
◇
それからの沙夜は、いたずらに時を消費していた。
魅侶玖の見舞いに行くことはできず、かといって後宮の中でできることは、なにもない。
夏の終わりだというのに、日が落ちてもじめりとした空気がまとわりつく。それは何も、気温のせいばかりではない。
後宮というのは、ただでさえ負のものが溜まりがちのため、それらを浄化する仕掛けが
「わたしの部屋って、次々不幸がやってくる、呪いの宮って言われてるみたいだね。果ての次は呪いかあ」
呆れたような、諦めたような顔をして、沙夜は
ヒョウヒョウと鳴くような不思議な声は、夜になると必ずやってくる。
心がざわつく。言いようのない不安に襲われるようなこの感覚は――異常としかいいようがない。その証拠に、姫たちは恐怖や焦燥でますます部屋に引きこもり、女官たちは次々辞めていっているそうだ。人手不足のため、すずは何部屋も掛け持ちすることになってしまい、こちらにはあまり来られなくなってしまっている。
沙夜も例に漏れず、悪いことばかり考えてしまっていた。だからこうして、愚闇や玖狼が話し相手になってくれているのは、ありがたかった。
「……あやかしを消せたんなら、
「っ、それは! だめです」
即座に否定する愚闇に、沙夜はくすりと笑ってから、部屋の片隅で
「だめってことは、できるってことだよね」
「う」
「おのれ愚闇……
沙夜の脇に寝そべっていた玖狼が、すかさず顔を上げて愚闇を叱りつける。
「玖狼、怒らないで。なんとなくだけどね、不思議な力が湧いてくるような感覚があって」
「「!」」
沙夜の
ヒョウ、ヒョウと鳴く声が遠くなったり近くなったりする。
「魅侶玖殿下に、目が瑠璃色になったって言われてからかな。胸の奥が、熱いような、懐かしいような」
愚闇が背後でごくりと息を呑む一方で、玖狼が諭す。
「そうか……沙夜。おぬしの中にあるものは、特別なものだ。だが、決して拒まないで欲しい」
たち、と柔らかな玖狼の足裏が、木の床を打つ。
立ち上がった獣は、何かを確かめるかのように沙夜の顔をじっと覗きこんだ。
「とくべつ? こばむ?」
「うむ。強い力を持つのを単純に喜ぶ者と、望まぬ者がおるだろう? 沙夜は後者だろうからな。受け入れよ、さすれば道は繋がる」
「さすが玖狼、わたしの性格をよく分かってるね。そっか……受け入れる……」
複雑な表情をして胸に手を当てる沙夜に、たまらず愚闇が言葉をかけた。
「俺らが、ついてますから!」
「うん」
(みんな、死んじゃった。けど、わたしは今、ひとりじゃない。)
ほわりと胸の内が温まる。それから、感覚が研ぎ澄まされた。視界がより澄み渡ったようで、今まで目に入らなかったものも見える気がする。
「ありがとう愚闇。……なにか、様子がおかしくなってきたわ。そんな気がしない?」
「え? ……! 確かに」
どこがどう変というわけでもない。なんとなく嫌な予感がする、という程度の違和感だ。
「うぅむ、まずいな。なんぞ来よるか」
玖狼がグルルルルと低い唸り声を出しながら、耳をぴくぴくと動かす。
「来るって、何が」
沙夜のその問いには、愚闇が無言で抜刀することで応えた。護衛の殺気は、危険な相手に対しての
と――
ふっ、と辺りがもう一段暗くなった。
宵の口の薄暗さが漂っていた外の空気は、気づけば濃い紫色に染まっている。
「ふは。まるで冥だな。
「玖狼!?」
「案ずるな沙夜。さあて、鬼が出るか蛇が出るか」
「どっちも嫌だよ!?」
「がっはっは!」
チャキ、と忍刀の
愚闇から、更なる殺気が
シャー、シャー、シャーッ……
空気音のようなものを発しながら、やって来たのは――
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