第34話
この村の村長でもあり、『疾風のたてがみ』という氏族の族長でもあるギルディアさん。
通常であれば文を司る者が村長を、武を司るものが族長をという風に別の人間が受け持つらしいのだが、ギルディアさんの能力が高いため彼は一人で二役を買って出ているのだという。
彼はその真面目そうな顔をゆがめて息子のグルド君をキッと睨む。
憤懣やるかたない、といった様子だった。
ここまで怒られると、僕の方が恐縮してしまう。
あ、もしかしてそれを狙ってるんだろうか。
だとしたらギルディアさんはかなりの策士なのかもしれない。
「まず結論から言ってしまうと、大規模な戦争は起こらなかったのです。皆さんも外を見てこうは思いませんでしたか? ――戦いが起こった後にしてはいささか平和すぎると」
「たしかに。皆さんがこちらを見る目は怯えてもなかったですし、男の人達にも殺気立っているような様子はありませんでした」
「実はですな、紆余曲折はあったものの『猛る牙』との関係は改善され、今では小規模ながら交易も行えるようになったのです」
『疾風のたてがみ』と『猛る牙』は一触即発な危険な状態になっていた。
けれどもそこでとある不意の事故が起こる。
「『猛る牙』の氏族の族長であるブライが、魔物との戦闘で命を落としてしまったのです。そしてそこで後を継ぐことになったのは、ブライの考え方を色濃く受け継いだ長男のカルシファーではなく、次男のキンバリー殿でした」
要は『猛る牙』の中で、誰が次の氏族の族長になるかで内戦が起きたということらしい。
そしてその結果リーダーになったのは、大方の予想を裏切り本来であれば家を継ぐはずの長男ではなく、次男になった。
「キンバリー殿はなかなか話のわかる御仁でして、我々は話し合いの末停戦を決めました。小競り合い程度しか起こっておりませんでしたので、始まらないうちに終わったと言った方が正しいかもしれません」
キンバリーさん率いる『猛る牙』の方からすると、こちらと戦っている場合ではないのだという。
その原因は恐らく、彼の父である先代の族長を倒した何か。
自分の氏族の恥だと思っているためかあちら側から情報が流れてくることはほとんどないらしいが、ギルディアさんはあちらがなんらかの魔物の被害に遭っているのだろうと推測していた。
「もしかすると今もあちらで、魔物と戦っているのかもしれませんな。うちに戦力を出す余裕なぞありませんので、援軍を出したりはできないのが残念ですが」
どうやらギルディアさんの方は、助け船を出すつもりはないらしい。
というか、この『疾風のたてがみ』の皆も決して余裕のある暮らしができているわけではない。
現在も全員で食べていくのはかなりギリギリで、食料の蓄えから考えると餓死者が出てもおかしくない。
彼らの要望とは、つまり聖獣である僕の従魔の力を借りて食料問題をなんとかしてもらいたいということだった。
彼らの聖獣への尊崇は本物だ。
けど……それだけじゃダメだ。
僕は話を聞き終えてから、ちらりと隣にいるウィチタの顔を見る。
彼女は視線に気付いてから……微笑を浮かべ、そして頭を軽く下げる。
その態度は僕がどんな選択をしてもついていくと告げていた。見ればウィチタの後ろに控えているカーリャも、同じ心づもりのようだ。
彼らが戦えない理由はわかる。
けどそれは……僕らが『猛る牙』の人達を助けちゃいけない理由にはならない。
「ギルディアさん」
「はい、なんでしょうか?」
「もちろん力をお貸しします。ですがそれと同時に……『猛る牙』の問題も解決してしまっていいでしょうか?」
「……」
言葉を失うギルディアさん。
彼は室内に入っている聖獣達をぐるりと見渡し、隣に居るウィチタ達を見てから、そのまま頭を垂れた。
「アレス様や聖獣様達がそれを望むのであれば……」
獣人は僕や従魔の皆を決してバカにしたり、蔑んだりすることはない。
そんな彼らは僕らにとっても大切な人達だ。
だから――獣人達は全員、救ってみせる。
固く決意した僕は今後のことを決めるべく、ギルディアさんとの話し合いを再開するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます