不遇職『テイマー』なせいでパーティーを追放されたので、辺境でスローライフを送ります ~役立たずと追放された男、辺境開拓の手腕は一流につき……!~

しんこせい

第1話


「アレス……お前をこのパーティーから追放する!」


「……え?」


 一瞬、自分が何を言われているのかわからなかった。

 最初にやってきたのは思考の空白、次いで戸惑いが胸の中に広がっていく。


 言われた言葉を頭の中で反芻しながら、呆けたように目の前のバリスを見つめる。


 Bランク冒険者パーティー『ラスティソード』のリーダーである彼は、その端正な顔立ちをゆがめながら、こちらを睨んでいる。


 彼の後ろに目をやる。

 そこにいるのは『水魔導師』のリアと『セントプリースト』のヒメ。

 二人の真剣な表情を見れば、冗談ではないことはすぐにわかった。


「たしかに『テイマー』というジョブの都合上、僕の働きは地味に見えるかもしれない。けど僕は自分にできることを、しっかりとやってきたつもりだ」


 まず最初に、僕は自分がやってきたこととその成果をしっかりと主張する。


 僕のこのパーティーでの役目は、中衛だ。

 『テイマー』……つまり魔物を従魔として使役することのできるジョブを持つ僕は、その特性を活かして魔物達と一緒に戦い、前衛の補助と後衛の護衛を担当してきた。


「『テイマー』のお前である必要がねぇだろうが! 前衛が必要なら『騎士』を雇えばいいし、火力を出したいなら『魔導師』を入れりゃあいい!」


「それは……」


 ジョブ――天職とも呼ばれるそれは、文字通り天から授けられた適正職だ。


 人はジョブの熟練度を上げていくことで魔法やスキル、各種能力などの補正効果を受けることができるようになる。


 従魔を何体も使役できる『テイマー』というジョブは一見すると強いようにも思えるかもしれない。

 けれどこのジョブは、冒険者の中では不遇職として扱われていた。


 その理由は三つある。


 まず第一に、『テイマー』自体にはジョブによる戦闘能力の補正が一切つかないこと。

 そのため後半になればなるほど、『テイマー』自身が戦いについていけず、パーティーのお荷物になってしまう。


 そして第二に、『テイマー』がテイムしている従魔達にも同様に装備を整えたり回復魔法をかけたりしなければいけない都合上、戦闘能力を維持させるためにはかなりのコストがかかってしまうこと。


 第三に、従魔と心を通わせることができるのは『テイマー』だけであるため、冒険者パーティーとして見た時にいまいちかみ合わない場面が増えてしまうこと。


 けれどこれらのデメリットを補って余りあるほど、序盤においての『テイマー』の能力は強力だ。

 皆のジョブが育ちきる前は僕が彼らを引っ張っていく形で、このパーティーは序盤の戦闘を乗り切っていた。


 ……もっとも皆がジョブによる補正で強くなってからは、なかなか僕が活躍できる場面は減っていったんだけど。


 ただその分僕も頑張らなくちゃと思い、中衛としての役目に加えて魔物を使った航空偵察や道中の索敵なんかも僕と僕の魔物達で行っていた。


 たしかに戦闘能力で言えば物足りないかもしれないけれど、パーティーに必要なだけの貢献はしてきたつもりだった。


 けれどどうやらバリスの目を通すと、僕がやってきた努力はただ実力がないことをごまかしているようにしか見えなかったらしい。


「俺達『ラスティソード』はまだまだ上に行ける! 役立たずのお前と雑魚魔物達に合わせて足踏みしてる時間なんてねぇんだよ!」


 バリスの大声に反応して、空を飛んでいた僕のテイムしている魔物のうちの一体――サンダーバードのビリーがやってくる。

 敢えて厚めに作ってある右腕の腕当てに、器用に留まってみせた。


「ピイッ?」


 鈴の音のように綺麗な声で、心配そうに僕を見て鳴いてくれる。

 大丈夫だよビリー、これくらいの罵声は慣れっこだから。


「てめぇのテイムしてる魔物達も獣臭くてたまらねぇ! 気持ち悪ぃ見た目の化け物も多いし、もう限界だ! おめぇの気色悪い魔物共がいると、『勇者』の俺の株まで下がるんだよ! 荷物をまとめて、さっさと出てけ!」


「……」


 自分の中にある大切な何かが、ブチリと切れる音がした。


 バリスは僕の従魔達のことを……そんな風に思ってたのか。


 僕のことはいくら馬鹿にされたって構わない。

 今までだって、嘲笑されたり暴力を振るわれるくらいのことには耐えてきた。


 けど……彼らのことを馬鹿にするのは、許さない。


(……今思い返してみると、たしかにバリスは従魔のことを体の良い肉壁か何かとしか思っていないような場面が何度もあった気がする)


 今の僕は怒りが限界を超えてしまったせいか、かえって冷静に物事を俯瞰することができるようになっていた。

 このまま『ラスティソード』にいたら、僕の従魔達は使い潰されてしまう。


 それならバリスの言う通り、おとなしくパーティーを去るのがお互いのためだろう。


「わかった。それじゃあ今までのパーティー供託金からしっかりと四分の一もらっていくから」


「はぁ、馬鹿じゃねぇの!? 今までお前の雑魚魔物相手に俺らがいくら貢いだと思ってんだ、びた一文やらねぇよ!」


「図々しいわよアレス、『テイマー』のくせに!」


「でも流石に何もあげないのは可哀想ですし……あ、そうだバリスさん、もし良ければあれ・・をあげたらどうですか?」


「――おお、そうだな! その手があった!」


 バリス達は顔を見合わせてニヤニヤ笑ったかと思うと、示し合わせたように一枚の紙を取り出した。

 どうやら既に最初から、全ての筋書きは決まっていたらしい。


 バリスが手に持ってひらひらとさせているそれがなんなのかはすぐにわかった。

 Bランクになってから受けた、貧乏貴族の出した依頼の報酬でもらった、とある土地の権利書だ。


「きっしょい魔物と辺境で一生暮らしてろ、バーカ!」


 投げ捨てるように手渡された権利書には、こんな風に記されている。


『エドゥワルド子爵家当主ザイガル・フォン・エドゥワルドの名において、バナール大森林の領有を認める』


 これは今僕達の活動拠点より西に……それこそ国を横断するほどの勢いで西に向かった先にある、最西端にある森林地帯を領有することを認める権利書だ。


 元々誰の土地でもなかったものをプレゼントするなどという詐術めいたやり方で報酬をケチった貴族が僕達に押しつけた、ある種の呪いの手紙のようなものだった。


 まだ一度も行ったことはないけれど、土地には大量の魔物が湧いていて、かなりの危険地帯だという話だけは聞いている。


(でも……バナール大森林、か……)


