第4話 武具店で人助け?

 目標は低級ポーション! ではあるが、先は長い。


 ニンニン曰く、『ポーション合成には二十種類の素材が必要』とのことだ。しかも、その素材の大半は魔物の体からとれるらしい。ニンニンが辺境の街ヘルガートを拠点にしていたのも、魔物が豊富な「魔の森」が近くにあるという理由からだった。


 で、俺の恰好はというとワイシャツとスラックス、革靴だ。武器は己の拳のみ。


 魔物と戦えるのか? 答えは当然「NO」だ。直ぐに怪我を負ってしまうだろう。ポーションが山ほどあるならまだしも、今はまだ一本もない。金貨を何枚も出して教会でポーションを買うことも出来ない。


 つまり、魔物と戦える武器と防具が必要なのだ。


『ニンニン、武具店まで案内してくれ』

『朝起きて一言目からそれ!? 挨拶とかないの?』

『おはよう。武具店まで案内してくれ』


『はぁ』と息を吐きつつ、ニンニンは承諾した。俺はさっとベッドから起きて、革靴を履いた。


『さぁ、行こう』




『この武具店は駄目だ』

『えっ……? なんで?』

『隙がない』


 ニンニンに案内されて来たのは、冒険者ギルドの近くにある武具店だった。大店らしく、品揃えも豊富で客も多い。


『隙ってどういうこと?』

『ニンニン。よく考えろ。俺達には金がない。武具に使える金は銀貨十枚もないんだ。これで全身の防具と武器を揃えなければならない。普通、可能か?』

『絶対無理!』


 俺の顔の前にきて、ニンニンは手で大きく「✖」を作る。


『だろ? だから何か弱みのある武具店を探さなければならない。霊的な……』

『レイテキな……?』

『さぁ、次だ次!』


 指先に軽く霊力をこめてニンニンの脇腹をつつく。


『いやっ! くすぐったい! なにそれ……!』


 ニンニンはその身をよじった。


『霊的なタッチだ。さっさといくぞ!』

『はぃぃ……!』





 ニンニンに連れて来られた四件目の武具店は大通りから離れ、人気の少ない通りにあった。


 店の名は「カーチス武具店」。


 間口は狭く、通りから見える店内は薄暗くて雑然としている。


 しばらく観察していると、足を引き摺った店主が商品整理を始めた。これは、いけるかもしれない……。


『ニンニン、よく見ておけよ。これから俺が見せるのが、悪徳霊能者の仕事だ』

『悪徳?』


 目を剥くニンニンを無視して店内に足を踏み入れる。


「いらっしゃい」


 店主の男の顔はひどくコケていた。眼に力がない。肌は真っ青で血の気が引いている。霊障にあっているのは間違いない。


 こんな風になるなんて、相当悪どい商売をしてそうだな。色んな人から恨みを買わないと、ここまでにはならない。


 この手の相手にはちょっと上からいった方がいい。


「初心者用の装備を揃えようと思って来たのだが……。店主、随分と具合が悪そうだな? 大丈夫か?」


 先制攻撃。


「あぁ、最近ちょっと体調を崩していてね。まぁ、働かないと食えないから店には出ているがね」


 店主は自嘲気味に語る。大分、メンタルも弱っているな。


「ふむ、右脚と左の肩が痛いのではないか?」

「えっ? なんで分かるんですか?」


 そりゃ、分かるさ。低級の悪霊が右脚と左肩に憑いているんだから。


「俺にはちょっと特殊な能力があってな。身体に憑りついている悪い霊が目に見えるんだ」

「悪いレイですか?」


 ニンニンと話していて分かったのだが、この世界には地上にいる霊の概念がないらしい。死んだ者の魂はすぐ天に還ると信じられているとか。


「あぁ。悪い霊だ。そいつが店主に悪さをしている。それを追い払わない限り、体調は良くならないぞ?」

「そんなことを言われても……。どうすれば……」


 よし。こちらのペースだ。


「手段がないわけではないんだが……」


 顎に手を当てて考えるフリをする。


「教えてください……‼」


 店主は重い身体を押して、俺に詰め寄る。俺はさっき道で拾った綺麗な石を二つ、ポケットから取り出し、店主に見せた。


「これは?」

「仙人の耳栓だ」

「センニンの耳栓?」


 聞き慣れない言葉に、店主は首を捻った。


「もう気が付いているかもしれないが、俺は落ち人だ。俺の世界には仙人と呼ばれる者がいる。まぁ、この世界でいうなら聖人のようなものだな」

「はぁ」

「で、この石は仙人が耳栓として使用していた聖なるものだ」

「なぜ、センニンは耳栓を?」


 ますます訳が分からない。という顔をする。


「仙人は修行に集中するため耳を塞ぎ、煩わしい下界の雑音を遮るのだ」

「なるほど……」

「長く仙人が身に着けていたものは、霊的な力を帯びるようになる。これを付ければ、店主に悪さをする霊を追い払うことが出来るだろう。試してみるか?」


 店主の瞳に光が灯る。藁にも縋るとはこのことだろう。通常の精神状態であれば、こんな馬鹿げた話を信じるわけはない。しかし、弱っている人間は違う。


「是非! お願いします!」

「よし。ではこの石を耳に詰め、目を瞑るのだ」

「はい!」


 店主は俺から小石を二つ受け取り、耳穴に詰めた。そして、瞼を閉じる。


 よし。


 俺は右手に霊力を込め、まず左肩の悪霊を【祓う】。

 そのまま、右脚の悪霊も【祓う】。


 低級の悪霊はあっけなく消え失せた。店主が身体をピクリとさせる。


「どうだ? よくなったか?」

「はい? なんですか? 聞こえないです」


 そうだった。耳栓をしているので、聞こえないのか。


 店主の左耳の小石を取って、再度感想を尋ねる。


「……身体の痛みが……無くなりました……」


 目を開いた店主は、信じられないという表情をしている。


「それはよかったな。しかし……」

「しかし?」


 俺が顔を顰めたことに店主は敏感に反応した。


「この効果は一時的なものだ。少なくとも寝ている間はその耳栓をしていないと、またすぐに悪い霊がやってくるだろう……」

「それならば……! この耳栓を譲っては貰えないでしょうか?」


 掛かった。


「悪いがこの耳栓は非常に貴重なものだ。譲ることは出来ない」

「そこをなんとか!」

「うーん……」


 一度勿体ぶる。


「お願いします! お金ならなんとか工面します!」

「しかし、見た感じそんなに繁盛していないのだろ? 払えるのか?」

「それならば! 店内の武具をお譲りします! それでどうでしょう……⁉」


 ニンニンが俺の前に飛んできた。呆れた顔をしている。もちろん、店主には見えていない。


「わかった。それで手を打とう」

「ありがとうございます!」


 こうして、俺は小石二つと引き換えに初心者用武具セット一式を手に入れた。

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