第18話
馬車が三台は並んで走れるだろう、真っ直ぐに伸びる広い道の先には大きな建物があった。
白い石を積み上げて作られた、幾つもの塔がある教会だ。
道を行き交う人々の服装は貴賤問わずさまざまで、幅広く門戸が開かれていることが分かる。
(これだけの土地と建物を持てるということは、相当お金があるってことか)
教会には貴族も平民も集まる。
幅広くかなりの支援を受けているのだろう。
私はルーカス様と一緒に教会へ向かう馬車に乗っていた。
名目は、婚約するにあたって神の祝福を受けるためだ。
(神の祝福ね……もういらない気もするけれど)
この世界には複数の神がいる。
王家や国として信仰するのは、その国の守護神である大地の神。
他に知恵の神や愛の神など様々な神がいる。前世でいうギリシャ神話の神々みたいなものだろう。
そうして水の神と火の神は、魔術師にとっての守護神だ。
私は火の魔術師なので、火の神が守護神となる。
祝福を受けるには、祭壇の前で祭司から神の言葉をもらう。
簡単だが大事な儀式なのだそうだ。
複数の神を信仰することは禁じられていないため、複数の神から祝福を受けても大丈夫だが、守護神とするのはひとりだけだ。
私は一人前の魔術師としてギルドに登録する時に、火の神から祝福を受け守護神としている。
「教会へ行くのは初めてか」
ルーカス様が尋ねた。
「はい。この国の教会には火の神が祭られていないと聞いたので」
「そもそも火の魔術師は少ないからな。ギルドには祭壇があると聞いたことがある」
私がいたスラッカ王国のギルドにも、火と水の神を祭る祭壇があって、祝福もそこで受けた。
我が家、リンデロート伯爵領地には火の神を祭る祭壇がある。
先祖は他国出身で、火の魔術師だったそうだ。
だから時折私やダニエルのように火の魔力を持つ子が生まれるのだと。
この国に生まれる魔術師は多くが水の魔力で、まず教会に預けられ、そのまま教会に残るもの、ギルドや貴族お抱えになる者と分かれる。
火の魔術師は教会で管理するほど人数がいないため、皆ギルドへ行くという。
「ようこそ、お越しくださいました」
馬車を降りると司祭服の女性が出迎えた。
「本日の案内を務めさせていただきます」
そう言って司祭はお辞儀をすると歩き出した。
その後をついて長い外廊下を歩く。
石の柱が並ぶ脇には綺麗に整備された植え込みが並び、その向こうには花々が咲いているのが見える。
(そういえは、ここは人気がないような)
馬車を降りるまでは大勢の人々が行き交っていたのに。
今は私たちと、護衛しかいない。
「ここは王族専用の通路だ」
疑問が顔に出ていたのかルーカス様が言った。
「専用? ……時々しか使わないのに専用の通路が?」
すごいな、さすが王族!
「警備の都合もございますから。教会は平民の方々も多く来られるため、王侯貴族と平民とで場所を分けているのです」
案内してくれた司祭が説明した。
「なるほど……」
確かに、これだけ厳重な結界を張るにはなるべく範囲が狭い方がいいのか。
案内された部屋には五人の司祭がいた。
「ようこそ、お越しくださいました。ご婚約おめでとうございます」
中央にいる白髭の立派な老人が口を開いた。おそらく一番偉い人だろう。
(左端の人は……見覚えがあるような)
黒くて長い口髭を、くるんとカールさせた特徴的な髭の男性だ。
(どこで見たんだろう……前世かな)
司祭に知り合いなんていないし。
あの髭の肖像画か何かを見たんだろうか。
「あの左にいる黒髭の男が、過剰な献金を受けた司祭魔術師だ」
ルーカス様が小さく囁いた。
(司祭魔術師……悪徳……あっ)
そうだ、思い出した。
特徴的な髭は、ゲームで見た悪徳司祭だ。
(この人も実在したんだ……)
ゲームでは、王太子からの依頼を受けたプレイヤーが教会に行って髭司祭の罪を暴くのだ。
確かに、髭司祭からは欲にまみれた者から感じる黒くて暗い気配を感じた。
「こちらの祭壇の前へお立ちください」
促されて祭壇の前に立つ。
祭壇の後ろには大きな神像が立っていた。
大地の神は、足元まである髭を持つ男性の姿で表されている。
伝説ではこの髭が海を覆い、大地を作ったとされている。
白髭の司祭が祝福の言葉を唱え始めた。
古い言葉らしく、意味は分からないけれど神妙な顔で聞く。
しばらくして終わると、別の司祭が祭壇に飾られていた緑色の葉を抜き取り、私とルーカス様の胸元に刺した。
「これで大地の神の祝福が受けられました」
白髭の司祭が言った。
「お二人の末永い幸せを願います」
「ありがとうございます」
「どうぞこちらで休息ください」
最初に出迎えた司祭に案内され、小さな部屋に案内された。
テーブルの上には既にお茶と焼き菓子が並んでいる。
「この菓子は祝福を受けられた方にお召し上がりいただくものです。大地の恵みを是非味わいください」
「ああ」
「失礼いたします」
司祭が出ていくと二人きりになった。
「あの黒髭を見てどう思った」
焼き菓子に手を伸ばしながらルーカス様が尋ねた。
「確かに欲深そうな人ですね」
答えて焼き菓子を一口かじる。
甘味が抑えてあって小麦の味と香りを感じる。
貴族の食べるお菓子は甘いものが多いから、この素朴な味は久しぶりで美味しい。
「そう見えたか」
「はい。欲深い人や強い負の感情を持つ人は気配で分かるので」
「それはすごいな。それも魔法か?」
「はい。魔力で何となく分かるんです」
「そうか。そのことは、他に知っている者は?」
「え?」
ルーカス様の問いに首をかしげる。
「いえ……誰にも話したことはないと思います」
「ならば今後も黙っていた方がいい。見ただけで相手の悪意が分かるなど、知られたら悪用される可能性があるからな」
「悪用……」
「俺の婚約者になれば、レベッカを利用しようとする者が増える。そういう奴らから守るためにもレベッカの力は隠した方がいい」
「……はい」
「もちろん俺も守るが、自衛もしてほしい」
ルーカス様は私の頭を撫でた。
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