第18話 修行と討伐隊
「ツボタ! アミラフ姐さん! こんなところで何をやっているんだ!?」
「こんなところ? 失礼だな。師匠に謝れ」
師匠とは作業場の壁際に立って腕組みし、俺とアミラフの動きをじっと見ている老人のことだ。名前は井筒栄太郎。齢七十の落ち人だ。
ちなみに俺達は作業台に向かってある和菓子を作っている。
「師匠? ツボタ達は何の修行をしているんだ?」
ハッサンは作業台に並ぶものを見て「これは何だ?」と首を捻った。
「お前はここが何処だと思っているんだ?」
「何処って、落ち人がやってるお菓子屋だろ」
「はぁ……」
「ハッサン。わかっとらんね~」
俺とアミラフが呆れる。
「お菓子屋じゃないのか?」
「師匠は日本橋に二百年続く和菓子の名店、井筒屋の七代目だぞ? そしてここは井筒屋ヘルガート支店だ。ちゃんと看板を見て店名をおぼえろ」
「いや俺、落ち人の文字読めないし……」とハッサンは小さくなる。
「で、なんの用だ? 俺達は修行で忙しいんだ」
「せやよ。邪魔せんといて~」
ハッサンは気を取り直して要件を話し始める。
「二人は今、魔の森で異変が起きていることを知っているか?」
アミラフと顔を見合わせる。
「いや。俗世のことは知らない。最近はずっと井筒屋で修行をしていたからな」
「実は大変なことになっている! ゴブリンが大量発生し、今にもヘルガートに押し寄せてきそうなんだ!!」
ほお……。これはおいしいイベントだな。
「それで冒険者ギルドが動くのか?」
「あぁそうだ。領主のカーディ子爵を隊長とした討伐隊が結成され、冒険者に参加依頼が出されている。報酬はゴブリンの鼻一つで銀貨三枚と大盤振る舞い。回復魔法を使える司祭やポーションについては子爵家持ちだ。ツボタも参加するだろ?」
正直なところ、俺は金に困っていない。壺会員は既に二百人を突破しており、毎月ストックで金貨二十枚が入ってくる。ただ、貴族と繋がりが持てるとすれば、大きいな……。
「領主、カーディ子爵ってのはどーいう人物だ」
「ミハエル様はまだ十五歳と若いが、責任感が強く真っ直ぐな性格をされている」
「なるほど。ねらい目だな」
「ねらい目?」
ハッサンが訝しむ。
「あぁ。こっちの話だ」
「で、参加するのか?」
「いや、まだ分からない」
声を潜めて、ハッサンは続けた。
「実は冒険者仲間達から頼まれていてな。是非、ツボタとアミラフ姐さんには参加して欲しいんだ。というか、アミラフ姐さんに。姐さんがいるだけで、モチベーションに差が出るらしい」
「あーしは人気者やけんね~」とアミラフは胸を張る。
「しかし俺達は修行中の身だ。師匠から【合格】の言葉をもらわない限り、討伐隊には参加できない」
「ずっと修行、修行って言っているが、もうそろそろ、これが何なのか教えてくれ」
そう言って、ハッサンは作業台の上にある団子を指差した。串にささったそれは黄金色に輝いている。
「これは仙人団子。和菓子の一つ」
「仙人ダンゴ?」
「そうだ」と言って、俺は団子を一本手に取り、皿に乗せた。壁際に立つ師匠の元へ向かう。
「師匠。これを」
寡黙な師匠は無言で団子を摘み、試食を始める。作業場に咀嚼音だけが響いた。師匠の目が一瞬だけ大きくなる。
「ツボタ。腕を上げたな。参加してあげなさい。討伐隊に」
「では……?」
「あぁ。合格だ」
アミラフが「やったなツボタ!」と歓声を上げ、後ろから抱き着いてきた。背中に胸が当たる。デカイ。
「ハッサン。俺達は討伐隊に参加する。詳細を教えてくれ」
「ならば冒険者ギルドに行こう。そこで手続きしながら話す」
俺達は師匠に何度も礼をいい、井筒屋ヘルガート支店を後にした。
#
冒険者ギルド近くの広場には大勢の人が集まっていた。討伐隊の参加者とそれを見送る観客だ。
冒険者達は鎧で身を包み、武器を携え、リュックを背負っている。中には空の台車を引く者もいて、「大量の素材を持ち帰る」という意気込みを感じさせた。
「あれが領主ミハエル。討伐隊の隊長か?」
「そうだ」とハッサン。
俺達の視線の先には金髪碧眼の美少年がいた。大勢の冒険者を前にしても凛と佇み、いかにも貴族というあり方だった。
「ほうほう。可愛い貴族様やねぇ。お姐さんが初めてを頂いてあげようかしら」
アミラフはミハエルに妖しい視線を向けている。
「姐さん、それは駄目だ! 討伐隊の士気に影響するから」
ハッサンが必死に止めると、アミラフは「冗談冗談」と手を振った。半分ぐらい、本気だな……。
『ねえねえ。ツボタ。あれって……』
『ウォンウォン。ウォン……』
一方、ニンニンとグラスは別のことが気になるらしい。それはミハエルの背後に立つ、イケオジのことだ。ただそのイケオジ、身体が透き通っている。つまり、霊だ。
『あれって、悪霊なの?』
『いや、悪意は感じないな。ミハエルを心配そうに見つめているだろ? あれはニンニンと同じような背後霊だよ』
『目元がミハエルとよー似とるなぁ。おやじさんとちゃうかな~』
アミラフが霊話に混ざってきた。確かに似ている。急逝したという前子爵のグスタフ・カーディの可能性は高い。
観察していると、ミハエルが用意されていた舞台に上った。挨拶をするらしい。
「私はミハエル・カーディ子爵。この地を治める者だ! 今、ヘルガートは未曾有の危機に晒されようとしている! 魔の森にゴブリンが大量発生したのだ! 研究者曰く、『ゴブリンキングが発生した可能性が高い』と」
ゴブリンキングと聞いて、冒険者の中からどよめきが起こる。どうやら、情報が伏せられていたらしい。討伐隊の雰囲気が怪しくなる。その途端──。
「ゴブリンキングだろうとなんだろうと、俺がぶっ飛ばしてやるぜ!!」
ハッサンが気炎をあげた。それに続いて、あちこちで冒険者が勇ましい台詞を吐く。落ちかけていた士気が一気に盛り返した。
壇上ではミハエルが大袈裟に頷いている。
「ここに、ゴブリンキングの首を持ち帰ることを約束しよう!! 決してゴブリン達をこのヘルガートに近付けないと誓う!!」
観衆から大きな歓声が上がった。広場に熱気が渦巻き始める。
「討伐隊、出征……!!」
ミハエルの掛け声を合図にして、子爵軍を先頭にした討伐隊が動き始めた。
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