第13話


 僕がテイムしている従魔の皆は、その全てが獣人達に聖獣と呼ばれている存在だ。

 けれどまったく別々の魔物だからこそ、彼らができる役目には大きな違いがある。


 故に従魔の皆の忙しさは、結構な個人差がある。

 けどそんな中で、シルバーファングがやってくる前も来た後もずっと忙しい魔物が二匹居る。

 それは……シェフとマックスである。

 開拓においては、彼らにしかできないことが多すぎるのだ。

 今日やろうとしていることも、彼らの力を借りないとできないことの一つだった。



「――というわけで、余裕が出てきたのでしっかりと畑を作ろうと思うんだ」


「畑を、作る……」


 そう言いながら思案げな顔をするのは、マーナルム一番のしっかりものであるオリヴィアさんだ。

 僕はオリヴィアと一緒に、小屋を出てすぐの森の浅いところへやってきていた。


 気合いが入っているからか、獣耳がぴんっと上に立っている。

 ただ彼女の顔を見ている限り、あまりピンときてはいないようだった。


「獣人の皆はあんまり畑作はやらないんだよね?」


「やらないですね。獣人の基本は狩りです。もちろん文化としては知っていますが……」


 驚いたことに、獣人の人たちにはそもそも農耕をする文化がなかった。

 彼らにとって、食料は自分達で取るものという意識が強いのだ。


 長いこと狩りにいかないと感覚が鈍るといって、現在ウィチタ達は無理のない範囲で狩りに出かけているくらいだしね。


 獣人は身体を動かすのが大好きだから、長期間身体を動かせないことで溜まるストレスが人間より多いみたい。


 シルバーファングを警戒に出すことができるようになったおかげで、大分人員的な余裕ができてて助かったよね、ホント。

 皆気合いが入っていたし、あの様子ならしばらくはご飯に心配することはなさそうだ。


「狩りってさ、どうしても日によって成果にばらつきが出ちゃうでしょ?」


「それは……たしかに」


「畑作をしてしっかり定住ができるようになれば、食料を安定して供給できるようになるわけさ」


「そういうものですか」


「うん、それに自分達で食料を生産することができるようになれば、狩りの成果に関係なく皆がお腹いっぱい食べられるようになる」


「……なるほど、それは素晴らしいことですね」


 ただ当然ながら、獣人にも色々いる。

 オリヴィアは獣人にしては珍しく、あまり狩りが好きではないタイプだった。

 外で活発に動き回るより、家の中で内職をしていた方がいいという獣人にしては珍しいインドアタイプだったのだ。


 なので僕は彼女に、ここでの畑作を担当してもらおうと考えている。


「が、頑張りますっ!」


 オリヴィアの方も、気合いは十分。

 飲み込みも早く、色々と具体的な質問までしてくれた。

 おおよその収穫高や収穫までにかかる日数なんかは知ってたけど、僕が知ってるのは一般的な知識程度。

 詳しい部分は、実際にやりながら自分達で見極めていく必要がある。


「とりあえずまずは畑作りからやっていくよ。シェフ、マックス、お願い!」


「……(にゅるん)」


「……(ぽよんっ)」


 マックスが土魔法で土を軟らかくして、シェフが樹をどんどんと吸収しては、角材を生み出していく。

 あっという間に四角い畑と山ほどの木材を作ることに成功した。


「す、すごいです! こんなに一瞬で樹が……まるで魔法でも見てるみたい!」


 興奮したオリヴィアが、ぴょんぴょんと跳ねている。

 ものすごいジャンプ力で、膝が僕の顔の辺りまで来ていた。


 こちらを見下ろす形になったオリヴィアと視線が合う。


「……はぅっ!?」


 はしゃいだのを見られたのが恥ずかしかったらしく、顔を真っ赤にしてしまう。

 真面目って聞いていたけど、なんだか面白い人だね、オリヴィア。


「それじゃあ次は塀をこっちに!」


 現在僕らが建てている小屋の周りには、マックスが建ててくれた土塀がある。

 新たに畑を囲めるよう塀を拡張して……っと。

 よし、これでオッケー。


「そしたらマックス、お願い!」


「……(にゅるっ)」


 任せて、という感じで胸(のあたり)を張ったマックスが、樹が引っこ抜かれでこぼこになった地面の中へ入っていく。

 彼はアースワームなので、土の中の移動も楽々だ。


 土の中に入ったマックスが、土魔法を発動させた。

 固くてでこぼこだった土がみるみるうちに柔らかくなっていく。


「……(にゅるにゅるんっ)」


 そしてすごい勢いで顔を出しては、また土の中に引っ込んでいく。

 何をしているのかと思ったら、どうやら土壌を改良しているらしい。


 満足げなマックスが土から出てきた時には、四角に区切った畑の土は見事なほどにふかふかになっていた。


「ありがとね、マックス」


「……(にゅるんっ)」


 マックスから、満足げな感情が伝わってくる。

 彼は土いじりが大好きなので、今回の畑作りが非常にお気に召したようだ。


「す、すごい……私は夢でも見ているんでしょうか……?」


 頬を思い切り引っ張ろうとするオリヴィア。

 止めようとしたけど、間に合わなかった。


「ひ、ひはいです……」


 当然ながらここは現実なので、すごく痛そうだった。

 獣人パワーでつねればそりゃそうだよ……真面目すぎて、変なところで抜けてる人なんだなぁ。


「野菜や麦の種を持ってきているから、植えていこう」


「はいっ!」


 僕とオリヴィアは力を合わせて種を植えていった。

 中腰で移動を繰り返すので、地味に体力を使う。


 オリヴィアはけろっとしていたけど、僕の方は腰が爆発寸前だった。

 もちろん男の意地で、なんとか平気なフリをしたけどね。


 作業を終えると、今度はシェフにさっきの木材を使って、鋤や鍬を作ってもらった。

 毎回マックスに耕してもらうわけにはいかないしね。


 そして皆が狩ってきてくれた魔物の肉を食べた夕食を終え、次の日。

 眠っている僕の家に、ドダダダダッと誰かがやってきた。


「アレスさん、大変です!」


「どっ、どうしたの!?」


「芽が……芽が出てるんです!」


 パジャマ姿で畑へ向かっていって、僕は驚愕した。

 なんと植えてから一日も経っていないのに、たしかに作物を植えた土からぴょこんと芽が飛び出していたのだ――。








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