 今の僕に、今後も冒険者としての活動する気はあまりなかった。

 『テイマー』としてやっていけば、多かれ少なかれまた同じような事態に陥ってしまうだろうから。


 またこんな風に人間関係に疲れることになるのなら、いっそのこと本当にバナール大森林へ行ってみるのもいいかもしれない。

 というか本当に僕の土地になるのなら、一度視察には行った方がいいだろう。


 ……っと、あんまり僕の心の内を気取られないようにしなくちゃ。

 悪くないと思っている内心を知られたら、この権利書の譲渡すらナシとか言い出すかもしれないからね。


 僕は嫌そうな顔をしながら権利書を受け取り、そそくさとその場を後にすることにした。


「ぶわっはっはっは! なっさけねーっ! それでも男かよ!」


「クスクス……やっぱり男の人はバリスみたく強くなくっちゃね!」


「これから忙しくなりますよバリスさん、急いで新しいパーティーメンバーを募集しないと!」


 後ろからは僕のことを嘲笑する三人の笑い声が聞こえてくる。


 ……どうして神様は、バリスに『勇者』なんてジョブを与えたんだろう。

 絶対に人選を間違えてると思う。














「ここがバナール大森林か……」


 苦節二ヶ月半。

 路銀が尽きそうになってはソロで活動をしてなんとか小銭を稼いでという綱渡りを繰り返しながら、なんとか目的地であるバナール大森林へやってくることができた。


 目の前に広がっているのは鬱蒼と茂った森。

 森の中からは不気味な鳴き声が聞こえ、魔物もいないのにガサガサと葉が揺れている。


 下調べをしたところ、バナール大森林はCランクの冒険者であっても命を落とすようななかなかにデンジャラスな場所らしい。


 大した旨みもないくせに危険度だけは高いということで、あまり冒険者達も寄りつかないみたいだ。

 人に裏切られたばかりの僕にとって、なんて都合の良い場所なんだろう。


「わふっ!」


 やってやるという感じで意気込んでいるシルバーファングのジル。

 なぜか金色の毛並みを持つ彼は、Dランクの狼型の魔物だ。


 その噛みつきは鉄製のゴーレムすら貫通できるだけの威力があるんだけど、小さな頃から面倒を見ていた僕からすると、昔の面影を残すかわいらしい子でしかない。


「ピピッ!」


「チュチュンッ!」


 サンダーバードのビリーが甲高く鳴くと、ファイアスパロウのマリーが身体を左右に振った。

 空を飛びながら魔法を使うことのできる賢い子達だ。戦闘の際は後衛を務め、戦闘時以外には斥候として優秀な働きをしてくれる。


 ちなみにビリーは普通の個体と違いなぜか雷の色が紫で、マリーはファイアスパロウなのに使えるのが水魔法だったりする。


「……(にゅるん)」


「……(ぽよんぽよん)」


 巨大なミミズであるアースワームのマックスが土から飛び出してきた。

 彼は前衛も後衛もこなせるオールラウンダーで、土魔法で穴を掘って罠を仕掛けることなんかもできる。

 ちなみに普通の個体は茶色なんだけど彼の体色は真っ赤で、炎を噴き出せたりもする。


 マックスはくねくねと身体をくねらせていてご機嫌な様子だ。

 どうやらこのバナール大森林の土が気に入ったらしい。


 その隣にいるのは、スライムのシェフだ。

 この子は僕がテイムした最初の従魔で、他のスライムと比べると取り込んだものの消化速度がとにかく速いという特徴を持っている。

 そのためゴミだろうが汚物だろうがなんでも一瞬で吸収してしまうため、衛生環境を整えるのに一役も二役も買ってくれている。


 シルバーファングなのに金色のジル然り、ファイアスパロウなのに水魔法が得意なマリー然り、僕がテイムしている魔物はこんな風に変わった子達が多い。


 彼らはその見た目や能力のせいで群れを追い出されたり、あるいは生まれたばかりのうちに親から捨てられていたところを僕が拾い上げて育てた子達だ。


 僕は『テイマー』としてはおかしいらしく、通常の個体ではなく、彼らのように一風変わった子達しかテイムすることができない。

 そのせいで僕も従魔の皆も、色々とひどい目に遭うことも多かった。


「よし……行こうか、皆」


 僕の声に、従魔の皆がそれぞれの反応を返してくれる。

 『テイマー』というジョブを通じて、皆の気持ちが伝わってくる。


 人間はすぐに恩を忘れる生き物だ。

 けれど従魔は違う。

 彼らは人間にも負けぬほどの知能を持ちながら、決して僕を裏切ることはない。


 『テイマー』と従魔はジョブを通じて、魂の奥底で繋がっている。

 僕らは文字通りの一蓮托生で、それ故に互いを何よりも信じることができるのだ。


 彼らと一緒なら、きっと大森林でだって生きていける。

 だからここに、楽園を作ろう。

 誰にも邪魔されることのない――僕らだけの楽園を。














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