第21話

 婚約式は教会から大司祭を呼んで王宮で行われる。

 王族や大臣、一部の高位貴族たちが出席し、彼らの承認を得て婚約成立となるのだ。

 大司祭による祝福に続いて、出席者の署名が書かれた書類へ最後に自分たちが署名をして、婚約式は無事に終わった。


(本当に婚約しちゃったんだ)

 この王宮の夜会に初めて参加したのは二ヶ月ほど前だ。

 わずか二ヶ月の間にルーカス様と出会って、婚約して……なんだか不思議だ。

(貴族の婚約や結婚てそういうものなのかな)

 政略結婚が基本だから、自分の感情よりも家柄や立場のバランスが優先される。

 まあ、私の場合は逆の意味で家柄を見込まれたんだけれど。


(それにしても疲れた……)

 大したことはしていないけれど、精神的に疲れた。

 何せ地位の高い人たちばかりなのだ、緊張するなという方が無理だと思う。

「ご苦労だったな。夜会の準備が始まるまでしばらく休むといい」

 控室のソファに座り大きく息を吐くと、隣に腰をおろしたルーカス様が頭を撫でた。


「失礼いたします」

 ドアが開くと、ルーカス様の護衛が入ってきた。

「司祭が挨拶をしたいと来ているのですが、いかがしましょう」

「司祭? 誰だ」

「黒髭で、ロドレスという名の者です」

「通せ」

 ルーカス様は護衛に命じた。


 先日、教会の帰りに襲われた後。

 私の護衛になったデニスが割れた魔法石と、私を守った謝礼を司祭の元へ持っていった。

 司祭は心底驚いた様子だったという。

 数日後、家に魔法石が家族分届いた。



 しばらくして黒髭司祭が現れた。

「本日はおめでとうございます」

 深々と頭を下げると、司祭は私へ向いた。

「先日は驚きました。ご無事でなによりです」

「……ええ、魔法石のおかげで助かりました」

「お役に立てて何よりです。それで、犯人は分かりましたでしょうか」

「いや、まだ調査中だ」

 ルーカス様が答えた。

「さようでございますか……。私の方でも調べてみたのですが、実は襲撃犯のこととは別の件が耳に入りまして」

「別の件?」

「はい。この婚約に不満を持つ一部の貴族が、本日の夜会を妨害しようとする動きがあるとの話でございます」


「ほう」

 ルーカス様は不快げに眉をひそめた。

「妨害とは、どういうことだ」

「詳しくは分かりませんが……レベッカ様がお妃になるには相応しくないと恥をかかせるとか」

 恥をかかせるって……もしかしてワインをかけるとか、高笑いしながらバカにするとかそういうやつ!?

 ちょっと見てみたいと思ったのが顔に出たのか、ルーカス様が呆れ顔で私を見た。

「分かった。気をつけることにしよう。情報提供感謝する」

「いえ。私はお二方のお味方でございますから」

 もう一度深く頭を下げると司祭は控え室から出ていった。


「ああやって自分は使えるということをアピールしたいのだな」

 ルーカス様が言った。

「あの男は金にがめついが、金さえ手にできれば満足なようだ。こちらの味方になることが利になると思わせておけば役に立つだろう」

 確かに、魔術師としての腕はありそうだものね。

「レベッカは大丈夫そうだが、くれぐれも気をつけろよ」

「はいっ」

 笑顔で頷くと、ルーカス様は少し困ったような顔をしながら、それでも微笑んで私の頭に手を乗せた。


  *****


 大広間へ入る、王族専用の扉を使うのは二回目。

 前回はおまけだったけれど、今日は主役なのだ。

「レベッカ」

 さすがに緊張していると、ルーカス様の声が聞こえた。

「大丈夫。今日のレベッカは最高に綺麗だ」

「……ありがとうございます」

 美形の笑顔と言葉に顔が熱くなる。

 ルーカス様も騎士服の礼装に身を包んでとてもカッコいい。


「それでは開きます」

 侍従の合図で扉が開かれると、音楽と共に白いものが舞い込んできた。

(わあ!)

 たくさんの花びらが私たちを包み込むように舞っている。

「レベッカ」

 見惚れているとルーカス様に促され、歩き出した。


「ご婚約おめでとうございます!」

「おめでとうございます殿下!」

「おめでとうございます、レベッカ嬢!」

 声をかける人々の間を歩き、私たちは玉座に座る国王と王妃両陛下の前に立った。


「ルーカス。お前も無事婚約者が決まり安堵した。良き相手を見つけたな」

 ルーカス様に向かってそう言うと、国王陛下は私を見た。

「レベッカ・リンデロート嬢。未熟な息子だが、二人力を合わせて王太子を支えてくれ」

「はい」

 スカートの裾をつまみ礼を取る。この仕草にもかなり慣れてきた。

 陛下は立ち上がると会場を見渡した。

「第二王子の婚約が無事成立した。若い二人の未来と、王国の繁栄を願い、皆も共に祝ってくれ」

 わあっと歓声が大広間に響いた。



 緊張しながらも無事に二人きりのファーストダンスを踊り終えた私たちの周りに多くの人々が集まってきた。

「おめでとうございます、殿下」

「レベッカ様、おめでとうございます」

 離れた所からは悪意や嫉妬のこもった視線を感じるけれど。

 近づいてきた人たちは好意的なように感じる。

(やっぱり、ただの伯爵令嬢が王子の婚約者になるのは抵抗があるよね)

 ドリス様曰く、私たちの婚約に好意的なのは下位貴族の人々だという。

 侯爵以上の人々からは、あまり好ましく思われていないそうだ。

(まあ、分かっていたことだけど……)


「この度はご婚約おめでとうございます」

 人々の間から男性が現れた。

 今日も黒い影をまとうアグレル侯爵だ。

「とても喜ばしいことですが……殿下のお相手が伯爵家とは、心許ないですな」

 不快感を与える視線が私を捉えた。

「やはりお相手には相応しい家柄の者を選ぶべきかと」

「侯爵は、俺を侮辱したいようだな」

 ルーカス様の冷たい声に、周囲から動揺するざわめきが広がった。


「いえ、そのようなことは……」

「祝いの席で主役を陥れるような発言をするような品性では、せっかくの良い家柄が台無しだな」

「な……」

 怒りと羞恥で、かあっと侯爵の顔が赤くなった。


「リンデロート伯爵家は由緒もあり、商会は国の発展にも役立っている、国として重要な家の一つだ。爵位だけで判断するのは浅はかだな」

 そんな侯爵に冷たく言い放つと、ルーカス様は私の肩を抱いた。

「何より、レベッカは俺の初恋相手だ。ずっと昔から結婚するならレベッカだと決めていた」

 周囲から悲鳴のような黄色い歓声が上がった。


(え……ずっと昔から?)

 ルーカス様と出会ったのは二ヶ月前なのに。

「レベッカ。ここは空気が悪いから行こう」

 私の肩を抱いたまま、ルーカス様は歩き出した。



 一通り大広間内を歩き挨拶や祝福を受ける。

 心なしかさっきまであった悪い視線が消えたような気がする。

「初恋なんですって!」

「ずっと殿下が片思いしていたとか」

「どうしても忘れられずにいたのを探し出したんですって!」

 待って、さっきの殿下の言葉にもう尾ひれが付いて広まっているんですけど!?


「少し外の空気を吸うか」

 ルーカス様に促されてベランダへと出た。

 夜風が気持ちいい。

「疲れたか?」

「いいえ。……それよりも」

 首を横に振ると、ルーカス様を見上げる。

「さっきの……昔から私と結婚すると決めていたとか、あんな嘘……。皆信じちゃっているんですけれど」

「嘘ではない」

「え?」


「君は覚えていないだろうが、俺たちは幼い時に一度会っている」

 私を見つめてルーカス様はそう言った。

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