第19話
「失礼いたします」
ノックされたドアが開くと、例の黒髭司祭が入ってきた。
「大司祭に代わりご挨拶いたします、ロドレスと申します。本日はご苦労様でございました」
深々とお辞儀をすると、司祭は私に向いた。
「実にお可愛らしいご令嬢ですね。ご婚約、心よりお喜び申し上げます」
「……ありがとうございます」
黒髭司祭は五十代くらいだろう、太めの体型で、いかにもお金が好きそうな雰囲気を出している。
「このようなおめでたい日ではございますが……内密のお話がございます」
揉み手をしながら司祭は言った。
「何だ」
「はい。実は……未遂ですが、王太子殿下のご婚約者様を狙った事件が二件ございまして。その犯人をお伝えしたいと」
「え?」
思わずルーカス様の顔を見た。
二件の事件とは、赤竜が王宮に現れたことと、公爵家の夜会で侵入者がいたことだろう。
この司祭がその事件と犯人を知っていて、それを私たちに教えるって、どういうこと!?
「ほう。興味深い話だな」
顔色一つ変えずにルーカス様は口を開いた。
「どういうことだ」
「は……実は、アグレル侯爵閣下が、以前よりご息女を王太子殿下の妃にしたいと望んでおられまして……それで教会所属の魔術師に、婚約者のシェルマン公爵令嬢を排除するよう依頼したのでございます。依頼は失敗したのですが……魔術師が後悔の念にかられ、私へ罪を懺悔したのです」
「その魔術師はどうした」
「彼は懺悔後、自ら命を絶ちました」
司祭は顔を手で覆った。
「真面目な青年でしたのに、どうしてそんなことをしてしまったのか……。私は彼の死を無駄にしないために、こうして代わりに真実を明かそうと思ったのでございます」
「そうか。話してくれたことは感謝するが。アグレル侯爵がドリス嬢を狙ったという証拠はあるのか?」
「いいえ、ございません。依頼は口頭だけで……報酬もまだ受け取っていなかったと」
ルーカス様の言葉に首を横に振って答えると、司祭は私を見た。
「ただ、彼は最後に……侯爵閣下は、二回失敗したので第二王子殿下へ狙いを代えるのだと言いました」
え、それって……。
「ほう。つまりドリス嬢の代わりにレベッカを襲い、娘を俺の婚約者にしようというのか」
感情を抑えているけれど、ルーカス様の目と声が怖い。
「は、はい。さようでございます……。そうして殿下を王太子にさせるのだと」
司祭もルーカス様の怒気におびえながら頷いた。
「ほう。俺を王太子にか。くだらないな」
「は……それで、そのようなことを知った以上、私も何もしないわけにはいかないと思いまして……お嬢様にこれを」
そう言って、司祭が差し出した手の上には小さくて光沢のある、白い石があった。
「こちらを身につけてくだされば、万が一襲われた時にこの石が守ります」
「こんな石が?」
ルーカス様が胡散臭そうに眉をひそめた。
「魔法石といって、私が魔力を込めたもので、攻撃を弾く効果がございます。ぜひお持ちください」
「……ありがとうございます」
私は石を受け取った。
「お嬢様は後ろ盾も弱く心細いでしょうが、私はお二方の味方です。いつでも頼ってください」
深く頭を下げて司祭は部屋から出て行った。
「それは本物か?」
受け取った魔法石をにぎにぎしているとルーカス様が尋ねた。
「はい。とても強い力を感じます。本当に今の司祭がかけたものならば、腕は確かですね」
水の魔術師が魔力をを込めた魔法石は、お守りとして旅人やギルドの戦士たちに人気がある。
簡単な結界を張ることができて、弱い魔物なら近づけないし、相手が人間でも一度なら攻撃を弾く効果がある。
その強度は術者によって様々だが、この石は魔力も強く感じられてかなり高価なものだ。
おそらく、ギルド時代の給与二カ月分はするだろう。
「今の話……どうしてあんなことを話したのでしょうか」
犯人がアグレル侯爵だというのは、疑われていたから意外ではないけれど。
でも侯爵と司祭は親しいと聞いていたのに、告げ口するなんて。
「可能性としては、仲間割れだろうな」
思案してルーカス様が答えた。
「仲間割れ?」
「ドリス嬢襲撃が二回とも失敗に終わり、狙いがレベッカに代わった。失敗した司祭を侯爵が切ったのかもしれない。司祭としてもこれ以上侯爵と手を結ぶよりもレベッカに近づいた方が利になると思ったのだろう」
「私の方が利になる……」
「侯爵が手に入れた権力のおこぼれをもらうよりも、自分がレベッカの後ろ盾に直接なった方が取り分は多いと計算したんだろう」
ルーカス様は私の手から魔法石を取った。
「侯爵に協力し自害した魔術師というのは怪しいな。司祭自らが協力したのを隠すために架空の存在を作ったのかもしれない」
「それは、思いました。その石から感じる魔力と、公爵家で感じた魔力は同じですから」
「同じ? 魔力というのは人によって違うのか?」
「はい。魔力の量や強さ、性質には個性があります。これほどの力がある魔力を持つ者は、そうはいないと思います」
「……その魔力は、普段から分かるものなのか」
「いいえ、魔法を使ったり、この石のように魔法をかけたものに残っています」
「ならば、司祭にレベッカが魔術師であることはバレていないな」
「それは大丈夫です」
もしも二つの事件の時にあの司祭もその場にいたならば、私の魔力を知っているだろうが。
今日は使ってはいないから、それが私のものとは分からないだろう。
「ではこれからもバレないようにしないとならないな」
「はい」
「司祭はしばらく泳がせておこう。レベッカを守る力として使えるだろうし、侯爵の策略を暴く方が先だ」
ルーカス様は魔法石を私の手に戻した。
「侯爵がレベッカを狙っているならば、すぐにでも護衛をつけるよう手配しよう」
「護衛?」
「ああ。リンデロート伯爵家の者たちもだ。家族を狙う場合がある」
「家族も……」
私だけでなく、両親や弟も狙われる可能性があることに気づいてゾッとした。
「俺が守るから、そう心配するな」
思わず魔法石を強く握りしめてしまった私の手を取り、ルーカス様はその甲にキスを落とした。
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