第20話


【side バリス】


「畜生……畜生畜生畜生ッ!」


 俺はあまりの苛立ちから、目についた樹を思いきり殴りつけた。

 『勇者』のジョブによる身体能力の強化によって、俺の膂力は人外の領域にある。


 手加減して殴っているにもかかわらず樹からはメリメリという嫌な音が鳴り、上からは葉っぱや果実、それらを食うためにやってきたであろう昆虫達が降り注ぐ。


 ペトッと頭の上に何かが乗った。

 つまんでみると、そこには赤と黒の混じった体色をした毛虫だった。


「き……気持ち悪ぃっ!」


 足で毛虫を踏み潰してから、樹皮に手をこすりつける。

 俺は『勇者』だから万が一にもかぶれたりすることはないだろうが……気分的に嫌なものは嫌なのだ。


 腹立ち混じりに樹を蹴ってから、そのまま宿へと向かう。


 到着したのは以前から使っていた『ロニーシンフォニア』……ではなく、新人を卒業仕立ての冒険者達が好んで使う『野ウサギの尻尾亭』だった。


 俺がこんなおんぼろ宿屋を使うようになったのも、全てはあのアレスが原因だ。


「畜生、なんで俺がこんな目に……まったくこれも全部アレスのせいで……(ブツブツ)」


「なんだよあいつ、完全にキマッてておっかないんだけど……」


「バカお前知らねぇのかよ、あれがアレスさんだよ。落ちぶれちゃってまあ……一時期は俺達皆の憧れだったんだけどな……」


「これ以上騒ぐと……潰すぞ?」


「「ひ……ひいっ!?」」


 俺のことを小馬鹿にしてきた冒険者達を気迫で黙らせてから、自分の部屋に戻る。

 やっぱり低ランクな宿なだけのことはあり、明らかに客の民度が低い。

 一刻も早く元の『ロニーシンフォニア』に戻らなくちゃな。


 しっかし今の俺はCランク。

 なんとかして大量の依頼をこなさなければBに戻るのは難しい。


 以前『聖騎士』と『盗賊』と喧嘩別れになり妙な噂が立ってしまっていた俺達『ラスティソード』は、仲間集めにも難航していた。


 だがつい先日、ようやく仲間の目処がついた。

 俺は嫌だったんだが……リアとヒメにどうしてもと押し切られて、新たに『テイマー』を仲間に加えることになったのだ。


 まともに業腹ではあるのだが……どうやら、どうやらアレスは俺達『ラスティソード』の活躍にほんのわずかばかり、足先の小指の爪の先っちょのそのまた先っちょの白いとこくらいの貢献はしていたと認めざるをえない。


 だがあいつにできたことなら、他のテイマーにも余裕でできるはずだ。

 ――そうに決まってる。










「あ、どうも、ウチはジュリっていうっす。ジョブは『テイマー』っすね」


 新しいメンバーのジュリは、快活で元気そうな子だった。

 弱々しいアレスと比べると、ずっと頼りになりそうだ。


 最初に軽く互いのジョブやできることについての打ち合わせをしていく。

 どうやらジュリは三匹魔物をテイムしているらしい。

 鳥と狼とスライムだ。その面子はアレスと似ている。


 ただあいつのように気色悪い魔物はおらず、どれも見たことがあるものばかりだったのでそこまで忌避感がないのは助かった。


 今日はお試しということで、共同で依頼を受ける。

 受けた依頼は、Cランク依頼のポイズンスネークの討伐。

 前にも何度か受けたことがあるので、勝手はわかっている。


「よし、それじゃあジュリは高空からポイズンスネークを探してくれ」


「……うっす、わかったっす」


 ジュリはなぜか少し緊張した様子で頷くと、肩に乗せているビークバードを飛ばせた。

 テイマーの感覚同調を使って空から見てもらっている。


 俺達がそのまま歩き出すと、違和感に気付いた。

 彼女はなぜか目をつぶったまま、その場に立ち尽くしているのだ。


「なんで歩かないんだ?」


「……何言ってるっすか? 感覚同調中はこっちの身体の感覚がおざなりになって当たり前・・・・じゃないっすか。うーん、高いところからだとなかなか難しいっすねぇ……」


 何を言ってるんだ、こいつは。

 アレスは複数の魔物と感覚同調をして索敵を行いながら、自分でしっかりと歩いて戦闘にも加わっていたというのに……。


「……(イライラ)」


 待つだけの時間が続く。

 以前のアレスなら、一分もしないうちに複数のポイズンスネークを見つけていた。

 だがジュリは五分経っても未だ一匹も見つけることができていない。


「何故索敵にそこまで時間がかかるのかしら?」


「はあ、そりゃうちのミーちゃんはそこまで目が良くないっすから。バレないようにしっかり距離を取って安全圏から探すとなると、やっぱり時間はかかっちゃうっすよ」


 リアの言葉に間抜けな声を出しながら、索敵を続けるジュリ。

 十分ほど時間をかけて、ようやくポイズンスネークが見つかった。

 それを問題なく倒し、また待ちの時間に入る。


 一回の我慢ならなんとかなるが、何度も何度も繰り返していると流石にイライラが募ってきた。


「――チッ、まだ見つからないのか?」


「……あんまり無茶言わないでほしいっすよ。前の『テイマー』……アレスさんとおんなじ能力をウチに求められても困るっす」


「同じ能力? 違う、俺はあんな無能より優れた能力をお前に期待してたんだよ! だというのにこの程度じゃ、期待外れもいいところだ!」


 俺の言葉を聞いたジュリは何故か、はあぁ~~と大きなため息を吐いた。

 彼女はぱちりと目を開けると呆れたような顔をこちらに向け、


「ウチ一つ言っておきたいんすけど……どうして皆さんは、今でもまだアレスさんが無能だと思えるんすか?」


 と、そう呟いたのだった――。






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